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第12話 覚悟

 師走に入り、京の町はにわかに慌ただしくなった。さすがに走り回る坊主こそいないが、道行く人々は皆早足で行き交っている。


 今も尊攘浪士や勤王かぶれのやくざ者の狼藉は続いている。しかし、いくら危険があろうとも日々の営みは止めるわけにはいかない。すっかり日常に戻ったようで、つい十日前に怪物の群れが現れたなど信じられないほどだ。


 そんな(せわ)し気な人々を尻目に、沖田は退屈をしていた。


 あれきり坂本龍馬の足取りがさっぱりつかめないのだ。わかったことと言えば洋装眼鏡の男が岡田以蔵という土佐藩郷士であり、龍馬とはそこで接点があったのでは……ということぐらいだ。そもそも龍馬の来歴が怪しい以上、この情報にもどこまで意味があるのかわからない。


 剣の稽古はこれまで以上に厳しくしているが、厳しすぎて相手をしてくれるものが減ってしまった。沖田が道場に顔を出すと平隊士たちはそそくさと退散してしまうし、まともに相手ができる隊長格もそれぞれの任務で忙しい。


 おかげで立ち木相手に一人で技を練る時間ばかりが増えている。いまも屯所の裏庭でひとり、もろ肌を脱いで木刀を振るっている最中だ。


 朝稽古を終えて湯気の上る身体を庭の隅で拭っていると、土方がやってきた。


「今日はどうするんだ、総司」

「どうするもこうするも、巡察を続けるしかないんじゃないですか」


 沖田は半ば投げやりに答える。実戦の駆け引きは得意だが、盤外戦は苦手なのだ。なるべく頭を使わず斬り合いだけをしていたいとすら思っている。


「しかしだ。このまま続けても成果は見込めねえんじゃねえか?」

「それはそうですけど……」


 ディープワンの一件が落ち着いてから、沖田は一番隊の隊士を率いて京市内の巡察を続けている。もちろんネクロノミコンの気配を感じ取れるアーシアも連れてだ。しかし、一向に気配の残り香にさえたどり着けていない。


「やっぱり護衛を減らすしかねえんじゃねえか? ぞろぞろ隊士を引き連れてたんじゃ、やっこさんもビビって手が出せねえだろうよ」


 龍馬が警戒して姿を表さないのなら、護衛を減らして釣り出してやろうという算段だ。人斬り新兵衛、芹沢鴨、そして先日の龍馬自身の口ぶりから、向こうもアーシアを狙っていることがわかっている。ネクロノミコンを探知できるアーシアが目障りなのだろう。


「だけどそれは……」


 しかし、沖田は首肯できない。

 現状が手詰まりである以上、他に手段はないのだが、女子供を囮にするなど沖田が信じる士道に反するのである。


 土方は大事の前に小事を切り捨てられる冷徹さを持つ男だったが、沖田のそういう性格も知っている。剣に迷いが出れば遅れを取ることもあるだろう。この策を無理に押し付けることも出来なかった。


 二人の間に流れた短い沈黙を、少女の声が破った。


「ソージ様、わたくしは護衛がいなくても大丈夫デス!」

「アーシア!?」


 いつから聞いていたのか、木陰からアーシアが姿を現した。


「沖田様はわたくしを守りながらでは戦えないと思っているのデショウ? 侮らないでくだサイ! わたくしは修道院ではダーツのチャンピオンで、しかも拳法の達人なのデスヨ! アチョー!!」


 アーシアは金髪を振り乱し、手足を滅茶苦茶に突き出して奇妙な踊りを始める。

 沖田が呆気にとられていると、アーシアはぜえはあと肩で息をしてようやく踊りをやめた。


「見ましたカ! これが大陸に伝わる秘伝の武術、ショーリンケンなのデス! 日本に来る途中、船の中でセンニンという方に教えていただきマシタ! アチョー!!」


 片足立ちで鶴のような格好をするアーシアに沖田は苦笑する。たまたま乗り合わせた唐人(からびと)にからかわれたのだろう。もちろんこんなもので戦えるはずもない。


「悪いけど、冗談を言ってる場合じゃ――」

「冗談ではありまセン!」


 沖田の言葉をアーシアが強い口調で遮った。


「ソージ様はわたくしを守られるだけの存在と考えていらっしゃるかもしれマセン。けれども、わたくしは戦いに来たのデス。ネクロノミコンの災禍から世界を、人間を守るタメニ」


 アーシアの瞳は真剣そのものだった。

 沖田はそれ以上何も言えず、黙ってため息をついて頭を振った。


「どうやら話はついたみてえだな」

「トシさんまで……」

「はるばる地球を半周してきた拳法の達人だぞ。覚悟を汲んでやらにゃ、形がよくねぇ(・・・・・・)


 口調は冗談めかしているが、沖田には土方が本気であることが伝わった。「形がよくない」とは土方の口癖で、これを言い出したときはもう意見を曲げないのをよく知っていた。


「とはいえ、二人で当てもなくそのへんをほっつき歩かせるわけにもいかねえ。ついでにちょいとお使いを頼まれてほしいんだが、かまわねえか?」


 土方はそう言うと、懐から紙切れを一枚取り出した。

 それには簡単な地図が描かれており、御所(現在の京都御所。当時の天皇の住まい)を囲むように朱で五つのバツ印が書き込まれていた。


「何です、これ?」

「事件現場だよ。上から右回りに相国寺、常林寺、南禅寺、行願寺。で、左上のが白峯神宮だ」

「そんなことはわかってますよ。で、これが何なんです?」

「寺社荒らしだよ。立て続けに押し込み(強盗)が入りやがった」

「押し込み? そんなのは奉行所の仕事じゃ……」


 怪訝な顔の沖田に、土方は人差し指を立てて横に振る。


「件数が多いのと、手口が乱暴でな。新選組(うち)にも応援を頼まれたんだよ」

「乱暴?」


 土方によると被害は(むご)いもので、居合わせた者は皆殺しのうえ、遺体は八つ裂きにされてぶち撒けられていたそうだ。建屋や仏像の類のみならず庭まで荒らされており、何を奪われたのかさえはっきりしない状況らしい。


「尊攘浪士の仕業ではなさそうですが……」


 尊王攘夷を訴えるものは日本の文化、とりわけ神仏を尊ぶ。こんな蛮行は考えられないのだ。


「だろ? あの坂本龍馬って野郎の匂いがぷんぷんしやがる。今更現場に行ってどうこうってわけもねえだろうが、アーシアちゃんなら何か気がつくかもしれねえし、探索の慣らしにもちょうどいいだろ。っつーわけで、総司にはここを見てきてもらいてえ」


 土方が指さしたのは御所の北西、すなわち坂本龍馬と出会った因縁の地、白峯神宮だった。

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