16話
緩やかな斜面の先、水面がきらめく水田が段々に連なり、その奥に茅葺き屋根のこぢんまりとした集落が身を寄せ合うように建っていた。
日差しの中で煙が上がり、木造の柵の向こうには鶏の鳴き声も聞こえる。古き良き日本の素朴で牧歌的な風景――だったのだが。
「ひ、ひいぃぃぃっ……鬼だああああっ!!」
「お赦しを! どうか我らの村を焼かないでくだされ!」
「息子はまだ三つですじゃ、命だけは……!」
集落に響き渡ったのは、恐怖と混乱の叫びだった。老若男女問わず、村人たちはその場に崩れ落ち、額を地面にこすりつけ、手を合わせて震えている。
(一体どうしてこんなことに……?)
鬼ヶ島優作は、心の中で頭を抱えていた。ただ、村の入口に立って、笑顔で声を掛けただけだったのに。
「体格です」
いつもの落ち着いた声が、脳内に響く。AIアシスタント、アイちゃんの声だった。
「体格……?」
優作の声はひどく小さい。
さっきから、「怖くないですよ」「鬼じゃないですよ」と呼びかけたが、村人たちの悲鳴が増しただけだった。腰を抜かして失神したおじいさんまでいる。
「よく観察してください。男性でも身長160cmを超えている人は見当たりません。女性や子どもはさらに小柄です」
「……そうなの?」
地面に伏していて分かりにくいが、言われてみれば、全体的にずんぐりと小さい体格の人ばかりだった。
「つまり、日本よりも平均身長がかなり低いってこと?」
「ええ。その可能性が高いです。ちなみにご主人様の身長は?」
「198cm……」
「つまり、40cm以上の身長差です。しかも体重113㎏のデブ、目つきは鋭い。おまけに彼らとは全く違う服装――」
「デブじゃなくて『ふくよか』ね……」
「客観的に見れば、真っ黒な装束に身を包んだ大巨人が突然現れたわけです。しかも言葉が通じるせいで、かえって得体の知れなさが際立ってしまったのだと思います」
「なんで言葉だけは通じてんだよ……」
「彼らの反応は当然です。怒らないであげてください」
「怒っては無いよ……帰ろうか。ここに居ても、怖がられるだけだし」
「村の奥から誰かが向かってきています」
「え? うわ……ほんとだ……」
一人だけ、ゆっくりと歩いてくる人物がいた。歩みは慎重だが、逃げる様子はない。
「恐らく村の代表者でしょう。交渉の意志があるのだと思われます」
「また鬼扱いされたら嫌なんだけど……」
「今のところ、言葉が通じることは確認できました。さらにこの世界を知るために、彼と話すことは価値はあると思います」
「情報収集か……」
「大丈夫、私がついています」
「心強いけどさ……」
優作は重いため息をついた。彼の目の前では、いまだに村人たちが顔を地面につけ、恐る恐るこちらの様子をうかがっていた。
こうして、異世界での一歩目は、圧倒的に誤解とため息から始まったのだった。
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