第二十三縁。
人は、いつか見る光を見たいから、その暗闇の中で見つけた唯一の灯りを、勇気と力に変えているのかも知れない。
きっとこれは、その灯りを点けたモノが、偶然違ってしまった。ただ……それだけなんだと、ボクは思う。
光が無いから、何時まで経っても光が見えないから、間違ってしまったんだよね?
きっと。
再び馬車がその動きを止めたのは、降ろされた場所の空が紅く澄んだ夕焼け空だった頃。
それは、ババルゥほど巨大と言う訳では無いけれど、大きな街にボク達は降ろされたのだ。
「ここは一体?」
鎖付きの腕輪と首輪をつけながら、辺りを確認するボクに、一緒に乗っていたあのリーダー挌の彼女は、
「ここは、祝福されし魔石の街、エナ。……まぁそんな名前なんてもう随分昔に呼ばれなくなってるけれどね。今はこの呼び名で呼ばれてるかな。聞いた事は無い? 『眠らずの街、エナ』って」
淡々とした口調で説明して、
「さ、着いてきな」
ボク達一行を街の中へと歩ませる。
足を踏み入れれば、そこは木造や石造りの家々が並び、街の中にはボク達の世界にある街灯の様なものが街を明るく照らしている。
と、言う事は、ここには『電気』の様なものがあるって事なのかな? もしかしたら。
ふと見上げた街灯らしきものを良く見てみれば、それは電球が光っているのでは無く、幾つもの大小の石が一つにまとめられ、それらが自ら輝いて街を照らしている様だ。
「魔石と呼ばれる石の中には、昼間は光を吸収する特殊な石があって、この街ではそれを使って街を照らしてる。お蔭で、明るいままの夜を明ける事が出来るって訳さ」
隣を歩くリーダー核の彼女が、上を向いて歩いていたボクに説明する。
「凄いね……」
「ここは他の街とは全部が違うからね、伊達に独立してる訳じゃない。何も出来ないババルゥとは違うから」
感嘆するボクの言葉に、ふと口調を強くして零す彼女。
口調からババルゥを敵視している様にも思えたボクは、何故かと問いかけようとしたけれど、彼女の憾む様な表情を見て口を噤んだ。
やがて街の奥へと進むと、一軒の大きな建物がボク達を出迎えるのである。
それは洋館の様な建物で、門構えもシッカリとしていて物静かに高級感を漂わせている。
一体ここは……? まるでこの街の一番偉い人の家の様な感じがするけど……。
や、まさかそんな人が、こうゆう事を自らしてるなんて考えられないしね。
なんて思っていた矢先、大きな両手開きの扉の前で彼女は言う。
「ようこそ『悪魔の誘い(デイビーコール)』の館へ。ここはこの街……いや『独立国エナ』の女王の私の家。そしてアナタ達の運命の館よ」
と、声を高々にして。
あははは……。人身売買を公認し、国王自らが行ってる国って事ですか……。
心の中で苦笑いを一つ浮かべ、彼女の話を聞くボク。
「ここから先入りたくない者は別にこのまま逃げても構わない。けれど、知ってると思うけれど、ここのエナでは街の人間や使役されている者以外の生死やどうなろうと構わない決まりがあるから、それでもいいって者だけ逃げるといいわ。その魔力も精紋も使えない様になってる身で、扱える者とどこまで戦えるかは容易にアタナ達にも想像は出来ると思うけれどね。
それと、自分達の街から助けが来ると思わない事ね。ここは元・魔石の街にて『独立国エナ』よ? 他の所のルールが効く訳が無いし、もし争いになってもこの街の魔石の力を持ってすれば、どんなに連合して武力があるババルゥだとしても、勝てはせずとも引き分ける事ぐらいは出来るわ。戦争をしているこの中で、そこまでの戦力を削ってまでアナタ達を助けに来るとは思う?」
そう言って彼女は、色々な所から集められたボク達の表情を窺い、
「少しでも生きながらえたい者は館に足を踏み入れなさい。その代償にアナタ方の運命の羅針盤を私達が少し弄らせて戴くわ。
でも、選ぶのは……アナタ達自身よ」
と、その目の前の大きな扉を開けてボク達を招き入れるのだ。
開かれた扉は、まるで自らが選び入る地獄の扉の様に大きく開く。
きっとこれは逃げるチャンス、なのかも知れないけれど……後ろを振り返っても、そこには道は存在しないのかも知れない。このここに連れて来られたボク達にとって。
