第十一縁。
それは、今日の帰りが早くなったボクと、家で暇を持て余していたあかねさん&ゆきめさんで買出しに行った、そんな夕飯終わりだった。
夕飯のお片づけをする父さんに、食べ終わったし遊ぼうとボクに引っ付いたあかねさんと、それをなんとか剥がそうとしていたボクに、突然ゆきめさんが言った。
「私……明日の休みに一度家に帰ろうと思うんです」
と……。
「え……?」
一瞬、ゆきめさんが言った事がよく理解が出来なくて、動きを止めたまま問い返してしまうボク。
動きをピタリと止めたのは、何もボクだけでは無く、その場に居たゆきめさん当人を抜いた三人共である。
あまりにも突然過ぎる事だったので、耳に入れた言葉の意味がボクの様に解らなかったのかも知れない。
やがて硬直から解けたあかねさんは、にっこりと微笑んで、
「アタシの勝ちって事でいいんだよね~、ゆきめ?」
悪戯っぽい口調で確認する。
そんなあかねさんに、父さんは『待て待て』と制して、
「ゆきめさんは『一度帰る』と言っただけじゃないかな? だからまだそうゆう意味で言ってる訳じゃないと思うぞ。ね、ゆきめさん」
ゆったりとした何気ない口調で問いかけたのだった。
すると、
「あ……えっとっ、妖一さんを諦めたとかそうゆうのじゃなくってっ。その……当初の予定とは全く違った形でこちらに滞在する事になったので、一度報告もかねてって思って……」
自分の語弊によって勘違いさせてしまった事に、思わず顔を真っ赤に染め上げながら必死に弁解するゆきめさん。
そして『なーんだ』なんて残念そうに零すあかねさん。
「そっかー……。そうだね、その方がいいかも知れないね。
……なんて、その問題の中心になってるボクが言うのも何だか可笑しいかも知れないけれどね」
あははは……と、苦笑いを一つ浮かべながら言うボク。
でも正直、ゆきめさんの言葉に何処か安心した様な……そんな感じがしたんだ……。
もし本当に諦めたとかそうゆうのだったら、問題は一つ片付くハズだし、ゆきめさんだって自由になれるハズなのに……居なくなるかも知れないって思った瞬間、心にポッカリと小さな空洞が出来た様な気がしたんだ。
だから、居なくならないで済むって解ったその瞬間、ふと安心した……。
「妖ちゃん? どうしたの?」
「わっ!?」
急に問いかけられ、その声に気がつけば、目と鼻の先にあかねさんの顔が。あと数センチ近づいたら危うくキスをされてしまいそうなくらいである。
ふと、ボクは残酷な事を思う。
もし、居なくなってしまうのがあかねさんだったとしても、さっきみたいな同じ様な思いをするのかも知れない……と。
ゆきめさんだからとか、あかねさんだからとか……そうゆうのじゃない、当人にしてみたら残酷な事をボクは思ったのだ……。
「ね、妖ちゃんどしたの?」
うん。ボクはどうしてそんな事を思ったんだろう……?
どうかしてるのかも知れないな。
「妖ちゃん……キスしていい?」
「うん。キスしていい」
……キス!? えっ!!
コックリと頷いて、ふと見た瞬間には、グッと迫ってくるあかねさんの顔が。
ボクは思わず『タンマっ! あかねさん』と叫んでズルズルと座ったまま後ろへ逃げた。
「ちょっと、あかねさんっ!!」
咆哮するゆきめさんに、
「いいって言ったじゃん……妖ちゃん」
悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、膝をついたそのままでボクの後を追うあかねさんに、
「さて、片付けなきゃな」
この状況に、わざと我関せずとした姿を見せて楽しんでいる父さんの姿……。
「今のは無効ですっ! 上の空の妖一さんの言葉ですしっ!!」
「知~らないっ。男には二言は無いって昔から言うから無理~」
「や……ちょっと待ってよあかねさんっ!?」
と、必死に逃げる、いつものボクが帰ってきたのだった。
「それじゃ、行って参りますね妖一さん」
「留守は任せたからな、妖一」
早朝5時、未だに大穴の様に空いた玄関の前で、二人はボクに告げる。
なぜ父さんも一緒に行くかと言うと、当初の条件を呑んでもらえば、父さんも一緒に行って話すと言う事になっていたので、今こうやってゆきめさんの隣に居るのだ。
「行ってらっさ~い」
まだ眠い目を擦りながら、二人を玄関まで見送るあかねさん。
そんなあかねさんは、黄色のガールプリントのワンピースに黒のキャミをパジャマ代わりに着るといういでたちである。
「うん。行ってらっしゃい、父さんにゆきめさん」
