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第十七縁。

「……妖一よういち、きっとこの先にはじんな言動や態度があるかも知れないけれど、決して逆らう事はしないで。ただ、側にいてくれるだけでいいから。約束、出来るな?」

 と、この巨大な大樹の中に出来た凄く広い城内に通され、立派な装飾がされた大きな門がボク達を迎えるとある部屋の前に立ち止まり、しんみょうおもちでアーシャはボクに忠告をする。

「え? ……うん。でも急にどうしたのアーシャ?」

 隣に立つアーシャの空気が、先ほどまでの陽気で温かく優しいものから色を換え、何処か重苦しく張り詰めたものに変わって行くのを感じたボク。

「妖一のためにアタシが出来る精一杯の優しさよ」

 ボクの問いかけに、何処か影を潜めた優しい微笑を浮かべ返すアーシャの姿が、そこにはあった。

 一体この先に何があるのだろう?

 妙な緊張感に囚われつつも、アーシャの『行くよ』と言う言葉の合図と共に、目の前の大きな門が両サイドに押し開かれたのだった。

 扉が開かれ目の前に広がるのは、大聖堂の様な広さに圧倒されそうな大きな部屋が広がっていたのだ。その空間には金や宝石でおごそつ綺麗に装飾された柱や壁があり、何処からともなく神聖な空気をかもし出している。そしてその部屋の一番奥には、周りに負けないくらいの威厳がある大きな王座が三つ置かれており、そこから汚れ一つも無い深紅のカーペットが扉まで敷かれ、ボク達を出迎える。

 ボク達二人はカーペットの上をゆっくりと歩き、一つ段差が出来た所の王の座よりも少し離れた位置に立ち止まり、

「ただ今戻りましたアウザー様」

 と、片膝かたひざを立ててしゃがんだアーシャは、中央の一番大きな王座に座る男の前で一礼をする。

 王座に座っているのは、白い修道服の様な服に袖端そではじ襟端えりはじなどに青いラインが入った服を着た、あおい肩まである長い髪をした少々釣り目気味の美形の男。肘掛ひじかけに頬杖ほおづえつき、足を偉そうに組むその態度と顔からは、何処か性格かきつそうで傲慢ごうまんそうな印象を受ける。

「ン? やっと帰ってきたか。全く何をモタモタしてたかは解らないが、随分ずいぶんと遅かった様だなアーシャ。私が思っていたよりもそんなにごわく遠征が長引いたのか?」

 と、予想した印象を全く裏切らない男の口調がボクの耳にさわる。

「いえ、アウザー様の予想以内の敵戦力であり、想定内以上に時間がかかってしまったのは帰路の途中に『エリクアクア』にて戦場で受けた思わぬ傷をいやしていた為で、アタシの力が及ばぬせいであります。今後はその様な事が無い様に努力に務めて行きたいと思いますので、どうかお許しください」

 アウザーと呼んだ男の言葉に、何一つもんを返さずにただ肯定こうていするアーシャの姿。

 それはまるで、言葉遣いからしても全く別人としか思えないくらいである。

「ふん、やっぱりいまいち使えない女だなぁアーシャは。……まぁいい、遠征が成功したのだからそれで良しとしとおこうかアーシャ」

 何処か退屈たいくつそうな口調で不満を交えて言葉を吐くアウザー。

 ……ムカつく。

 その一言に彼の全てが言い表せる様な、そんな気がするボク。

 遠征にて負傷をおいつつも勝利を告げに帰ったアーシャに対して『いまいち使えない』だって? それも退屈そうに不満まで零して……。まずはねぎらいの言葉の一つでも言うべきだろう!?

