第4章 王城を闊歩する王太子妃
王宮の中を隅々まで歩き回っているうちに、色々な噂話を耳にして、何となく王城と王宮の全体像が見えてきたわ、とミモザリは思った。
あの王太子は現王妃の一人息子で、彼には亡くなられた前王妃が産んだ二人の姉がいた。
つまり今の王妃は元々側妃だったようだ。しかも国王が王太子時代に当時の婚約者である公爵令嬢を無視し、浮気をしていた恋人の元子爵令嬢だったらしい。
身分違いで王妃にはなれなかったが、国王に本当に愛されているのは自分だと、後宮に入った当初は偉そうにふんぞり返っていたと聞いた。
しかし、才色兼備な上に崇高な精神の元公爵令嬢であった王妃と、ただ愛らしい顔をしている以外になんの取り柄もない元子爵令嬢だった側妃とでは雲泥の差があった。
直接誰かに何かを言われたことはなかったが、次第に自分が周囲からどう見られるのかを側妃は嫌でも察するようになった。
冷え冷えとした、軽蔑するような視線に絶えずさらされ、国王以外とは私的な会話が一切できない生活はかなり辛いものだった。
お茶会をしようとしても、王妃が招待しているような高位の相手からは断りの返事が来るので、呼ぶとすれば下位の家の者しかいない。
しかし、それでは惨めな気持ちになることが最初から分かっていたので、到底招待する気にはならなかった。
それは男子を産んだ後も変わらなかった。このままでは、たとえ息子が王太子に選ばれても、誰からも尊敬されない、力のないお飾りにされてしまうに違いない。
そう思った側妃は、息子の周辺を高貴な家の出身者達で固めたのだ。そうすれば自分の息子を馬鹿にするものなどいないだろうと。
子を思う気持ちは本物だったのだろうが、それは安易過ぎる愚かな判断だった。
「前の王妃殿下がみんなに尊敬されていたのは、なにも公爵家のご令嬢だったというわけじゃない。
私達のようなメイドにも心配りをしてくださる、慈愛の心を持った優しい方だったからだよ。
それなのに何を勘違いしたのだろうね。周りを高位貴族で固めれば、我々下々の者から尊敬されると思っているのだから。
現在の王妃殿下になってからというもの、仕事も満足にできないような者が、身分だけで責任者に選ばれるようになってしまった。
そのせいで以前と比べて仕事の効率が大分下がったし、私達の待遇もぐんと悪くなったわ」
影のメイド長と呼ばれているケイトの言葉に、年配の仲間達が頷いていた。
似たような話は女官達の間でも囁かれていた。王太子の側近や王宮担当の官吏は皆、高位貴族の者ばかりが選ばれている。しかも側近は特に容姿の良い者ばかりが選ばれていると。
そのために役職に実力が伴っていない者がほとんどで、部下に向かって適切に処理するようにと言うだけで、本人は何もしないというか、できない者が多すぎて部下が困惑していると。
(王妃殿下は侯爵家と亡き母の実家の公爵家を後ろ盾にしたくて、私を王太子の婚約者にしたのよね。それになまじ私の成績が良かったし。
きっと王妃殿下も気付かれたのね。身分の高い者を身近に置いてはみたものの、その多くが中身を伴ってなくて役立たずだということに。
これでは国は回らなくなるし、王太子の補佐などできないと。とはいえ、今さら変更しようにも高位貴族の子息達をおいそれとクビにはできないわよね。
無能を理由にしたら、それを見抜けなかった王家まで同様だと証明するようなものだしね。
私を王太子妃にしただけではどうにもならないでしょうに)
王族の尻拭いのために過重労働をさせられて死にかけたミモザリは、大きなため息をつき、どうせなら王太子妃ではなく王宮の女官として求められたかったわ、とぼやいた。
王太子は学園時代から彼女の腹違いの妹のアイリスとばかり仲良くしていたのだから。
そもそも顔合わせをしたときから、彼は姉ではなくて妹の方をばかりに目をやっていたのだから、最初から彼女と婚約したかったのだろうとミモザリは思っていた。
しかし、いくらアイリスがマートリス侯爵の実の娘で、父親から溺愛されている令嬢だったとしても、世間的には継母の連れ子である元男爵令嬢だ。
王妃が二人の結婚を許すわけがなかった。自分が犯した失敗を自覚はしていた彼女は、真実の愛だけでは到底王妃は務まらないことを骨身にしみていたからだ。
(それにしても、この国の上層部ってみんなこんな馬鹿な連中ばっかりなの?)
