第四縁。
「それじゃー……何時までもここに居る訳にはいかないし、そろそろボク行くね、雹堂さん」
ボクはお風呂場でシャワーを浴びている彼女にそう言って脱衣場を出る事にした。
女の子が入ってるって言うのに、男の子なんかが何時までも脱衣場に居る訳にも行かないしね。それに居たら出るにも出れないだろうし。
そう思いながらその場から離れようとした時、彼女が言った一言に大きく鼓動が跳ね飛ぶ。
……え??
や……まさか聞き間違いだよね……??
あはは、ドキマギし過ぎて耳がおかしくなったのかも。
「それじゃ出るね」
気持ちを落ち着かせて、再び出ようとした時、彼女の言葉が確かにボクの耳に届いた。
それは、何処か恥ずかしそうにも、決心した様な声で、
「ま……待ってください。妖一さんなら……見られても平気ですからそこに居てくださいませんか……」
と。
もしかしたらボクは彼女にからかわれて……る?
いや……会ったばかりで彼女の全部は解らないけれど、他人をからかう様な人には見えなかったし……。
それじゃ本気で言ってるの??
ボクは彼女のそんな一言にグルグルと思考が回る……。
「妖一さんが言った様に色々考えなくちゃいけない事も沢山あると思います。けど、さっきの妖一さんの優しい言葉で私の決心は固くなりました」
「えっと……雹堂さん……?」
決心は固くって……どうゆう決心??
なんて思いながら間抜けた声で問かけたボク。
「小さい時から勝手に決め付けられてた婚約なんて嫌だって思ってたのですが……つい最近妖一さんの事を詳しく知ってから興味を持ってたんです。でもそれは、情報から想定される『私の中の妖一さん』でしかなくて、その妖一さんを本当に好きなのか解らないままここに来てたんです。
けれど、逢ってみて思いました。ここに居る妖一さんは、私が思っていた以上に素敵な方で、妖一さん、アナタなら私は全てを差し出しても構わないと思っております」
とても嬉しそうに、そして優しい声で言ってくれる彼女。
ボクは、そんな彼女の言葉に頭が真っ白になる。
……えっと……決められてたっていう事はー、その『許婚』か何かって事で……そして当のボクはその事をたった今知った訳で……えーと……。
全てを差し出しても……って事はどうゆう事なんだろう……。それはボクに見られても平気って事?? えっと何を??
ボクは真っ白な頭の中で必死に彼女の言葉の整理をする。
「私ばかりが妖一さんを色々知ってるのは不公平ですよね? …………だから今度は妖一さんが……少しでも私を……知って欲しいなって……」
ゆっくりと、どこか柔らかくもシットリとした口調で彼女は言う。
ちょっと……え!? ぇえええっっっ!?
グルグル回る思考の中から、一つだけ現状を見つけたボク。
どうしてそうなったか解らないけれど、彼女が裸のままここへ出てきちゃう!! それって何だか凄くヤバい事な気がする!!
と、捻り出したのはそんな答え。
「ま、待って雹堂さん!!」
お風呂場の曇りガラス扉が開こうとした時、ボクは咄嗟に呼びかけた。
「……私ではやっぱり何か不満……ですか?」
「不満とか不満が無いとかそうじゃなくてっ……ボクは男の子で雹堂さんは女の子なんだよ!?」
「……はい?」
自分でも何を言ってるか解らない言葉に問い返されるボク。
「えっとだから……女の子はそう簡単に男の子に見せちゃいけないとボクは思うんだよね……」
「はい。だから妖一さんだから私は見てもら……」
そう言いながらグイッと扉が開こうとするのを、ボクは直ぐ様背中と後ろ手で押さえた。
いくら曇りガラスだからと言っても、そんな超接近距離じゃぼんやりと見えてしまうから、背を向いて扉が引っ張られない様に押さえたのだ。この姿勢だと力は入れにくいけれど、仕方ない。
「出てきちゃダメっ! 出て来ちゃうとボクどうなるか解らないから絶対出てきちゃダメっ!」
心臓が今までに無いくらい何度も飛び跳ねる。もしかしたらこのまま心臓が壊れちゃうんじゃないかってくらい。
