第六縁。
「アナタこそ、泥棒猫の様な真似をしておいて何を言ってるの!?」
「アタシが『泥棒猫』ならアンタは『泥棒牛』ね……。どうせ大方、その牛乳で妖ちゃんを誑かしてるんでしょうけどねー……」
……ざわり。
そんな何ともいえない嫌な空気がボク達を一気に包み込んだ気がした……。
そして次の瞬間っ!
ボクは夢の様な、ありえない後景を目の当たりにしたのだった。
それは、ボクの肩にかけていた手を離したかと思えば、その刹那、青々と燃え上がる火炎弾を右の掌から生み出し、その火炎弾をバスタオル姿の雹堂さんへと放った彼女の姿っ!
危ないっ!
ボクはそれを見るなり、何故か彼女の元へと駆け出していた。
ダメだ……間に合わない……。
ボクが駆けつけるよりも格段に速い火炎弾。青々と燃え上がり炎の尾をなびかせ、バスタオル一枚の雹堂さんへと食らいつくっ!!
ボクは半ば諦めかけた、その時……。
ゴォゥオンッ!!
ボクの目の前でそれは一瞬大きく紅く閃光し、大きな音を部屋に響かせて跡形も無く消し飛んだのだった。
「怪我は無いかな? 雹堂さんに妖一」
「博康様!?」
「父さん!?」
目の前に急に現れては、何事も無かったかの様な顔をして問いかける父さんの姿。
「え……今……炎が雹堂さんを襲おうとして……炎が消し飛んで……父さんが現れて」
あまりの後景に状況整理が上手く出来ないボク。
同じ様に少なからず戸惑いを見せる雹堂さんと、
「な……なんなの……」
火炎弾を放った当の本人。
「ぁあ、何となくコレで」
鯉の様に口をパクパクするボクに、淡々(たんたん)とした口調でサラリとする父さん。
コレで。という父さんの軽く上がる片手を見れば、そこには握られた一つのフライパンの姿が。改まってよく父さんを見ると、普段着の上から小豆色のエプロンをかけて、見るからに『お料理中』と言わんばかりの姿である。
何となくコレでって……フライパンで今の炎を消し飛ばした……の!?
父さんの普段と変わらない口調で言った言葉に、呆気にとられるボク。
「で、妖一。こちらに居る少々ロックテイストなTシャツを着ている娘は、何方なんだ?」
ポツリ。
誰もが呆気に取られてるこの状況で、ポツリと問いかける父さん。
と……父さんって一体……。
いろんな意味で驚愕しつつ、ボクは彼女を紹介しようと……
「……あれ? そう言えば誰だろう……急な事で名前も聞いてない気がする……」
ふと零す。
彼女の言葉からすれば、ボクは昔にこの子と逢ってる様だけど……。全然覚えていないどころか記憶にも無い気がする……。
「まぁ、とりあえず、雹堂さんはそんな姿じゃ風邪を引いてしまうから着替えておいで。着替えたら夕飯にしよう。さっきの畳の間(居間)においで」
と、にっこりと促す父さん。
その言葉にゆっくりコックリと頷き、脱衣場へと戻る雹堂さんの姿。
「何処の何方か存じ無いけれど、君も良かったら夕飯を一緒にどうかな? この時間帯だしきっとお腹が空いてるでしょう? まー私の手作りでお口に合うかどうかは保障出来ないけれどね」
あははは。と、笑いながら彼女にボク達と一緒の夕飯を誘う父さん。
「え……」
そんな父さんの姿に目を点にする彼女。
うん。誰だってきっとそうなると思う……。ボクだって変な感じだし。
「色々募る話とかあるだろうし、食べてからでも遅くは無いだろう? な?」
「え……ええ」
少々父さんの勢いに押された様子で、頷き返した彼女。
「今日は多めに作っておいて正解だったな~」
そう言いつつキッチンへと戻って行く父さん。
気難しそうな顔に似合わず、何処か飛びぬけてる気が、息子ながらしたボクだった。
「あれ……妖ちゃんのお父……さん?」
「うん……一応」
一つ苦笑いを浮かべながら彼女の顔を見て頷くボク。
