第2章 前世の記憶を思い出した王太子妃
ミモザリは元々マートリス侯爵家の嫡女だった。
その血筋と頭脳明晰さを買われ、懇願されてキャノット王国王太子ヴァロットンの婚約者になった。
何せお后教育を受けながら、スキップして一つ年上の王太子と一緒に学園を卒業したくらい優秀だったのだ。
ところが、彼女は継母と義妹から長年虐めを受けていた。そのストレスで食欲過多になり、肥満気味だった。
しかも実の父親からも放置されて家族からの愛情を受けられなかったために、自己肯定感が著しく低かった。
そんな暗くていつもおどおどしている婚約者を王太子は毛嫌いし、完全に無視し、十六歳で婚約してからほとんど彼女に話しかけることも、まともに顔を合わせることもしなかった。
そんな関係のまま、二人は学園を卒業してすぐに結婚式を挙げた。
ところが、夫となった王太子は初夜で妻となった王太子妃に対して
「豚を抱く趣味はないので、お前とは白い結婚だ。私が恋人を作ったとしても一切口を挟むな」
と言い放った。
その上、お前の醜いその容姿を人前には晒すわけにはいかないから、お前は書類仕事だけしていろと命じたのだ。
その結果新妻の王太子妃は、結婚式の翌日から狭い執務室に押し込められ、朝早くから夜遅くまで机に縛り付けられることになった。
そしてそんな生活が続いた半年後のある日のことだった。
ミモザリはパウダールームへ行こうとして立ち上がった途端、激しい目眩と頭痛に襲われて床に倒れて、頭を打って気を失ってしまった。
そして五日後に目を覚ましたときには、これまでの記憶をすっかり忘れていたというわけだ。
しかしその代わりに彼女は、なんと前世の記憶を思い出していた。
ミモザリはこの世界とは別の世界で事故死した後に、今の世界に生まれ変わった転生者であったのだ。
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ミモリザの前世であるハルカゼ=モナミの両親は高学歴が自慢のエリート夫婦だったが、ダブル不倫で離婚をした。そのせいで彼女は、幼少期に弟と共に父方の祖父母の元に預けられた。
しかしその後間もなくして祖父が亡くなったために、貧困の中でかなり苦労して育った。
どちらの親もその後接触してこなかったので、二人は親などいないものと考えて、彼らを思い出すことさえしなかった。
ところがモナミは十六の時、偶然、元両親がそれぞれ再婚した後に生まれた子供を私立の小学校に通わせていると知った。それでキレたのだ。
こちらはまともに食事もできず、学校の給食と子供食堂のおかげで命を繋いできたというのに、小学校から私立だと?
しかも、さほど名門というわけでもなく、わざわざ私立でなくてもいいんじゃない?というレベルのお金持ちのお子様が入る学校だ。
頭脳明晰だと評判の弟は、自分同様このままではまともに高校へさえ通えないかもしれないというのに。
モナミ自身もかなり頭の良い少女だったが、高校へ通う余裕がなかった。中学さえアルバイトをしながらなんとか卒業したくらいだ。
それでも勉強好きだった彼女は、仕事の隙間時間にスマホの動画配信の学習講座で勉強をした。
そして十六歳の時、高等学校卒業程度認定試験に一発合格していた。
そしてその後も独学で勉強しながら大学へ行くための費用と生活費を稼いでいた。
それはかなりきつい生活で、弟にはそんな思いをさせたくなかった。そして、祖母にも少しは楽をさせたかった。
そこで彼女は元両親の職場の社長に、彼らの給与から養育費を引き去りにして、こちらに振り込むようにして欲しいとお願いの手紙を出した。
「貴社は社会貢献をしている立派な会社だとメディアで宣伝広告しています。それなのにそこの社員が自分の子供を捨てて、一切養育費を支払っていないのは問題じゃないですか?
