11話
霧に包まれた空間。その中央、宙に浮かぶ一振りの日本刀が静けさの中に凛と存在していた。散乱する白骨死体を踏まないように、優作は慎重に歩を進めた。
近づくにつれ、刀身から感じられる圧は身震いするほどだった。空気の層が違う。
ここにきてようやく理解できた――なぜここにこれほどの死が転がっているのか。
これは、いわゆる妖刀。
「さあご主人様、とっとと刀を手に取ってください」
いつもの明るい声が、ポケットの中の小型端末から響いた。アイちゃんの無邪気さが、今は妙に怖い。
(やるしかないか……)
僕はアイちゃんに失望されたくない。それだけは、嫌だった。
「やるよ」
「さすがですご主人様!」
それでも心が乱れていた。優作はおもむろに手をかざし、掌にふわりと白いものを出現させた。
「それは何ですか?」
「マシュマロっていう、甘くてふわふわしたお菓子です。この魔法だと、先行き不安ですよね?」
「どうでしょう………」
優作は自虐のつもりで言ったのだが、小鈴は笑わなかった。
甘さが口の中に広がる。
咀嚼するたびに心が整っていく。案外この魔法良いかもしれない。
よし、行くぞ。
覚悟を決め、手を伸ばす。指先が柄に触れ、そして――
掴んだ瞬間。
頭の先から足の先まで、雷のような衝撃が突き抜けた。目の前が真っ白になり、思わず声が出た。
「んびびびびびーっ!」
「ご主人様!」
「ひゃっほーーーい! 自由だ、自由だーーーっ!」
優作の体が、ひとりでに走り出していた。握られた日本刀を掲げ、狂ったような勢いで。
「小鈴さん!あなた何してるんですか!」
「たのしーい! 走るってたのしーなー!」
アイちゃんの声も聞かず、洞の中を全速力で駆け抜ける。水たまりを蹴り、水しぶきを上げながら走る。ぶるんぶるんゆれる腹の肉のなど気にも留めず、全身全霊で喜びを表現するその様子は、子供のように無垢だった。
「小鈴!てめぇ、いい加減にしろ!!」
「森のにおいがするよーー! 久しぶり! お久しぶりです嗅覚!」
外の空気が、洞の出口から一気に流れ込んできた。視界が広がる。青空と緑の森。陽光のまばゆさに、目が眩む。
「やったーーー! 緑だ緑! きれいだなーーーっ!」
優作の体は止まらない。草木の間を駆け、木々をすり抜け、坂を登り――ついに、最初にこの世界に降り立った場所。あの崖までやってきた。
「空気もおいしいー!」
それでもなお止まらない。
「小鈴! その先は……!」
「わーーーーい!」
体重113キロの巨体が、勢いよく地を蹴った。異世界の空は青く、どこまでも澄んでいて、それはそれは美しかった。
一瞬だけ空中に停止して、落ちる落ちる落ちる。
優作は泣いていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
「ブックマーク」と「いいね」を頂ければ大層喜びます。
評価を頂ければさらに喜びます。
☆5なら踊ります。




