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クトゥルフ時代劇 新選組討魔録  作者: 瘴気領域@漫画化してます


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第29話 ウェンディゴ

「勘吾っ! 何をしている!」

「カンゴ様!?」


 沖田とアーシアの声が重なる。勘吾は一体何をしているのだ。

 しかし、勘吾は茫洋とした表情のままアーシアを捉えて離さない。眼球が小刻みに揺れ、半開きの口からは先程鬼女と同じ紫色の靄が細長く立ち上っていた。


「きひひひひ、無駄だよ、無、駄。そこのぼんくらは昨日の晩からウェンディゴの操り人形だ」

「うぇんでぃご……?」


 それが勘吾に憑いた魔物の名だろうか。


 狐憑き、犬神憑き、猫又憑き……憑き物と呼ばれるものならこの手の話に疎い沖田にも心当たりがある。邪悪な霊が人の心を乗っ取って、行動を操るというものだ。猫又に憑かれた女中が夜な夜な行灯の油を舐めるなど、もはや定番がすぎて子供騙しにもならないほどである。


 思い返してみれば、この洞窟にたどり着いたのは強引とも思える勘吾の誘導があってこそだった。雪上の見えない足跡を追ったこと。異貌とは言え仏像を蹴り倒したこと。氷の湖上に踏み出したこと……。改めて考えるといくら勘吾とは言え無鉄砲が過ぎた。


「露骨にやると聖女様にバレちまうんでね。ウェンディゴの欠片だけ仕込んで、後は無意識に誘ったわけよ。『ここに行きたい。行かなければ』そういう欲を刷り込んでやりゃあ充分だ。あとは自分でやってくれる。で、いま沖田先生(・・・・)が鬼女を仕留めて下すったんで、残りをぼんくらに収めてやったってえわけさ」


 きひひひひ、と新見が鼠の顔を歪ませる。


「兄貴分のいい人(・・・)を人質にしろなんざあ、無意識じゃどうにもならねえからな」

「そういう邪推はやめてほしいんだけどなあ」


 軽口を叩きつつ、沖田は突然の凶行に出た勘吾を横目で観察する。

 よく見れば、アーシアに白刃を突きつける勘吾の手は小刻みに震えていた。それは体内に潜んだウェンディゴなる魔物に必死で抵抗しているかのように沖田には見えた。


「それで、わしはこれでお役御免でございますか? お約束のものは……」

「ああ、くれてやるからこっちに来い」

「へえ、はい……」


 作蔵は新見のそばへと進み、黄色い歯を剥いて沖田に向かって会釈する。


「沖田様、申し訳ございませんねえ。こちらの御仁がどうしてもとお頼みなされるもので……。ああ、宿賃も食糧もありがとうございました。ありがたく使わせていただきます」


 慇懃な言葉遣いとは裏腹に、その顔に張り付いた笑みには浅ましい心根が見え透いていた。

 皺だらけの眼窩に沈んだ瞳には、一欠片の罪悪感も見られない。


「おうおう、よくやってくれた。じゃあ心して受け取れよ、っと」


 その作蔵に、新見は無造作に右腕を突き出した。

 一度、二度、三度と繰り返し、湿った音がびちゃびちゃと響く。


「が……あ……な、にを……」


 作蔵の身体が崩折れ、うつ伏せに倒れた。青白い氷上に真っ赤な血液が広がっていく。


「ヒャハハ! 誰がてめえみてえな貧乏百姓に礼などするかよ! 臭っせえんだよ、てめえは! 死ねっ、死ねっ! クズがっ!」


 新見は血濡れた短刀を持ったまま、動かなくなった作蔵の身体を執拗に蹴りつける。作蔵はもはや呻くことすらなく、赤く太い血の線を引いて氷上を滑るだけだった。


「なんて惨いことヲ……」

「へっ、いい子ちゃんぶってんじゃねえぜ、聖女様(・・・)。こいつらが、こいつらの村が何をやっていたか知ればそんな綺麗事は言えなくなるんじゃねえかなあ」


 新見はさらに作蔵の身体を蹴り飛ばす。


「こいつらはもともと人喰いの邪宗門なんだよ。いたくぁ様への生贄だと言って口減らしのガキやジジイババアをてめえらで喰っちまうんだ。たまに旅の人間もな。そこの女が狂ったのも、苦労して産んだ自分のガキが次のご馳走になると決まったのがきっかけさ。それでウェンディゴに魅入られて、てめえでてめえのガキを喰っちまった。さあて、伴天連の聖女様はこれでも同情できるのかい?」


 哄笑が暗闇に響き渡り、アーシアの顔が蒼白に染まる。


「なるほど、慰み者の女のお産を村人総出で助けるなんて変だなと思ってたけど、そんな裏があったんだ」


 しかし、沖田は動じない。

 加州清光の切っ先は小揺るぎもせず新見に向かって伸びている。


「へっ、強がりやがって。聖女様が人質になってんのが見えねえのか! 刀を捨てやがれ!」

「刀を捨てたら俺を殺すと。で、そのあとアーシアはお前らの手の内ってわけだ。なるほど、よく考えてるね(・・・・・・・)


 沖田はことさらに語尾を強調する。

 平素と変わらない表情に、新見はいきり立って地面を強く踏みつけた。


「わ、わかってんじゃねえか!」

「だけど、お前はアーシアを殺せない。順番を間違えたな」

「なっ!?」


 沖田の指摘は図星だった。

 新見が命じられているのは贄の聖女(アーシア)の捕獲である。これまでの事件の中で、アーシアを直接害そうとしたのは芹沢鴨ただ一人だ。それも口ぶりから命令違反であることが推察できている。新見もアーシア相手に短刀を振るったが、あれは思わぬ反撃を受けた怒りに任せたものだった。とても計画的なものとは思えない。


「そっ、それならこれでどうだっ! ぼんくらァ! てめえが沖田を斬れっ!」

「カンゴ様っ!?」


 勘吾はアーシアを突き飛ばすと、沖田に剣を向けた。

 アーシアに向けていたときに震えていた白刃は、いまはぴたりと静止している。勘吾とは道場で何度も木剣を交わしているし、度胸試しで真剣を振るわせたこともある。沖田に剣を向けるという行為は、アーシアに向けるよりも遥かに心理的抵抗が少ないのだろう。


「勘吾っ! 正気に戻れっ!」


 とはいえ、剣力の差は明白である。

 一方は新選組随一と言われる剣客。一方は筋が悪いが度胸だけを買われた若者。沖田は勘吾の振るう刀をひょいひょいと躱しながら呼びかける。


「勘吾っ! 勘吾っ! しっかりしろっ!」

「ハッ! ウェンディゴの呪縛がそんな程度で解けてたまるかよ!」


 沖田の叫びを新見が嘲る。

 新見の言う通り、勘吾の動きが鈍る気配はない。剣筋こそはめちゃくちゃだが、それは確かに沖田の命を刈るべく振るわれていた。


「それによぉ、てめぇを仕留めるのにこれしか戦力がねえわけねえだろうがッ!」


 新見が頭上でパチンと柏手を打つ。

 その瞬間、周囲の闇が一斉に蠢く。


――SPGHRRRRRR!!!!

――SPGHRRRRRR!!!!

――SPGHRRRRRR!!!!

――SPGHRRRRRR!!!!

――SPGHRRRRRR!!!!


 不快な不協和音とともに、暗闇から無数の影が飛び出し沖田に殺到した。

 それらは皆一様に青い靄をまとい、口は耳元まで裂け、乱ぐい歯を剥き出しにした異形の群れであった。


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