ミモザリは国王夫妻に王太子、そして自分の父であるマートリス侯爵のことを思い浮かべてうんざりした。
彼女の父親は、傾きかけた家の支援目的でヴァードウォール公爵家の令嬢を妻に迎えた。
彼女は才色兼備だと評判の公女だったが、結婚が間近に迫った頃、馬車の事故で婚約者を亡くしていた。
しかし、彼女と釣り合う家の目ぼしい男性のうちで、独り身であったのは、斜陽ではあったが、一応名家と呼ばれるマートリス侯爵家の令息くらいだったのだ。
そのために、支援目当てがわかっていながらも、彼からの申し出を受けることにしたのだ。もちろん娘を守るために色々と条件を付けて。
ところが彼には学生時代から男爵令嬢の恋人がいて、結婚後もこっそりと関係を続けていたのだ。
そして妻の妊娠がわかった直後、その男爵令嬢もまた妊娠していることが判明した。
そのことに狼狽した侯爵令息は、慌てふためいて遠縁の男爵家の嫡男に自分の愛人を押し付けたのだ。
よその女に子供を作ったと知られたら、公爵家の援助が打ち切られてしまうからだ。
そして、正妻が流行り病で亡くなった後、侯爵は元恋人を夫と離縁させて、後妻として彼女と娘アイリスと共に迎え入れたのだ。
名目上、同じ年頃の娘がいる女性ならミモザリの面倒を見てくれるだろうと。
そんなわけないじゃないと、客観的に物事を見られるようになった今、ミモザリは心の中で吐き捨てた。
(公爵令嬢だった前妻のせいで、自分達は男爵家でずっと針の筵のような暮らしをさせられてきた。継母はそう逆恨みして、前妻の娘である私をよく思わないに決まっているじゃないの。
いくらマートリス侯爵家の養女になったとしても、アイリスが元男爵令嬢だという過去は消えないのだから)
公爵家の孫娘で侯爵家の嫡女であるミモザリとアイリスとでは雲泥の差がある。数か月しか生まれた日も違わないというのに。
彼女達がミモザリを憎いと思っても自然の成り行きだった。
しかし、そもそも不貞していた継母が悪いのだ。自業自得のくせにそれを棚に上げて、何の罪もない自分にその憎しみをぶつけるなんて甚だ理不尽な話だ。恨みをぶつける相手を間違っている。
一番悪いのはあの男だが、継母と妹のことも許す気なんて全くないミモザリだった。
とはいえ、記憶が戻った時、ミモザリは深いため息を漏らした。
この世界での自分は、前世の両親と同じく知識が豊富で学問だけはできたが、真の頭の良さではなかったのだなと感じた。
なぜなら、生きて行く上で大切なものや、幸せになるための術をわかっていなかったのだから。
頭を打つ前の自分は父親に無視され、継母と腹違いの妹にいびられ、虐げられ、見下されていた。
それに対して、何の抵抗も対策もとらず、ただ自分の殻に籠っていただけだったのだから。まあ前世の私とは違い、世間知らずな深窓のご令嬢では致し方なかったのかも知らないが。
やられたらやり返すのが、雑草根性の持ち主のモナミの生きるためのモチベーションだった。この世界でもその精神でこれからは生きて行こう。ミモザリはそう決意したのだった。




