第11章 救いのない男達
王家からの贈り物の話をした後で、ミモザリはふと嫌なことを思い出してしまい、顔を顰めてこう言った。
「お二人に比べてあの男の寄越した手紙には心底うんざりしましたよ。
クズ男って、どこまでいってもクズ男だったと再認識しました。前世の父親とまるで同じだったので」
王宮からの贈り物が届いた数日前に、ミモザリは平民になった実の父親からの手紙を受け取っていたのだ。
そこには結婚を祝う言葉はなく、結婚式に出席するための服が準備できないので、自分と妻、そしてアイリス分の仕立て代を送れとだけ書いてあった。
マートリス侯爵家は、王家乗っ取り未遂の罪で取り潰しとなった。当然の結果だ。
しかし、実際の罪状は王家の面子にも関わることだったので、領地管理の不備ということになり、処刑どころか、刑にも服さずに済んだ。全くもってあの男は運がいい。
しかも、王太子からアイリスに贈られた貴金属は返却せずに済んだのだから。
本来ならそのことに感謝して、反省しながらひっそりと静かな暮らしをすべきだった。
ところがだ。
彼らは以前と同じような暮らしを止められなかった。そのせいで、たった一年で食べる物にも困っているらしかった。
あの後アイリスは男の子を産んだが、結局父親が誰なのかは分からなかった。
それ故に当然誰とも結婚してもらえなかった。
誰が好き好んで平民になった身持ちの悪い女を娶るものか。本人は納得せずに喚き散らしていたらしいけれど。
しかし、関係を持った騎士と文官の四人全員に、その子供の父親の可能性があった。
何せ四人とも王太子と同じ銀髪碧眼で、生まれてきた赤ん坊もやはり同じ色合いだったからだ。
そのために、彼らは子供が成人するまで、養育費の四分の一をそれぞれ支払うことになった。
彼らにとって救いだったのは、まだ妻子がいなかったので、特段社会的制裁を受けずに済んだことだろう。
高い授業料を払ったと思って、次は見かけに騙されずに、慎重に女性と付き合ってほしいわね。
赤ん坊は国の養護施設へ預けられた。
マートリス家で育てられることになったら、その養育費が何に使われるか分かったものじゃない。
四人の父親候補がそう訴え、国もその要望を受け入れたからだ。
全くもって正しい判断だとミモザリは思った。
彼女は時折、その施設できちんと甥が養育されているのか、健康診断と称して様子を見に行っていた。
いくら憎い妹の子であろうと、子供には何の罪もないのだから。
「彼に返事は出したのかい?」
「まさか。今後一切返事なんて出すつもりはありませんし、もう一生彼らとは関わったりしません。
それにしても、自分達が私達の結婚式に招待されると思っているのだから、本当におめでたい頭をしていますよね。
私が侯爵家の元の使用人の皆さんをご招待したと耳にして、自分達も呼ばれると勝手に勘違いしたのでしょう。図々しいわ。
前世の父親も弟が文学賞を取った時、その祝賀会に参加しようとして摘み出されたのですよ。
そしてネットで散々批判されたのです。子供を捨てたくせに図々しいって。
そうしたらちゃんと養育費を支払ったって反論したので、また炎上していました。
それは職場の上司に命令されて仕方なく支払っただけじゃないか。
それにそもそも親の役目は金だけじゃないだろうってね。
そんな感じだったので、私が車に跳ねられて死んだときも、もしかしたら父親が殺したのではないかって疑われていたかもしれませんね。
まあ、実際に私の背を押した人は父親なんかじゃなくて、ただの酔っ払いのおじさんでしたけどね。
だから飲んべえは今も昔も大嫌いですよ」
前世のモナミは連日連夜仕事に追われ、疲れ切っていた。
そのために、酔っぱらいの中年男性にぶつかってこられたときに踏ん張りがきかず、車道に押し出されて車に轢かれてしまったのだ。
運転手さんは何も悪くない。迷惑をかけてしまったなあ、と今さらながら彼女は思った。
それに苦労して育てくれた祖母を看取ることもでず、弟に負担を掛けて申し訳なく感じていた。
まあ自分とは違って、弟にはしっかり者で優しい恋人がいたから、なんとかなったような気はするのだが。
ミモザリは二度の人生で、なんと今回初めて恋人ができたのだ。まあ、形式上の夫はいたけれど。
ネットって何? 炎上って何が燃えたの? クルマって?
相変わらずミモザリの語る前世の話はところどころ意味不明だったが、前世の父親もろくでもなかったということだけはよくわかったグレンデールだった。
それにしても、いくら前世のこととはいえ、愛する人が死んだ時の話は聞きたくはなかった。
いくら医師として多くの人の死を見てきた身であっても。
この世界でも同じことが繰り返されたのでは堪らない。
あのクズ達や酔っ払いが二度とミモザリに近付けないように、王家に頼んでおこう。
彼らはきっとすぐに動いてくれるだろうとグレンデールは思った。
婚約者の辛そうな顔に気付いたミモザリは、「ごめんなさい」と言って、彼の胸に顔を埋めた。
「先生に嫌な思いをさせたかったわけじゃないのよ。
でも、辛い思いを溜め込んでいたら、いつか爆発して自分が壊れてしまうかもって怖いの。
前世もこの世界でも、一人で頑張って無理し過ぎてしまったから。
だからそうなる前に先生に聞いてもらいたいと思ってしまうの。
そして先生にも、辛い時は正直に私に話してもらいたいの。駄目かしら?」
「駄目じゃないよ。むしろ何でも話して欲しい。
嬉しいことも悲しいことも、これからはずっと二人でその気持ちを共有していこう。夫婦として一生一緒にいるのだからね。
それと、そろそろ先生じゃなくて名前で呼んでほしいな」
グレンデールはそう言いながらミモザリをぎゅっと抱き締めた。それを聞いた彼女は頷いて
「はい、グレンデール様」
と恥ずかしそうに、そう愛しい婚約者の名前を呼んだのだった。
そしてその後二人は、いつものように散歩に出かけた。
しかしそれは優雅な散歩というよりは、王宮の中で闊歩していたときのように、大きく腕を振り大きな歩幅の速歩だった。
ミモザリはうっすらと汗を滲ませながら、幸せそうに微笑みながら歩いていた。
そんな彼女の横顔を見つめながら、グレンデールはヴァロットンから贈られた真珠のネックレスのことを思い出していた。
王太子は当初、ルビーかエメラルド、そしてダイヤモンドのいずれかをミモザリに贈ろうとしていたらしい。
しかし、ミモザリは真珠がいいと言ったのだそうだ。真珠には長寿の意味があるからと。
そんな宝石言葉が君の心の支えになるのなら、自分がいくらでも贈るのにとグレンデールは思った。
それでもルビーかエメラルド、そしてダイヤモンドを贈られるよりはマシだったなと思い直した。
なぜならそれらには、深い愛情という意味が込められた石だったからだ。
次章は王太子の切ない初恋の話です。
読んで頂けると嬉しいです。
完結まであと二話です!




