19話
案内されて村長の家へと向かって歩いていくうちに、思いがけず、その村の美しさに気付かされる。
土の匂いが漂う道端には、丁寧に手入れされた畑が広がっており、青々とした大根や小松菜の葉が陽に照らされて揺れている。
笠をかぶった女性が中腰で草を取っていて、その姿はミレーの《落穂拾い》を想起させた。
どこからか鶏の鳴き声がして、柔らかな風が揺らす木の葉の音が耳に心地よい。
「――あれが私の家です」
そう言って団平が指差した先には、萱葺き屋根の堂々とした家があった。
「広いですね」
「いえいえ、それほどでも………」
雪見大福のような頭頂部を撫でながら、団平はまんざらでもない顔をた。それはお世辞ではなく、遠くから見ても村の中で確かに一番立派な造りだった。
囲いのある敷地に入ると、すぐ脇に古びた納屋があり、竹製の箕や鍬、籠など年季の入った農具が壁にかけられている。小さな菜園の一隅には、赤紫のホウセンカと、藍色の朝顔が咲いていた。
自分の育った家とはまるで違うはずなのに、なぜか懐かしい。
「――あまり片付いていませんが、どうぞお入りください」
団平がそう言って引き戸を開けると、ほのかに炭の匂いと共に、味噌の甘い香りが鼻をくすぐった。土間の奥では、竈の上に掛けられた鉄鍋から湯気が立ち上っている。
「先ほどまで料理をしていましたので………」
優作の視線に気づいて、団平が照れくさそうに言う。
「大根を味噌で煮たものです。朝掘った大根と、昨年仕込んだ麦味噌で……ささやかなものですが」
鍋の中では、厚く輪切りにされた大根が、やわらかく煮崩れそうなほどになっていた。味噌の色が全体に染み、ふちには少し焦げ目のような濃い色が見える。
「美味しそうじゃないですか」
「いえいえ、私が作ったものなど、高貴な方のお口には合わないと思います」
「ですから、高貴ではないと思いますよ」
「いえ、そのお召し物を見ても分かります」
「お召し物?」
「形自体も違いますし、そのような発色のいい黒の染料はとても高価なものです。我々のような庶民など、触れることすらできません」
村長も含め、村人たちの服に発色のはっきりしたものは無い。
「な、なるほど………」
「わたくし、何か失礼なことを申しましたでしょうか?」
戸惑った様子の優作を見て、団平が恐縮したように眉を下げる。
「いえ、なんでもありません」
できるだけ目立たずに、この世界に馴染みたかったが、それは無理そうだ。
(目立つことは良いことです)
アイちゃんの声が耳元で響く。
(周囲の騒音など力で黙らせていけばいいのです。ご主人様は、幼いころからそうされてきたのでしょう?)
そう言われてみればそうか………。
「ただいま、本を持って参りますので少々お待ちください」
案内してくれた客間は心が落ち着く静かな空間だった。
広く磨かれた板張りの床に、木組みの低い机と座布団。壁には農村らしく、季節の草花が描かれた素朴な掛け軸がかかっていた。
もしかすると、自分はいつの間にか自信をなくしていたのかもしれない。
体格が良すぎて目立っていたのは今に始まったことじゃない、笑ったりバカにしたりする奴らを黙らせてきたのが、これまでの自分の人生だった。
それをアイちゃんが思い出させてくれた。
「ありがとうね」
(ご主人様は、どんと構えていればよいのです。この世界でもきっと誰にも負けません)
信じてくれている人がいる、だったらやるしかないだろう。鳥の声が聞こえる客間で、心に力が宿るのを感じた。
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