「有りがたきお言葉に感涙かんるいいたします」

 頭を下げたまま、感謝の言葉を口にする。

 ボクはそんなアーシャとアウザーを見て、心の底からイライラが昇ってくるのを感じるのだ。

 すると、そんなボクの空気を察したのか、アウザーがふとボクに、

「そこの女、誰にその様な目を向けている?」

 中性的なボクの顔と未だ未熟な体に女と勘違いしながら、げんそうに問いかけたのだ。

 その言葉にカチンと来たボクは、

「おっ!」

「恐れ多くもアウザー様へと向けたのではなく、きっとこの至らぬばかりのアタシへと怒りを向けているのでしょう」

 お前にだよっ! と、声を上げようとしたその瞬間、直ぐ様ボクの言葉をアーシャがさえぎって言葉を続けたのだ。

 ……しまった。アーシャと二つの約束を破る所だった。

 心の中で苦笑いを浮かべるボク。

 一つは部屋の前でした『何があっても逆らうな』という約束と……。

「フン、まぁいい。アーシャ、その女はどうしたんだ? そして何故私の前で平伏ひれふさせない?」

「失礼しました。この女性は帰路の途中で出会い、傷の手当をしてくれた恩人にして、アタシの専属世話係として働きたいと申してきたので連れて参りました。その無礼の責任はまだ何も解らぬ新人に何も教えていないアタシに有ります。どうかこのご無礼をお許しください……」

 と、アーシャはボクを同じ様に座らせて頭を持ち、グイッと下げて謝らせる。

「最初で最後だ。心の広い私は、その義妹いもうとのシャロンにも負けそうなその胸に免じて無かった事にしてやる。シャロンは腕のいい診療薬師メディカだから、豊胸バスアプの薬草でもせんじて貰うといい」

 ちょうしょうに言うアウザー。

「ありがとうございますアウザー様」

「それとアーシャ、その女に女らしい服装を着せろ。それじゃまるで男の様に見えてしまうからな」

 と、ボクの姿にイラついた鋭い声でアーシャに命令する。

かしこまりました。後ほどおおせの様にいたします」

 アーシャはそう告げ、アウザーの下がってよいと言う言葉と共に再び一礼をし、ボク達はこの部屋から出て行ったのだった。


「そう怒らない妖一、ああするしか無かったんだから」

 ボクはいかにも『お城の王女様』という綺麗に飾られた部屋に通されて、アーシャに言われる。

「ボクはアーシャに怒ってる訳じゃないし」

 誰もが言われて想像するあのお姫様ベッドに座りながらムクれるボクは、そっぽを向いてぶっきら棒に告げる。

 あの男、アウザーだとか言う奴に腹を立ててるのだ。

 全く……何なんだアイツ、最低にも程がある。

 再び先ほどの事を思い出し、更にはらたしく思えてくるボク。

「ほらほら、そんなにムクれると、せっかくわいいメイド服がわいそうよ、妖一」

 その声に振り向くと、七部丈のあわいジーンズの様なパンツに、クリーム色のレースをあしらったナチュラルフェミニンなチュニックワンピースという女の子らしい出で立ちに着替えたアーシャが、何処か悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべながらボクへと歩き寄る。

 その姿からはとても一族の王の娘という威厳は感じられなく、ボクと何も変わらない普通の女の子の様に思えるのだ。

 この世界にもボク達の世界の様な服があるんだなー……。そうゆう姿もとても似合ってて可愛い。

 なんて見とれていたボクに、ふと気がついたか、

「何? やっぱり何処かおかしい?」

 と、自分の姿を見直すアーシャ。

「いや、似合ってると思う」

 こちらを向き直ったアーシャと視線が合い、何気なく零すと、

「ふふっ、ありがとう妖一」

 小麦色のほほにほんのり赤みを帯びさせたアーシャ。

「遠征先の途中にある町にきゅうけいと食料の買い足しに行った際、店の店主に『最新のファッションだから』と上手うまく買わされてしまった服だけど、そう言って貰えただけでもこの服に価値が出たわ。

 まー……この様なレースをあしらった女の子した服なんて、実際アタシには可愛すぎて勿体もったい無い気もするけれどね」

 と、直ぐ様に照れくさそうに謙遜けんそんするのだ。

 全然そんな事無いのになー……アーシャ。

「何で? アーシャだって『女の子』なんだから、そんな事は全然無い気がするのになー……。剣士の様な姿のアーシャも確かにかっこ良くて似合っているけど、そうゆう女の子な姿もとても似合っていて綺麗だと思うよ、アーシャ」

 ボクがそのまま思った事をアーシャに告げると、アーシャは少しビックリした表情を見せ、 

「あはは、この世に生を受けて男性にそんな事を言われるなんて思ってもいなかったわ。何処か不思議ね、妖一って。例えそれが戯言ざれごとだとしても、そのまま受け入れちゃいそうね」

