第五縁。
「それじゃ、今度こそボク行くね。着替え洗濯機の上に置いておくから良かったら使ってね」
「はい、ありがとうございます」
彼女のその言葉を聞いて、ボクは脱衣場から出ようとした、その時だった。
バンッ!!
と、物凄い音と共に何かが壊れる音が響いてきたのは。
「一体今のは何なん……」
ボクは突然発せられた轟音に戸惑う中、見知らぬ女性が声を張り上げるのを耳にした。
「さー! 神妙に出てきなさいっ!!」
その声は何故か怒り心頭で声を荒げている様である。
一体……何なんだろう……。
ボクは良く解らない事態に少し脅えつつも、
「雹堂さんはとにかくここに居てね……。よく解らないけどとりあえずボクは様子を見てくるから」
と、そう彼女に言って轟音がした方へと向かうのだった。
ボクが轟音がした方へと向かった時には、凄まじい光景がそこには広がっていた。
何かの力で家の出入り口の扉が家の中へと吹き飛ばされており、その吹き飛ばされた扉を良く見れば、扉の表の面……ようするに外へ向けてる面と、扉があった周りの壁が軽く焼け焦げているのである……。
それはまるで、暴風と一緒に凄まじい炎が扉にぶつかった様な感じだ。
その様子にまじまじと見入ってると、ボクの後ろの方からさっきと同じ女性らしき人の声が上がる。
「ほらー、今出てきたならアタシの広い心で『ミディアムレアのちょっと焦がす程度』で許してあげるからさぁ」
なんて言う声が。
信じ難いけれど……その言葉が本気だったら、この人の仕業なのかも知れない……。
ボクは目の前の後景に、何処かそう思う。
「出て来ないとアタシ怒るよ~本気で」
聞き覚えの無い女性のそんな声は、さっきよりも怒りの色が滲んでいる様だ。
誰かを……探してる??
一体誰を探してるのだろう……。
ボクはそう思いつつ声がした方へと向かう。
そこはフローリングの床が広がるちょっとした客間。
扉を吹っ飛ばして中に入ってきたと思われる彼女は、何故かそこに居た。
彼女の姿からは、何処か殺気の様な黒いものを感じるボク。
「君は……一体に誰……なの?」
ボクは後姿の彼女に、恐る恐る問いかける。
すると、僕の声に気が付いた彼女はくるっと半回転してボクを振りかえ見た。
それは、ブロンドのショートカットに綺麗な青い瞳。少し小さめの端麗な顔立ちにプルンとした小さく可愛い口元。ちょっとロックテイストの白いTシャツに綺麗な足のラインが見て取れる碧いスリムジーンズ姿の美少女がボクの目の前に立っていたのだ。
「その……君は一体誰を……」
雹堂さんとはまた違った魅力のある彼女に、何故か惹かれる様なドキドキを感じつつも、何が起こるか解らないという恐怖を感じるながら、ふと問いかけたボク。
すると……。
「見っけ、アタシの妖ちゃん」
ギュゥ。
にっこりと微笑んだかと思えば、次の瞬間にはいきなりボクを抱きしめる彼女……。
その刹那、甘く優しい香りが僕の鼻腔をくすぐり、胸に当たる柔らかなものが僕の意識を全て奪おうとする……。
あぁ……香りと感覚が何だか気持ちよくて……ボクが何処かに消えて行っちゃいそう……。
目に前に真っ白な世界が、ふと広がりかけるボク。
「やっと逢えたね妖ちゃん」
そんな彼女の甘く優しい言葉がボクの耳をくすぐる。
……やっと……って……?
