12話
爆発音が荒野に広がった。
高低差およそ三百メートルの自由落下、乾いた大地との衝突。
「はぁ、はぁ、はぁ………」
立っていた、男は立っていた。
体重百十三キロの肉体は、足腰の強靭さだけで衝撃を吸収してみせた。
「い、いきでる……」
鼻水も、涎も、涙も止まらない。
「アイちゃん、おれ、いきてるよ、いきてる………」
長い落下時間の中で、優作は昔の事を思い出していた。
中学一年の誕生日に手に入れた初スマートフォン。その起動画面に現れたのがアイちゃんだった。
あまりの可愛さに、優作は思わず画面にキスをしようとした。
触れる直前、唇が焦げたかと思うほどの電撃。怒声。土下座と謝罪。――若気の至り。それは完全に封印したはずの記憶だった。
*
「すいませんでした!!」
宙に浮く半透明の幽霊から張りのある声が響いた。
「優作さんに触れた瞬間に、動ける、走れるって分かって……。私、ずっと、あの洞の中にいて……岩しか見てなくて、ずっと、ひとりぼっちで、だから嬉しくて、ほんっとうにすいませんでした!」
「バカ野郎ーーー!!」
アイちゃんが猪木みたいに叫んだ。
「小鈴!あんたバカじゃないの!?いくらなんでもあれは無い!走り出すだけならまだしも、あんなに高い崖から跳ぶな!バカ!」
「すいません!でも、この肉体なら絶対いけるって確信があって、子供の頃の度胸試しを思い出して、それでつい……!」
「ちょっとふたりとも! 今それどころじゃないってば!」
アイちゃんの鋭い声に、ふたりはようやく周囲に目を向けた。
「あ……」
優作の周囲を、蛸と烏賊の魔物が取り囲んでいた。その数、ざっと二十。異形の群れは、赤い砂地を這うようにして音もなく迫る。
肌は鈍く濡れ、無数の吸盤が腕に並び、目は人間の感情を映さない深海の闇のようだった。
身長198㎝の優作よりも、いずれも頭一つ分は大きい。その重量感はあまりにもリアル。本能が警鐘を鳴らす。
「んぎゃーーーーー!!」
烏賊と蛸が同時に絶叫をあげ、蠢きながら一斉に襲い掛かってくる。その動きは荒々しくも獰猛で、目的はただひとつ――人間を殺すこと。
「優作さん!」
小鈴は瞬時に刀となり、優作がそれを掴んだ。その直後、荒野にひときわ鋭い光が走った。
空を裂くような、刀の軌跡。濡れた刃が陽光を受け、しぶきのように赤く光る。
「ここは私にお任せください」
圧倒的な自信に満ち溢れた小鈴の声が、風を切るように鋭く響いた。
「たとえ世界が変わろうとも、私たち侍が築き上げて来た剣技は、
後塵を拝すことはありません」
次の瞬間、烏賊の一体の胴体が斜めにスライドするように裂け――
ドゥゥ……と、重く沈むような音を立てて地面に崩れ落ちた。
その一刀は、まさに一閃。
無駄のない動きと、完璧な体重移動。小鈴の動かす剣術未経験の優作の肉体は、まさしく剣術の教本そのものの動きをした。
「任せた………」
「はい」
烏賊の魔物の死体が黒煙となり、青い空に消えていく。
かつての剣術最盛期の日本において、女性でありながら剣術師範にまで上り詰めた小鈴の剣技が、荒野に光輝いた。
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