だったらまだ……。と、同じ様に思った人々なのか? 次々と館へと足を踏み入れる。中には諦めに似た表情を浮かべる人や、もう悟りきっているのだろうか? 無表情で館に踏み入れる人も。
ボクは側に居たクローバー売りの彼女の手を握って、
「これは決して諦めじゃないからね? まだ小さくても、希望への手段だから。一緒に行こう」
彼女と目の高さを合わせて、ボクは力強い口調で誘うと、
「うん。いいよ、お姉ちゃん」
ニッコリと微笑んで頷いた彼女。
ボクはシッカリと彼女の手を握って、力強く館の中へと足を踏み入れたのだった。
「アナタには特別な部屋を用意させたから」
リーダー格の彼女の言葉に、ボクとクローバー売りの彼女はとある部屋の前で引き離されたのだ。
それは、各部屋に四人ずつ入れられ、ボク達の順番に来た時である。
「絶対に諦めないでっ」
パタン。
と、扉が閉まる前に彼女に言ったボクの言葉が、この広い木造の廊下に響き渡る。
「行くよ」
吐き捨てるように言ったそんな言葉と共に、彼女は歩き出してボクを案内する。
案内する中、彼女はふと軽く笑い、
「この館に足を踏み入れた時点で、どんなに道の途中まで強気な女だって大概は諦めるのに『諦めないで』ねぇ。本当に流石だわアナタって」
片手を軽く上げて、手振りをつけながら言い、
「誰も助けになんて来ないし、例え館の外に出られたとしても危険だらけだっていうのに、どうやって自分の運命から抗うって言うの?」
と、ボクへと問いかけた。
そんな事言われても……正直言えば困る。
でも、諦めれば道が開けるなんても思えないし。
なら、小さくても希望を持っている方がいい気がするんだ。その方が見えなかったチャンスだって見えて来るかも知れないしね。
「ただ何もしないのと、希望を持ちつつも今は動けないのとは、全く違うと思わない?」
ボクは、問いかけた彼女へと問い返した。
でも、彼女はボクの言葉に一つ鼻で笑って、
「その時点で結果が何も無いんじゃ、一緒だわ。結果が出ないそんな気持ち次第で何とかなるのなら、この世界に孤児は存在しないんじゃない? 戦争なんて起きては無いんじゃない? 間違ってるかな私は?」
嘲笑うように言う彼女の言葉に、何一つ言い返せないボク。
それは、例えば、患者は医者に痛い所を解って優しく言葉かけて欲しくて訪れたのではなく、痛い所を理解して治して欲しくて訪れているのと同じ事。
ボクがした事は、患者に『頑張って』と言葉をかけただけで、患者に何一つ処置をしてあげてないのと同じなのだ。
「知ってる? あの子達にとっては、この暗闇を明るく灯す『松明』なんて欲しくは無くて、この暗闇を貫く様に照らしてくれる『太陽の様な光』が欲しいって事。
アナタのした事なんて、ババルゥみたいなほとんど何も変わらない戦で、国民全員をまやかす様なもんよ」
そう言葉を続けられるボク。
凄く何か言い返したい気分だ。
でも、彼女の言うとおり何も出来て居ない無力さが、ボクの口から言葉を噤ませる……。
毎晩しなくていいならしたくない戦いに赴くアーシャの気持ち、そして毎晩その帰りを『誰も傷つかなければいい』なんて甘いけれど、凄く優しい気持ちで待ち続けるシャロンちゃんの気持ちを踏み躙る彼女の言葉に、ボクは何かを言ってやりたい……。
「……何が解るって言うんだよ。あなたにババルゥで戦う彼女達の気持ちの何が解るって言うだよ……」
言い返せない気持ちが、そんな言葉を小さく零させる。
すると、先を歩く彼女はふと立ち止まり、そして振り返って、
「知らないし、そんなの知りたくも無いわ。何も変えられないババルゥの戦士の戯言に付き合うほど私達は暇でもないし、心広くは無いから。
アナタが何を知ってるか解らないし、どれだけあっちに肩を持つかは知らないけれど、結果が出ない戯言なら、誰にだって口に出来るもんじゃないかな? そんなくだらない事で世界が変えられるなら、私達はいくらでも聞いてあげる」
キッとした鋭い視線を向け、怒りの色を言葉に滲ませながらボクへと言うのである。
……あれ?