薄れてくボクの意識の中で、そう問い返す。
「……アタシね、あの時から忘れた事なんか無かったんだから」
「……へ? あの時って……」
ギュゥと、更に強く抱きしめる彼女。温もりと切なさがボクの中に響く。
「パパやママが何を言ってもアタシは平気だから。アタシにどんな事があっても絶対に妖ちゃんだけは守ってあげるからね。一緒に帰ろうね、妖ちゃん」
「ま……もる? ……かえ……る?」
……ヤバい。ボクが消えちゃう……。
もう、頭が真っ白になり、彼女の感覚だけがボクを支配しようとした時、フッと何故か彼女がボクから離れたのだった。
「……でも、その前にしなくちゃいけない事があるからちょっと待ってて妖ちゃん」
そうにっこりとボクに微笑むと、彼女から再び殺気の様な黒いものが生まれ出るのを感じた。
……そうだ、とりあえず彼女を止めなくちゃいけないっ。
ボクは咄嗟に彼女の手を握った。
「妖ちゃん……?」
ボクに手を握られて、急にキョトンとする彼女。
「だ、誰を探してるか解らないけれど……その、暴力はいけないよ! ね?? それに誰かを傷つけると一緒に、知らず知らず自分の心も傷ついて行っちゃうから……ダメだよっ!!」
ギュッと、握っていた手に力が入る僕。
すると、握る僕の手を見て、ふふっと突然笑みを零した彼女。
「あはは、妖ちゃんあの時と全然変わってないね。ううん、変わってなくて良かったってアタシ思うよ。だってそうゆう優しい所にアタシ惹かれてるんだから」
彼女の言葉が終るのと同時に、ボクは頬にキスをされる……。
一瞬何が起きたか解らなかったボク。頬に柔らかい何かが当たったのは解ったのだけど……彼女がボクから唇を離すまで本当に何が起きたか解らなかったのだ。
そしてそれがキスだったと解ると、ボッと熱で熱くなる僕の顔。
い……い、い、今……ボク……。
初めて……された……。
あんなに……柔らかいんだ、唇って。
「……あれ? 妖ちゃん初めてだった?」
悪戯っぽいその質問に、ゆっくり頷いて返すボク。
「そっかぁ。……うん、大丈夫! アタシもキスはバージンだから」
悪戯っぽい笑みに、何処か恥ずかしさを見せた笑顔。
ドクン……。
鼓動が一つ跳ね上がったのを感じた。
「ありがとう妖ちゃん」
感謝の言葉と共に、再びボクを抱きしめる彼女。
「でも、こればっかりは何とかしないといけない事だから。それに言ったでしょ? アタシにどんな事があっても妖ちゃんだけは守るって」
耳元で優しく囁き、ゆっくりとボクの肩から顔をどけて、ボクの顔を見る彼女。
ボクを見る彼女の青い綺麗な瞳は、何処かトロンとしていて、ボクの他は何も見えていない様である。
そしてゆっくりと彼女の顔はボクへと近づき……。
コンッ。
と、軽い音と共に何かが彼女の横顔に飛び当たって落ちたのである。
ふと落ちたものを見れば……。
「風呂桶??」
思わず言葉が零れたボク。
そこにあったのはプラスチック製の何処にでもあるようなピンク色の風呂桶。
あれ……これってもしかして……。
なんて思いながら、飛んできた方を風呂桶から視線を上げていけば、そこには綺麗な長い黒髪をしっとりと湯をまだ少し含ませたままの彼女……雹堂さんの姿が。
体にはバスタオルを巻いており、一応体は隠してはいるけれど、バスタオルからは窮屈そうな胸を覗かせていて、どこかいけないものを見ている気がするボク……。
「は、離れなさいっ! 今すぐ妖一さんからその手を退かしなさいっ!!」
ビシッ! と、指を目の前の彼女に突きつける雹堂さん。
「ど……どうして雹堂さんがここに……」
「妖一さんが中々戻って来なかったので、何だか不安になって来てみたんですっ。そしたらいきなりこんな事に……」
「……見つけた泥棒女……」
いつしかショックから解けた彼女は、ギィィィと雹堂さんを睨みつけながらそう言う。
「アナタこそ、泥棒猫の様な真似をしておいて何を言ってるの!?」
「アタシが『泥棒猫』ならアンタは『泥棒牛』ね……。どうせ大方、その牛乳で妖ちゃんを誑かしてるんでしょうけどねー……」
……ざわり。
そんな何ともいえない嫌な空気がボク達を一気に包み込んだ気がした……。
そして次の瞬間っ!
ボクは夢の様な、ありえない後景を目の当たりにしたのだった。
ボクと彼女と彼女の縁結び記
第五縁『女難? 占って貰ったらきっとそう出る気が……ボクには何処かそう思えたんだ』