彼(彼女)は本来扶養義務があるし、一緒に暮らせないならせめて養育費を支払うべきです。再婚相手との間に生まれた子供には私立の小学校へ入れるだけの余裕があるのですから。
養育費を払ってもらえないので、祖母は少ない年金暮らしで孫二人の面倒を見させられて、体調不良でも病院さえ行けていません。
私と弟はいつも空腹で、給食と子供食堂で命を繋いでいます。優秀なのに弟は真っ当な高校生活も送れそうにありません。
それって理不尽ではないでしょうか!
もちろん親の死後は当然の権利として財産分与を要求するつもりですが、そんな将来ではなく、今生きるために私達はお金が必要なのです。
しかし、私達は未成年で何の力もありません。ですから、社会的地位が高く、力のある立派な方に協力をして頂きたいのです。
どうかよろしくお願いします」
その後、元両親がなぜか一緒に怒鳴り込んできた。
社長から給与の中から養育費として引き去ることを告げられたからだ。そして今までの未払い分を至急支払わないと、降格させるとまで言われたらしい。
これまでの業績が全てふいにされ、職場の信用をなくしてしまった。どうしてくれるのだと怒鳴り散らした。
このままでは子供を転校させなければならないと。
するとモナミは淡々と言った。
「高額な授業料が払えないのなら公立に転校するのは当然でしょう。私達も名門と言われる私立校に合格するだけの頭はあったけれど、お金がなかったから公立へ入ったんだもの。
まあ私はアルバイトで、その公立の義務教育さえまともに受けられなかったけれどね。
あんた達はこれまで製造物責任を取らなかったから、その罰を受けたのよ。当然の結果でしょう。
それを謝罪するどころか責めるなんて、人間として社会人として不適格ね。親としては今さらだけどド・クズだし」
さらに父親に視線を向けてこうも言ってやった。
「あなたは離婚する際に私と弟の親子鑑定をしたわよね。そして残念だったけど、あんたの子供だと証明された。それなのに一切養育費を払わなかった最低な人間よ」
それから二人に向かってこう告げた。
「あんた達の今日の言動は動画に納めたから、社長さんのメルアドに転送するね。
それともSNSにあげようかな」
元両親は真っ青になり、まるで廃屋のような古い家の庭先で土下座をして、動画を消してくれと訴えてきた。
(性格の不一致で別れたらしいけれど、クズっぷりはそっくりで本当にお似合いだわ)
「あんた達の本性を皆様に正しく知って頂く、そんな大事な証拠を消すわけがないじゃない。
だけど、だからといってそんなに心配をする必要なんてないでしょ。だって、ちゃんと義務を果たしてくれさえすれば、こっちは表には出すつもりなんてないんだから。
あっ、それから、あんた達やあんた達の身内が私達三人に何かしたら、すぐに動画を流すように複数の知人にお願いしておくわよ。
だから、今の奥さんや旦那さん、そして子供にはこの状況をよく説明して、絶対に私達に接触させないでね。
こうなったのは自分達が不倫した挙句に子供を捨てた結果なのだから、逆恨みするんじゃないよって、ちゃんと納得させておいてよ」
まだ十六歳の娘にそう脅されて、二人は震え上がった。
しかも娘の背後には、成長して既に幼い頃の面影をなくしていた息子と、すっかりやつれてしまった初老の女性がいた。その二人からも凍り付くような冷めた視線を矢のように投げつけられていた。
二人は身の置所をなくして縮こまった。
彼らは脅されたことだけでなく、自分達が実の娘や息子に何かをするような極悪非道な人間だと思われていることにショックを受けていたようだった。
お互いに相手がどうにかするだろうと責任を押し付け合い、子供を全く顧みなかった、最低最悪な人間であるにも関わらず。
(両親に捨てられた子供が幸せに暮らせるはずがないじゃない。自分達が恨まれると思っていなかったなんて、どれだけ能天気でおめでたい頭をしているのかしら。それが不思議で仕方がないわ。
再婚後に子供と暮らしていたのだから、それくらい分かりそうなものなのに)
かつてエリートだと自慢していた元両親を、モナミは呆れと侮蔑のこもった目で見下ろしながらそう思ったのだった。