ボクが頷いた次の瞬間、視線が合った二人にぶわっと笑いが上がったのだった。
「なるほど~、妖ちゃんのお父さんだけあるって事ね。ちょっと呆気にとられちゃったけど、アタシ嫌いじゃないな、ああゆう所」
「あはは、それってどうゆう意味だろう?」
「さぁ?」
と、悪戯っぽい笑みを見せてる彼女。
ボクは笑いながら彼女を畳の間に案内するのだった。
やがて目の前に広がるのは、コタツテーブルの上に置かれた大きな鍋と四人分のご飯と受け皿。そしてその鍋を囲むように男女交互に座った父さんと彼女達の姿。
ダシの綺麗な香りと程よい甘さの香りが部屋中に広がり、空腹をどこまでも刺激する。
それは、蓋を開けるとモワッと湯気が上がり、それと同時に美味しそうな香りが更に広がって食欲を湧き出させた。
鍋の中で時よりグツッと揺らぐ具材。大根・つみれ・こんにゃく・昆布・イカ巻き・牛蒡巻き・鳥団子・ちくわ・ちくわぶ・がんも・がんもどき・三角はんぺん・餅巾着・卵・ソーセージなど色々入れて煮込まれたお鍋……所謂『おでん』である。
「さぁ、召し上がれ。少し多めに作ってあるからいっぱい食べなさい」
父さんのその言葉に『いただきますっ!』と声がハモった。
「わっ……色んなダシが効いているのに、どれも邪魔するどころか皆で一つの美味しさに導いてる感じがして美味しいです、博康様」
一口、口に入れたパジャマ姿の雹堂さんは、思わず感嘆の声と共に漏らす。
「うわー、凄く美味しい~~!」
と、雹堂さんと比べたら簡単な言葉だけれど、すっごく喜んだ顔を見せる彼女。
「うん、久しぶりに食べたけれど美味しい」
そうゆうボクも簡単な言葉だけれど、美味しさに思わず微笑んでしまう。
「よかった。鍋なんてあんまり作らないから少し不安だったが、喜んでもらえて何よりだな」
そう微笑んで、一口する父さん。
「そうだね、二人暮らしだから鍋なんて滅多に作らないしね」
相槌を打つボク。
「そうなんですか? こんなに美味しいのに勿体無いですよ~博康様。あ、宝の持ち腐れって知ってますか?」
にっこりと微笑んでそう言う雹堂さん。
美味しさのあまり皆の箸がどんどんと進んで行く。
しかし不思議だな。
熱々のがんもどきを食べながら、ふと思うボク。
さっきまで戦闘になろうとしてた二人が、こうやって父さんの作った一つの鍋をつっついてるんだから。
ほら、彼女の『これも美味しい~』って言葉に、雹堂さんも『そうですね、これも美味しいですね』なんて返してるし。
「どうしました? 妖一さん?」
「ん? どうしたの? 妖ちゃん」
二人を見ていたボクに気が付いたらしく、二人して問いかけられるボク。
「ううん、何でもない。二人共美味しそうだなって」
何処か微笑ましい気持ちになりながら、二人に返す。
すると、しばらくの間沈黙を置いた後雹堂さんの顔が見る見る内に赤くなり、もう一人の彼女の顔も悪戯っぽくも少し恥ずかしそうな顔になって、
「何なに? 妖ちゃんデザートにアタシ達でも『食べる』の~?」
と、彼女が言う。
「妖一さん……何だか大胆です……」
雹堂さんも恥ずかしそうに小声になりながらそう言うのだった。
「え……!? や、そうじゃなくって……二人とも美味しそうに食べてるなってっ!」
二人の言葉に慌てて訂正するボクに、二人共にっこり笑って、
『ジョーダンです』
と、声をハモらせた。
うー……ヤラれた……。
「妖ちゃん真っ赤な顔、可愛い~」
「茹ダコさんですね、妖一さん」
ボッと顔が熱くなったボクに、クスクスと可愛らしく笑う二人。
とても恥ずかしい気持ちにもなりながら、ボクの心の何処かでは、二人が微笑んでいる事に嬉しくも安心していたのだった。
ボクと彼女と彼女の縁結び記
第六縁『お鍋は剣より強しなんだってさ。どこかボクはそう思ったんだ』