彼女の言葉を聞き、ふと思うボク。
彼女はババルゥへの非難の言葉を言うけれど、でもそれを返せば、みんなババルゥへの期待から来てるものなんじゃないかな?
なんて。
「だから、そんなババルゥの代わりに私達が居る。その昔……孤児だけで出来た街のこのエナが世界を変えてあげるわ。ここには他には無い魔石が沢山眠っているし、他の国や街から奪った盗品で貯めたお金だってある。もっともっと貯めれば、情報や、それだけじゃ無くアレだって手に出来るわ」
アレって?
ふと、語る彼女の言葉の中でアレと指す事が気になったボク。
戦で役に立ちそうなものだとは、何処か推測は出来るけど……武器か何かなのかな?
「アレって……一体?」
「……」
何気なく問いかけたボクの言葉に、瞳の色を深くさせて沈黙の眼差しを向ける彼女の姿。
それは、瞳が『それ以上は訊か無い方が身の為よ?』と語っているかの様である。
ボクは彼女から漂う気配に、思わず気圧され、言葉を続けようとした口をゆっくりと塞いだその瞬間、彼女の気配が若干和らいだ気がしたのだ。
そんな気がした次には、彼女は小さく息を漏らして、
「まぁいいや、教えてあげる。私達がお金を貯めてるのは、そうゆう情報などを仕入れて動きを探る為と、もう一つの理由の為よ」
軽いタメ息を混じりに教えだした。
「もう一つ理由……って?」
「それはアレを……この世界に存在する最大の武器『奏魔人』を手に入れる為に大金を稼いでるのよ」
ノヴァニスって一体……?
ダメだぁ……やっぱりこの世界には難しい言葉がありすぎて、何が何だか解らないや。彼女が『武器』って言ってくれるから『あぁ武器なんだ』って解るけど、何も説明が無いと解らな過ぎで大変だ。
なんてボクが思っていると、彼女は言葉を続け、
「それも一体だけじゃなくて、せめて二・三対は欲しいから、物凄くお金が要る。エナの魔石もあるけれど、最低でも二方向から攻められるだけの戦力として二体は必要ね。万が一なんて無いと思うけれど、そんな時の為に予備にもう一体居たら完璧よ」
一つ握りこぶしを作って語ったのだ。
武器なのに、一体・二体?
説明されて更に困惑するボク。
でも、それでも解る事は一つある。
「お金に困っているからって……人を誘拐していいなんて事は無いんじゃないかな?」
と、言う事である。
人の人生を勝手にどうこう出来る権利なんて、彼女にある訳が無いのだから。
「アナタは彼女達の姿をよく見た?」
そんな事を思っている中、淡々とした口調で唐突に問いかけられて、ボクの考えはポツンと止まる。
……え?
「彼女達は全員、何をどうされもいい最下級の娘達よ。きっと私達がその身を奪わなかったらどうなってたと思う? ろくに食事も着る服も無い彼女達はどうなると思う??」
……何ソレ? どうゆう事……?
戸惑うボクを置いて、彼女は語る。
「きっと放っておいたら、彼女達はもっと痩せ細って死んでしまうかもね。でも、ここに来る少しでも裕福な人に身が渡れば、最低限の食事に生活は保障されるんじゃないかな?」
と。
「え……それって救ってるって事?」
戸惑いながらも、問いかけたボク。
彼女の言葉からしたら、やり方はどうあれ最下級の彼女達を救っている事になるのである。
「間違ってもそんな事は無いと思うけれどね。私はその子達を売ってお金を稼いでるに過ぎないから。例え結果的に彼女達が最低限の生活を保障されてるとしててもね」
と、クルリと体の向きを元に戻して、
「何だかお喋りが過ぎたわ。アナタって何処か不思議な空気を持ってるからかもね。ほら、さっさと着いていらっしゃい」
そう言葉を残して先を歩み始めた彼女の姿。
そんな後姿に、ボクはどこか彼女なりの優しさを感じた気がしたのだった……。
ボクと彼女と彼女の縁結び記
第二十三縁『ボクと彼女とエナ。それは、道の違う同じ到着地点なんじゃないかなって……ボクにはふと思えたんだ』