 クスクスと可愛らしく小さく微笑んだ。

 戯言じゃなくってと、言葉を続けようとするボクに、

「妖一も似合ってるよそのメイド姿」

 はいはい、もう終了。と、ばかりにボクの姿を悪戯っぽい笑みを零しながら褒めるアーシャ。

 紫色の良くある可愛いメイド服姿のボク。

 これで『いらっしゃいませ、ご主人様』なんて語尾にハートマークなんか付けて言ったら、本当に洒落しゃれにならないよね……。

「あんま……嬉しくない褒め言葉だよね、普通」

 そんな自分自身の姿に思いやられながら、悪戯っぽい笑みを浮かべるアーシャに空笑いを交えながら答えるボク。

「でも、このババルゥの中では約束した通りに『女性』という事で通してちょうだいね、妖一」

 ベッドの上に置いておいたフリルのカチューシャをボクの頭にしながら、ニッコリと微笑んだ。

 そう。二つの約束の内、もう一つの約束は『女性としてふるっている事』である。

「お父様が帰ってくるまでの間だから辛抱しんぼうして頂戴、妖一。そしたら男であるとバラしてもいいから」

 ゆっくりと腰を下ろして、ボクの右隣に座るアーシャ。

 その瞬間、フワッと甘い様な優しい香りがこうに広がり、何処か脳をとろけさす様な気がしたのだ。

「アウザーにバレて殺されない様にだっけ……」

 自分自身で言っていて気の重くなる様な言葉に、軽くうなれるボク。

「そう。知っての様に男に生まれた者の地位が高く強くなるからね。えらそうにしてるアウザーは第二王妃の子どもであって、実質第一王妃の娘であるアタシの弟。でも、男であるから自動的にアタシより地位も権力も上がるから、お父様が居ない今は最高権力者って事になるわ。

 そこに、アタシの夫が今ここに来たらどうなると思う?」

 問われ、ふと考えて直ぐ様見えてきた結論を口に出すボク。

「第一王妃の娘であるアーシャに夫が出来れば、それは自動的にその夫になる男性が王位継承権第一位となり、ゆくゆくランシャオ族の王になるって事だね」

「そう。そうなると今までゆうままにやって来たアウザーの地位があやぶまれる事に繋がる訳ね。

 でも、仕来しきたりとは言え、一族のこんいんにはその街の最高権力者……つまりは、お父様が出席しなければ認められないと成ってるから……と、まぁこの先は言わなくても解るわね」

 そう恐ろしい事を簡単に告げるアーシャ。

 つまりは、もしそんな男性……ボクが今この時点に現れたら、アーシャのお父さんが帰るまでにみつに自殺か事故かの何かに見せかけて闇にほうむるかも知れない。

 と、簡単且つめいりょうな訳で、アウザーにとってボクという男性の存在がざわりなのである。

 あの傲慢そうな態度といい、きっと暗殺の依頼を何の躊躇ちゅうちょもなくして亡き者とするだろうな、アイツ。

 先ほどの態度等を思い出し、そんな思案が直ぐ様に考えられたボク。

 すると、そんな事が思いついていたボクに、アーシャは次の瞬間、

「それとも……アタシをこのどうしようも無い世界から、妖一がさらって逃げてくれるのかな……何処かこの誰もが知らない様な世界へと」

 ソッとボクの肩に頭をつけて軽くもたれながら、何処か物思いのタメ息と共に零したのだ。

 それは、優しくも何処か強く頼もしいアーシャの面影おもかげは無く、一人の少女の様に感じられたボク。

 ふとボクは、アーシャは一族の仕来りや世界のルールにがんじがらめに縛られすぎつつも、それでもその一切に負けない様に気丈にしているだけなんじゃないかなって、何処かそう思った。

「アーシャ……」

 アーシャからかもし出す空気に流されつつあるそのせつ

「アーシャお姉様、頼まれた物を持って来ましたよ~。入りますね~」

 明るい、子どもの様な声が部屋の扉の外からノックと共に聞こえ、部屋に誰かが入って来たのである。

 マズいっ、アーシャとのこんな姿を見られたら、かんのいい子だったらボクが『男』だってバレちゃうっ。何とかしなくちゃっ!

