21話
「うん、美味しい!」
広々とした土間に、優作の明るい声が響いた。吹き抜ける昼の陽射しが、木の格子窓から差し込み、土間の隅にかすかな影を落としている。
「私の作った大根の煮物が、まさかお口に合うとは思いませんでした。嬉しいですなあ」
嬉しそうに目を細めたのは、村長の団平。年の割に張りのある声で笑い、手ぬぐいで額をぬぐう。
「すいません、団平さんのお昼ごはんなのに」
竈の上では、鉄鍋から大根と味噌が煮える、甘くてほのかに焦げたような匂いのする湯気が立ち上っていた。
「いいですとも。大根なら、売るほどありますから。高貴な御方に食べて頂けて、こいつらもきっと喜んでおりますよ」
そう言って団平は歯を見せて笑い、鍋の中の大根をひとつ、おたまで優作の椀に移した。
「大根が良いのはもちろんですが、この味噌。これが良い仕事してますね」
「お分かりいただけますか!」
団平の顔がぱっと輝いた。
「少し甘みがあるのが、大根にとてもよくあっています。美味しい味噌を作るためのコツでもあるんですか?」
「いやいや、あえて語るほどのコツなどありはしません。しかし、あえて言うなら……毎日、蔵の扉を開けては、声をかけてやるのです。『おはようさん、今日もいい顔しとるな』と。そうしてやると、自然とまろやかな味になるようで……」
団平は煮卵のように丸く光る頭を、照れくさそうに撫でながら言った。
「よろしければ、もうひとついかがですか?」
「いいんですか?」
「遠慮などいりません、さあどうぞどうぞ………」
その時だった。
玄関の引き戸が、勢いよく開いた。
「え………」
土間の外から現れたのは、ややウェーブした赤茶色の髪を肩まで伸ばした若い女性。今まで見た村人たちの中では、一番派手な着物を着ている。
彼女は数秒、その場で固まったまま優作を見つめ――
「きゃーーーーーーーー!!」
静寂を破る、鋭く響く悲鳴。土間の空気が、いっきに震えた。遊学がこの村にいることを知らなかったと見える。
「なんだ! なんの騒ぎだ、もしかして、あいつらがまた性懲りもなく――!」
家の奥の襖が開き、布を頭に巻いた若い男が、慌てて土間に飛び込んできた。さっきの女性の悲鳴を聞いてきたらしい。顔色は青白く、寝巻きのような着流し姿。
その男の目に優作の姿が映ると、すぐさま――
「きゃーーーーーーーー!!」
今度は男女ふたりの声が重なって、家中に響き渡るような悲鳴となった。
優作は箸を持ったまま、ただぽかんとその場に立ち尽くしていた。
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