今日から菊地
コロンさま主催『菊池祭り』参加作品です
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母さんが再婚し、俺は『田中洋平』から『菊池洋平』になった。
「よろしくな、洋平くん」
そう言って俺にハグをしてくる新しい親父にはまだ慣れないけれど──
「よろしくね、お兄ちゃん」
妹ができた。二つ年下の、中二の妹だ。名前は桃子。
照れ臭くもあるが、このことが嬉しい。一人っ子だった俺はきょうだいというものに対する憧れがあった。
不思議な感覚だ。家の中に四人もの菊池がいる。つい昨日までは二人だけの田中だったのに。
桃子とはすぐに仲良くなれた。
意外なことに好きなバンドが同じだったのだ。
俺の好きなバンドは知る人ぞ知るという感じの、有名なバンドではないのに、まるで示し合わせたように、まるで運命のように、彼女がキッチンで唄った鼻歌に、俺は声を重ねていた。
「演奏力が素晴らしいよね」
「あぁ……。初めて同じバンドが好きなやつに出会えて嬉しいよ」
「あたしの部屋、来る?」
「いいの? 兄貴とはいえ、他人だぜ?」
「兄貴は他人じゃないでしょ」と言って笑われた。
桃子の部屋は、意外にシンプルだった。
いかにもインスタにダンス動画とか投稿してそうな雰囲気なのに、部屋にはヌイグルミひとつなく、本と楽器があるだけといってよかった。
「ね、なんか楽器、できる?」
そう聞かれ、俺は答えた。
「歌が楽器だといえるなら」
「ボーカル? いいじゃん、いいじゃん! あたしギター弾くから歌ってよ」
桃子が弾くアコースティックギターに合わせ、歌った。
自慢だが歌には自信がある。声域の広いその歌を、海の底から羽根の生えた魚が飛び上がるように、伸びやかなハイトーンボイスを使って歌い上げた。桃子のギターが頼もしく支えてくれた。
一年後、俺と桃子は『菊池ズ』のユニット名でデビューしていた。チャンネル登録者数は五万を越えてまだまだ伸び続けている。
俺のハイトーンに桃子がさらに上の音を重ねれば、天使の歌声だと賞賛される。桃子がメインボーカルを取る時には俺はしっかりと後ろを支えた。
俺は菊池という名字が大好きになっていた。それは俺と桃子を繋ぐ、とても強い絆の名前だ。
「俺たち、ずっと菊池でいような」
「ウン! 結婚してもずっと菊池だもんね」
最高だ。
菊池って、最高だ。
君もなってみないか? 菊池に!
誰だって望めば菊地になることができる