 そう思ったのもすでに遅く、

「もしかしておじゃしちゃいましたか? アーシャお姉様??」

 メイド姿で中性のボクを一目で『男』と見破ったと思われる彼女は、何気なく確信を突いた問いかけをした。

 ……ヤバい、バレてるかも。

「いいえ、ちょうどいい時に来てくれたわシャロン」

 あたふたとするボクをよそに、シュッと先ほどまでの空気を換えて、ニッコリと微笑み迎えるアーシャの姿。

「おかえりなさいアーシャお姉様、遠征ご苦労様でした」

 アーシャの微笑みに、同じくニッコリと返す彼女。

 足首まで届く白のワンピースにかし編みのカーディガンというお嬢様スタイルを着た、黒のロングを小さな宝石で輝く何かで両側に結ったツインテールに、まだ幼さが残る可愛い顔が微笑ましい、薄茶色の肌をした11歳か12歳くらいの少女である。片手には白い箱の様なものをげている。

「この部屋に来てる時くらい『お姉ちゃん』でいいし楽にして、シャロン」

「うんっ、アーシャお姉ちゃん」

 中に入り、ゆっくりと迷いの無い足取りでボクへと近づくと、

「初めましてお兄様、私は第三王妃の娘で、シャロン=クラインて言うの。これからもよろしくお願いしますね、お兄様」

 スカートのはじを軽くつまんで上げ、礼儀正しく可愛らしい一礼をする彼女、シャロンちゃん。

「えっと……」

「あぁ、事情はお姉ちゃんからの手紙で知ってるから、そんなに身構えなくてもいいよ」

 まどうボクを目の前に、クスクスと可愛らしく笑うシャロンちゃん。

 ふー。と、彼女の言葉に一つ肩の荷が下りた様なそんな気がしたボク。

「よろしくね、シャロンちゃん」

 ニッと笑うボクの言葉に、スッと頬を赤めさせてニッコリとうなずいて返す。

 何処か素直そうで可愛い女の子である。

「それじゃ、来て直ぐで悪いんだけど妖一にメイクをお願い。このままでも十分女性に見えるけど、メイクすれば完璧に女性に見えるからね」

「うんOk、アーシャお姉ちゃん。でもアーシャお姉ちゃんもメイクくらい覚えた方がいい気がするなー、急にパーティーにとか呼ばれた時に必要になるし」

 言われたとおりにテキパキとボクの顔を色々と弄りながら、メイクを覚える様に薦めるシャロンちゃん。

 けれど、そんなシャロンちゃんの言葉に、

「そうかも知れないね。でも、アタシが自分でするよりシャロンが一番上手いし、アタシの肌に一番合う粉の調合の仕方も出来るからシャロンがいいのよ。

 それに、アタシはキラビラかなドレスと綺麗なメイクでパーティーに出てあいさつをしてるよりも、短剣ダガー片手に魔法を駆使くしして乱戦の先陣で戦ってる方がしょうにあってるしね」

 め言葉と微笑で返すアーシャ。

「ふふっ、アーシャお姉ちゃんは本当にバルドお父様の性格に似てるよねっ。いくさをしてる方が何も考えなくて好きだって所とか。きっとアーシャお姉ちゃんってほとんど鏡を見ない人でしょ?」

 と、メイクをしながら言うシャロンちゃんの表情には、ニコヤカさが零れ表れていた。

「そうね、アタシにとっては一生必要ないものだと思ってるし」

「勿体無~い、義妹の私から見てもアーシャお姉ちゃん凄く綺麗なのになぁ~」

「そんなに褒めても何も出ないわよ」

 軽く笑って言うアーシャに、えへへっと、笑みを浮かべるシャロンちゃん。

 その微笑ましい二人の姿は、本当の実の姉妹の様にも感じられるのだ。

「はい、完成~」

 そう言い終えると、ボクの顔へ丸い手鏡を向けてメイク終了の出来を見せる。

「……複雑だぁ」

 向けられた手鏡の中に完璧な女性の顔が映し出された事に、ボクはつい本音が零れ出てしまうと、

『あはははっ』

 そんなボクの言葉に二人して顔を見合わせたアーシャとシャロンちゃんは、笑い声を重ねハモらせたのだった。



 ボクと彼女と彼女の縁結び記

 第十七縁『クライン一族とメイドさん。ボクは映し出された顔に……何処か大切なものを無くしかけそうになる様な、そんな気がしたんだ』


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