第三縁。
親子揃ってシーンとする畳の間に、シャワーの流れる音色が届いてくる。
ボクはそんなシャワーの音色に、平然を装いつつも、何処か心と体が緊張してる感じがする。とても変な緊張感に疲労も混じっているかも知れない。
……だって、今まで父さんとボクの二人で暮らして来た家に、女性が居るんだもんね……。
それに何年も男しか使ってなかった浴室に見知らぬ女性が居るという、変な世界だから。
ボクはそんな事を考えながら、どうしていいのか解らない状態に、ジッとコタツテーブルに入ってただ彼女が出てくるのを待っていた。
何故かこうゆう時に限って耳がよく聞こえてしまう。
シャワーがタイル床へと一直線に流れる音。
流れるシャワーが体に触れて、その体を伝ってまとまって床に零れる音。
そんな音に、どこかやっぱり落ち着かない……。
そんな事じゃボクはいけないと思い、別の事を考えるけれど、ふと思いついたのは……思わぬ間接キスをした事と頬を赤く染め上げた時の彼女の姿。
初めて……しちゃった。
でもまだ『間接』だからセーフだよね!? 意図的にしたんじゃないし……あれはちょっとした事故だったから仕方なかった……よね??
なんて自問自答するボク。
ふと横目に父さんを見ると、やっぱり大人なんだなって思う。
ボクがドキマギしてるのに、父さんは至って平然としてるんだから。
そんな父さんを見ると、ボクは、まだまだ子どもなんだなって自覚させられる。もう中学三年生になるって言うのにね。
すると突然、父さんがボクの名前を呼んだのだ。
「妖一」
何処か何かを一緒に吐き出した様な、そんな声でボクを呼ぶ。
「な、何? 父さん何だか改まって」
急に呼ばれ、小さく内心驚きつつ問い返すボクに、父さんは真面目な眼差しで、
「すまん。今回の事は父さんが悪い。でも何度か手を打ったんだけれど、尽く無駄になってしまった様でな……結果的にこんな形にまでなってしまった。その……妖一には悪いと思ってる……」
と、ボクに謝る。
ボクはそんな父さんの姿に、今まで大きく見えてた父さんが少し小さく見えちゃって、どこか許せる気がした。
まだまだ子どもながら、成長するってこうゆう事なのかもなんて思えたボク。
ボクにはまだ何がなんて上手く説明は出来ないんだけれどね。
「ううん。何が何だかさ、まだ良く解ってないけれど、起こっちゃったものは仕方ないし。それに父さんもボクの為に色々しててくれたみたいだから謝らなくてもいいよ、もう。
それよりさ、起こっちゃったんだから、それを含めてこれからどうしようって事が大事な事で、今さら過去をどうこう言っても何も始まらないじゃない。ね? 父さん」
自然と、にっこりと笑顔が零れるボク。
「理由は訊かないのか?」
「うーん……。とりあえず彼女がそろそろシャワーから上がるかも知れないから、ボクは新しいバスタオルと何か着替えを持って行ってあげてくるね。話はそれからでいいよ〜。それに別に父さんが話したくなかったらボクは全然それでもいいと思うよ。
でも、話す事でどこか心が楽になれるならさ、ボクはそれに付き合うからね、父さん」
そう言って、よいしょと立ち上がり、二階へ向かおうとした時、
「妖一、随分見ない内にお前も強くなったな」
父さんがそう感心しながら呼びかけた。
あはは。うん、今なった気がするよ父さん。
なぜだろう? 少し父さんが小さく見えたからかな? ううん、良く解らないや。
でも、何だか言えるのはこんな事かも。
「ボクは父さんと母さんの子だもんね、強くもなれるよ」
ふふっと、ボクは笑みを零して部屋を出て、二階のある部屋へと向かった。
「久しぶりに入ったけど、手入れしてるんだな父さん」
ボクはその部屋に何年ぶりかに入って、ふと思った。