ううん。きっとボクの心臓は彼女が出てきた瞬間壊れちゃうと思う……絶対に。
ほら、息も何だかおかしいくらい出て行くし入ってくるし……。
「妖一さん??」
グッと扉を引こうとする力が強くなっていくのが解る。
「お願いだから出てこないで雹堂さんっ! ね?? 考え直して……ね?」
すると、ボクの必死な言葉に少しずつ扉を開けようとしていた力が抜けていく。
やがて、再びカチャンときっちり扉が閉まり、その様子に安堵するボク。
「解りました。そこまで仰るのでしたら、見せるのは諦めますね……」
そう言った彼女の言葉に、一つタメ息を吐いて力を抜いた。
「うん……それじゃまた後であの畳の間で」
と、ボクがそこから離れようとした時……。
ガチャ。
という音と共に、ボクの背中に0コンマ何秒の超高速の電気が走った。そしてその超高速の電気が走り去った瞬間、何とも言えない甘くも優しく清潔感のある香りと、感じた事のない大きくて柔らかいものがボクを包み込む……。
……どうしてだろう。何故か体に力が入らない。
そんな中、彼女はボクの耳元に唇を寄せてそっと囁いた。
「う……動かないでください……ね? 見せるのと抱きしめるのでは……恥ずかしさも何倍も違うんですから……」
と、恥ずかしさで今にも倒れそうな声で。
背中から彼女の早い鼓動が伝わってくる。まるで今のボクの様にとても早く、壊れそうなくらいに。
「雹堂さ……」
「動かないでくださいっ」
やっとの思いで出た声で問いかけようとしたボクを遮る彼女。
「何もしません。だから……動かないでください……ね」
うん。と、ゆっくりと彼女の言葉に頷く。
すると、ゆっくりボクの背中から離れ、お風呂場へ戻って扉を閉めた彼女は、
「……ごめんなさい妖一さん」
一つ謝る。
「そしてどうか私を嫌わないでください。でも……少しでも妖一さんの心の中に私は残れましたか? 感じれました……か?」
そう言う彼女の声から、何処か恐れと切なさを感じたボク。
ああ……そっか、彼女必死なんだ。ボクに自分自身を知って欲しくて。
こんな事したら嫌われるかも知れないって恐怖を感じながらも、必死で知って欲しかったんだ、彼女という存在を。
「ふふ……あははっ」
すると、何処か笑みが零れてくるボク。
「妖一……さん?」
突然の笑いに間抜けた声で問いかける彼女。
扉を開ければ、きっと鳩が豆鉄砲でも食らった様な顔をしてるのかも知れないね。
「ううん、ごめん。
えっと、あのね、ここに荷物を持ってお世話にって事はとうぶんはこっちに居るつもりだったんでしょ?」
「え? ……はい」
「うん。だったらそんなに焦らなくていいよ雹堂さん。先の事なんて何にも解らないし、雹堂さんがいつまでこっちに居れるかも解らないけれどさ、お互いゆっくり相手を知っていけばいいんじゃないかな~って思うんだ。その……恋仲とかそうゆうのじゃなくてもお互いを知る事は出来るし、大切だからね。だから無理しなくてもいいし必死になる事も無いんだよ、雹堂さん」
優しい笑みが零れてくるボク。
不思議と温かい気持ちが僕の中から溢れ出てくる様な、そんな感じがするんだ。なんだか。
「それに、うちの家訓にさ、こんな家訓があるんだ。変な家訓だけれど笑わないで聞いてね」
「はい」
と、お風呂場から柔らかく返事が返る。
「『我が家に居候すべし者は皆全部家族と思え』なんて家訓。これはね、5年前に天国に逝っちゃった母さんが作った家訓なんだ。可笑しいでしょ~?」
「いいえ、とっても素敵だと思います、妖一さん」
ふふっ、と、お風呂場から優しい笑みが聞こえてきた。
「それじゃ、今度こそボク行くね。着替え洗濯機の上に置いておくから良かったら使ってね」
「はい、ありがとうございます」
彼女のその言葉を聞いて、ボクは脱衣場から出ようとした、その時だった。
バンッ!!
と、物凄い音と共に何かが壊れる音が響いてきたのは。
ボクと彼女と彼女の縁結び記
第四縁『大胆で繊細。それが女の子なのかも知れないなってボクは思ったんだ』