祭りの日の神様
とある小学校の教室で、お話が始まった。
「みんな、『神隠し』って知ってる?」
白髪の男の子が、クラスメートに呼びかける。
「かみかくし?」
「なにそれ?」
「私知ってる! 神様が子供を捕まえちゃうことだよね」
女の子が両親から聞いた話を、自慢げに話す。白髪の子は微笑む。
「うん、そのことだよ。」
「でも"しんすけ"、それがどうしたの?」
「あのね、お父さんから聞いたんだけどね」
しんすけは自分の白髪を触りながら、声を潜めて話した。
「夏祭りの日に、1人で神社の森の奥に行ったら、神様に連れ去られちゃうんだって。」
教室内は子供達の驚きの声で埋め尽くされる。中には怖がって泣き出しそうな子もいる。
「それって本当? しんすけくん」
「うん、本当だよ」
「でもそれ、神様じゃなくて、オバケじゃない?」
ワーワーと騒ぐ教室の中で、一人胸を張り威張っている子がいた。
「オバケも神様もいないって!」
みんなその声の方に振り向く。
「俺が一人で行って確かめる」
そう宣言した男の子は、鼻を鳴らしてどこか誇らしげだった。
「りょうた?!」
「ほんとに1人で行くの?」
「やめた方がいいよ……」
「りょうたスゴイ!」
先程までの怖がった声は、りょうたへの歓声に変わる。
しんすけは、ただ呆然をしていた。
祭り囃子が辺りに響き渡り、大人も子供も騒ぎ始めた頃、神社前に小学生四人が集まっていた。
「りょうた、まだ行かないの?」
「……行く! 行くよ!」
強がった声がりょうたから飛び出る。
「本当は怖いんじゃないの?」
「怖くない!」
かき氷を食べている子が煽る。
「もうそう言って十分は経ったよ?」
「分かってる!」
焼き鳥を食べている子が確認する。
りょうたの足は小刻みに震えており、目が泳いでいる。
「りょうたくん、本当に行くの?」
そこに現れたのは、可愛らしい浴衣を見にまとった女の子だった。
「ユウカンな人ってかっこいいなぁ。みか、りょうたのかっこいい所、見てみたい。」
「みかちゃん……」
りょうたの顔がほのかに赤くなる。
「……よし!じゃあ、行ってくる!」
立ち上がったりょうたの姿は、やる気に満ちていた。五人の仲間から見送られ、りょうたは森の中に消えていった。
最初は突っ走っていたが、次第に速さは遅くなっていく。最終的には、ただ周りをキョロキョロしながら歩いているだけだった。
「これ、どこまで行けばいいんだ?」
独り言は虚しくも森の中へ溶けていくだけだった。りょうたの耳には、自分の足音しか聞こえない。祭りの騒ぎも、ここまでは届かない。上を見てもただ真っ暗で、月も星も見えなかった。
「帰れるのかな」
振り返っても、来た道は分からない。
「お父さん……お母さん……」
半ベソをかきながら、ついにしゃがみこんでしまう。
すると、大人の声が聞こえた。
「おーい! 誰かそこにいるのかーい?」
りょうたは目の前が明るくなった気がした。
「いる! います! 助けて!」
藁にもすがる思いで、大声を出す。遠くの方から、男性が近付いてくる。
「君、こんな所まで来たらダメだよ」
「ごめんなさい」
すぐに頭を下げた。
「君は……りょうた君だよね? ここから神社までは遠いから、おじさんの車で送ってってあげるよ」
りょうたは分かりやすく目を光らせた。
「ほら、おいで」
りょうたは男性の車に入っていった。
「ここまで走ってきて喉が渇いただろう。オレンジジュース飲むか?」
「飲みたい!」
男性から受け取った缶ジュースは、既にプルタブが開けられていた。
「ありがとう!」
「こぼさないようにね。」
喉がカラカラになっていた為、一気にジュースを飲み干した。
緊張から解放されたからなのか、車が心地良く揺れるからか、りょうたはいつのまにか眠りに着いていた。
目が覚めると、薄暗い場所にいた。
冷たい床、止まった空気、理解出来ない物音。
「あっ、起きた?」
その声は、しんすけだった。
ガチャンという音がした後、りょうたの前にしんすけがしゃがんだ。目が暗闇に慣れてくると、しんすけの無感情な顔が見えた。
「ここは……どこなの?」
りょうたは恐る恐る訊いた。それに、しんすけは抑揚の無い声色で答える。
「ここは、僕のお父さんの2つ目の家」
しんすけの目には、何も映ってないように思えた。
「僕のお父さんはね、僕達ぐらいの男の子が大好きなんだ。だからこうやって色んな子を集めて、楽しんでる。」
りょうたの目から涙が垂れ出ている。
「俺は、どうなっちゃうの?」
訊いたその時、りょうたは獣のような荒々しい声、子供の泣いている叫び声、何かを叩いている音が聞こえた。
「あーなるんじゃない?」
しんすけは冷たく突き放す。
「しんすけ、助けてよ」
「無理。やっと1人捕まえたのに、逃す訳ないでしょ?」
「……でも、」
しんすけは、さっきとは裏腹に屈託のない笑顔で話した。
「りょうた、ありがとうね。りょうたが来てくれなかったら僕が叱られてた。僕、こんな方法しか思いつかなくて、成功するか心配だったんだ。でも、これでお父さんに褒めてもらえる。」
その顔は、子供らしい笑顔だった。
「じゃあそろそろ行くね、お父さんが来ちゃう」
「えっ、待って」
りょうたは遠ざかろうとするしんすけに、手を伸ばそうとする。その時初めて、手首がくさりで壁に繋がっている事に気付いた。
「……お祭りでベビーカステラ買ってきたからさ、後で、一緒に食べよう?」
しんすけの顔には、哀れみも混じっていた。
「じゃあね」
扉が閉まる直前で、ニヤリと笑う。
「楽しんでね」
次の日、先生の声は暗かった。
「木下 りょうた君が、祭りに行った後帰ってきていません。みんなも、神社の森には近づかずに、知らない人にはついて行かないようにしてください」
先生の話が終わると、顔色が真っ青な男の子3人は、先生に呼び出されていった。あの日、話を聞いていた子供達が、恐る恐るしんすけに近寄っていった。
「ねぇしんすけ、りょうたはどうなっちゃったの?」
しんすけは軽く笑った。
「さぁ………神様に、連れ去られたんじゃない?」
次の日、神介は転校した。
この話はフィクションです。実際に起きた出来事とは一切関係ありません。