17話
「お、お、お………」
村の奥から、杖を突きながら一人の老人が姿を現した。背は低く、つるりとした頭皮に太陽の光が鈍く反射している。
彼の名前は団平、この村の村長だ。
優作の肩にも届かないほどの小柄な体格。アイちゃんの分析通り、身長差を考えれば怯えるのも納得できる。
足元の土を巻き上げながら急ぎ足で近づいてきた団平は、優作の姿を見上げた瞬間、ぶるりと肩を震わせた。
「鬼よっ……!」
飛散する唾液と一緒に、恐怖の混じった叫びがほとばしる。
「黒き鬼よ、どうか怒りをお沈め下さい……っ。この花咲村の村人を代表し、村長であるこの団平が、話をさせていただきます。どうか、何卒お許しを……!」
彼は杖を放り投げ、そのまま地面に手をつき、頭を土に擦りつけた。あたりには風がひゅうと吹き、平伏で見守る他の村人たちも一斉に沈黙する。
「あの、全く怒っていません」
「怒ってらっしゃらないので?」
「怒っていません。なのでどうか、頭を上げてください」
優作は出来る限り柔らかく、穏やかな声で返した。自分がただ話しかけるだけで、恐怖を与えてしまうのは分かっていた。だからこそ、声のトーンも語尾の力も最大限に抑えた。
「ちょっと話をしたくて声を掛けただけなんですよ」
「ど、どうもお騒がせ致しました……勘助のやつが、『鬼が怒りて火を吹いた』などと大騒ぎしておりまして……それで、てっきり……」
「あと、僕は鬼ではないです」
きっぱりと言い切ると、団平はぽかんと口を開けた。
「へ?」
「ただちょっと背が高いだけの、普通の人間です」
「ふ、ふつう……?」
戸惑う村長に、周囲の村人たちの囁きが重なる。
「絶対普通じゃない……」
「鬼だ……」
「まごうことなき鬼……」
「鬼の中の鬼」
「鬼一択」
傷つきつつもこの誤解を早く解かなければ、対話すら始まらない。
「ほら、見てください」
「?」
「牙、生えてないですよね?」
口を開けて、中を見せる。優作としてもよく分からないが、鬼といえば鋭い牙――そんなイメージだった。
「な、なるほど。我々と同じ……人間の歯をしておられる……」
村人たちが頷く顔が見える。これはいけそうだ、この感じで押すしかない。他に、鬼と人間の違いは無いか………。
「皮膚の色だって、赤とか青じゃないでしょう?」
ジャージの腕をまくってから、ゆっくりとその場で一回転し、村人たちに見せる。
「確かに……」
「言われてみれば、普通かも……」
納得の声がぽつぽつと漏れ始める。
「それにツノだって、生えてないでしょ?これで僕が鬼じゃないって、分かっていただけましたよね?」
再び一回転して顔を見せる。
「そ、そうですね……」
周囲を見渡し他の村人たちの顔色を伺う。そしてある程度全員が納得したようだと判断してから言う。
「どうやら我々の早とちりだったようです。大変、失礼を致しました」
団平は周囲にしっかりと聞こえるような声で言い、深く頭を下げた。村人たちもそれに倣って頭を下げる。この村長はどうやら村の中で相当に影響力があるようだ。
優作は、ようやく胸を撫で下ろした。これで、まずは“話を聞いてもらえる段階”には進めたのかもしれない。
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