10話
鍾乳洞の奥、仄暗い洞の中。天井から滴る水の音が、静寂にかすかなリズムを刻んでいる。
靄を立ち昇らせる一本の日本刀。
「私は前世で侍でした。自分で言うのもなんですが、剣の才能が有りました――屈強な男たちを打ち負かし、諸国を巡り、新たな流派を興し、剣術師範となりました」
その声は、今までにないほど自信と誇りに満ちていた。
「そんなある日、とある無敗の剣豪と真剣勝負をすることになり……私は、敗れました。そのときの悔しさと怒りは、今でも胸に焼き付いています。それから先のことは……話すと長くなりますので割愛しますが、私はもう一度、あの男と戦いたい。ただそれだけの思いで、刀となったのです」
「そうですか………」
その声に、魂の奥から沸き立つような執念を感じた。
「私は、長い間探していました。私を手に取り、戦ってくれる者を。だが、私の魂は強すぎました。力無き者の魂は、触れただけで朽ち果てるのです」
「その結果が……これですか」
周囲には白く乾いた骸がいくつも散乱していて、まるで骨の祭壇のようだった。あまりに非現実的な光景に優作は恐怖を抱けなかった。
「私の存在が、少しずつ広まり始めているのです。洞窟に眠る白き刀を抜いた者には、天下無双の力が宿る――私は止めるように言いましたが、欲に目が眩んだ者たちを止めることはできませんでした」
「それならなぜ、僕に声をかけてくれたんですか?」
「優作さん。あなたは先ほど、魔法を使いましたね?」
「ええ……」
確かに、マシュマロを作る魔法を何度も試していた。
「その魔力を感じ取りました。そして、あなたならば、私を扱えるかもしれない――そう思ったのです。力を貸していただけませんか?」
「ええと………」
ちょっと怖い。いつもならアイちゃんとふたりきりの時にこそ、そういう本音は出せるのだが、目の前に幽霊がいる今は、なかなか言えない。
「あなたを手にすることで、ご主人様にどんなメリットが?」
ポケットの中から、AIアシスタント・アイちゃんの涼やかな声が響いた。
「お答えください。ご主人様が白骨の一つとなる未来を、私は簡単に容認できません」
小鈴の返答を待たず、アイちゃんはさらに畳みかける。
「私を手にすることで優作さんは、剣技をその身に宿すことができます。どこの世界であれ、剣技において、侍に並ぶ存在はいません」
自信に満ちた声だった。
烏賊と蛸が荒野で殴り合うようなこの世界なら、確かに「剣術」は大きな武器になるだろう。
「白骨となることの心配いらないと思います」
「なぜですか?」
「先ほども言いましたが、そうなるのは弱き者だけです」
「………」
「お可哀そうに。自分が仕える主人は弱き者である。そう思ってらっしゃるのですね?」
「馬鹿馬鹿しい!」
声の振動によって鍾乳洞から雫が落ちた。
「確かに止めておいた方が安全ですね、弱者は、弱者なら、ふふふふふ……」
「心配など毛ほどもしておりませんよ。ふふふふふ……」
「本当でしょうかね………?ふふふふふ……」
女同士の静かな火花が、湿った空気の中にパチパチと散っていた。二人の笑いに重なって、水滴が岩に落ちる音が、ポツリと響いた。
「それではご主人様、さっさと刀を手に取ってください」
「えっ!?」
「何を驚いているのですか」
「だって白骨………」
「これはもう、プライドの問題です!」
「そう言われても……」
「構わんやれ!」
アイちゃんの声には、微動だにしない強い意志が込められていた。知っている。こうなってしまったら、何を言っても無駄。
優作はもうすでに諦めかけていた。
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