何年も使ってないのに、綺麗に磨かれてる全身鏡。その全身鏡の横にはホコリさえも被ってはいない古い化粧道具。壁にはフォトケースに収められた若い時の父さんと母さんの写真が飾ってある。もう何年も使われなくなった部屋なのに、未だ生活感が溢れてくるそんな部屋のままである。
えっと……確かこの辺のタンスに……。
ボクは遠い昔の記憶を思い出しながらタンスを引き出した。
あったあった。
そう引き出したのは、新品の水玉ピンクのパジャマと、淡い青色の真新しいバスタオルと同じく淡い黄緑のフェイスタオル。
母さん、可愛いパジャマとか好きだったからね。
他にも色々あるけど、最初に手にとったこれを持ち、そして部屋から出て行く。
……パタン。
と、ボクは何処かギュッとした思いを感じつつ後ろ手で静かに扉を閉め、そして脱衣場へと向かったのだった。
「あ、新しいバスタオルとか洗濯機の上に置いてくね雹堂さん、よ、良かったら使ってね」
脱衣場から扉を開けて一歩入れば直ぐにお風呂場。脱衣場の中には洗濯機と乾燥機があり、回っている洗濯機の上にボクは着替えとかを置く。
「あ、すみません妖一さん。ご迷惑をおかけしてしまって……」
と、お風呂場から彼女は申し訳無さそうな声で返す。
お風呂場には曇りガラスで中が見えない様になっているのだけれど……それでもドキドキを隠せないボクの心臓。
「ううん、もとはボクがうっかりしてアイスコーヒーをかけちゃったのが悪いんだし、気にしないでね」
ドクンッと、大きく鼓動する。
ボクはそんな心臓を少しでも落ち着かせようとしてから、彼女に返した。
「すみません。お世話になりますなんて言いつつ、用意した荷物を全部置き忘れて来てしまいました。いつもはこんなドジはしないんでけどね、あははは……」
「ううん、気にしてないし、雹堂さんも気にしなくていいからね」
ボクは優しくそう言う。
「はい、ありがとうございます妖一さん。
でも、良かったです」
ふと明るい彼女の声が返って来る。
「え? 何が?」
「妖一さんも博康様もとても優しい方で」
そんな彼女の言葉に、そうかな? と、返すボク。
「はいっ。全然話が通ってなかったみたいなのに、急に訪れた私なんかを招き入れてくれたり、コーヒーを淹れてくださったり、あまつさえお風呂場や着替えなどを貸して下さったりとか。
……それに私達の所じゃ、そんな事はしてはくれないと思いますから……。私達、私と母にはちょっとした訳があって一族に嫌われてて、こんな風に優しくされた事なんて、おかしい話一度もなかったんです。だから妖一さんと博康様にこんな風に優しくされて、嬉しくて、とても感謝してるんです」
あははは。ただ普通にした事なのに感謝なんて。
ボクは何処かこそばゆい思いを感じつつ、
「今日は疲れたでしょ? 客間にお布団を用意しておくから今日は泊まって行くといいよ、雹堂さん。きっと疲れでグッスリと眠れると思うし。あと夕食もまだでしょ? お風呂から上がったら良かったら一緒に食べようね雹堂さん。父さんが張り切って作ってたから張り切りすぎて失敗してるかもだけど」
なんて軽く笑い話を混ぜながら言う。
「お互い色々考えなくちゃいけない事もあるかも知れないけれどさ、今日はそうゆうの全部考えなくていいからね。今日は楽しむ事とゆっくり体を休めて旅の疲れをとる事を優先だよ?」
と、にっこりと微笑んだ。
曇りガラスだから向こうから確認は出来ないんだけれど、どこかそんな笑みが零れてきたボク。
「はい、ありがとうございます妖一さん」
そう言う彼女の声は、何処か泣いている様にも思えたのは、きっとボクの勘違いなのかも知れない。
シャワーの音で鈍く聞こえるのが、そう思わせたのかも知れないから。
ボクと彼女と彼女の縁結び記
第三縁『時に重い荷物は人を小さくさせたりするね。ボクは、重いなら一人で持たなくてもいいと思うんだ』