ボクは眠気を我慢しながら、にっこりと笑って二人を送り出す。
いつも7時まで寝ているボクにとって早朝5時は、流石に眠い……。
けれど、見送りぐらいはシッカリしたいって昨日思ったのは確かだからね。
まぁ……今日は休みだから、この後眠ればいいから。
なんて思いながら、二人に手を振るボク。
するとゆきめさんは、数歩ほど歩いた距離にて何かを思い出した様に音も無くボクの目の前まで戻り、
「あの……昨日は色々とごめんなさい妖一さん。でも……いっぱい勇気を貰えた気がして嬉しかったです」
ボクの耳元で小さく囁き、そして薄っすら赤く染めた頬で微笑んだのだ。
その言葉に『ううん大丈夫だから』と微笑み返すと、視線を一度あかねさんに移してからまたボクへと戻って、
「妖一さん、隣の泥棒猫さんに大事な物を盗まれない様に気をつけてくださいね」
にっこりと一つ忠告する。
どこか、その笑みに黒く嫌~な物を感じるボク。
それは多分……気のせい……では無い気がする。
「うるさいなぁ。アタシはネコ科じゃなくて狐の妖怪だからイヌ科だって牛乳さん」
と、何気ない口調で軽い毒を吐くあかねさん……。
「うっ……牛乳……」
思わず言葉が詰まるゆきめさん。
そして見るみる内に顔が真っ赤になって行くのが良く解る。
「わ……私のせいじゃありませんこれはっ! それよりネコ科かイヌ科かがなんて問題じゃなくて、アナタのこの前の行いを見て私は注意をしてるんですっ!」
「朝から大声出さないでよね~……それじゃなくてもアタシは耳がいいんだから。ほらっ、もうバスが来ちゃうよゆきめ」
耳を押さえながら、淡々(たんたん)とバスがもう直ぐ来る事を伝えるあかねさん。
言われて時計を見、立ち止まっている父さんの所へ慌てて戻るゆきめさん。
慌てながらも『妖一さん、私が帰るまで頑張ってくださいねっ!』と言い残してゆくのだった。
あははは……何だかなぁ……。
やがて二人の姿が見えなくなったのを確認して、二階にある自分の部屋へと戻るボク。
まだ早し……今日は休みだし……二度寝しよう。
バサッとモーフをかけて横になって寝ようとする。
「寝よう寝よう妖ちゃん。睡眠不足は体に悪いからね」
と、何故かボクの隣で寝ようとするあかねさん姿がちらりと……。
へ……!?
ボクの戸惑いも何処かに、今にもギュゥ~とボクの背中に腕を回して眠る体勢バッチシである。
「……あかね……さん?」
「ぅん? どうしたの妖ちゃん」
シットリとした口調と綺麗な微笑みを向けて問い返す……。
「や……どうしたのも何も……あかねさんの方こそです……よ」
「眠いから二度寝をしようかなって」
と、あっさり。
「ボクは一応男の子で、あかねさんは女の子で……」
「何それ妖ちゃん? 知ってるよそんな事~」
クスクスッと、笑みを零すあかねさん。
そしてゆっくりと口を開いて、
「だったら……アタシをどうかしてくれるの? 妖ちゃんが」
悪戯っぽい口調と笑顔でそう言った。
「そ……そんな事!?」
「うんうん、解ってる。妖ちゃんはそんな事しないって」
優しい声で頷くあかねさん。
良かった……いつもの様な冗談なんだ。
なんて安心した次の瞬間……!
「妖ちゃんはアタシみたいな娘がリードしてあげなきゃ……ねっ」
グイッとボクを仰向かせて、そして上に跨ったのだった。
ちょ……ま……!?
「だいじょーぶ、問題な~い。妖ちゃんは何もしなくていいからいいから」
と、パジャマ代わりに来ているボクのTシャツを捲り上げるあかねさんの姿。
柔らかくて細い指がお腹から胸へとゆっくり走る。
わ……ダメだって……。
くすぐったい様な変な感じが、ボクの中でざわめきを立てる。
ボクはざわめく何かを抑えつつ、
「ダメだって……あかねさん……こんな事は……いけないよ。この前も同じ様な事で……怒られたばかりじゃない。ね、や……やめようよ」
必死に言葉に出す。
「こんな事ってなぁに? 妖ちゃん。アタシよく解らないよ~」
とぼけながら胸からゆっくりと下へと向かい、
「ね……いけない事ってどんな事か……アタシにして教えてよ……妖ちゃん」
艶っぽい口調で、何処か恥ずかしそうに頬を染めながら言葉を零すあかねさんの姿。
そんな……教えるも何も……。
慌てるボクに、
「……ゆきめ……」
ふと、あかねさんの口から静かに小さく零れ落ちた言葉が一つ。
「……えっ?」
「……ゆきめだったら、抱きしめようが何しようがいいんでしょ、妖ちゃん……」
続けて零れ落ちた言葉に、ドクッと痛み弾むボクの心。
もしかして昨日あんな事があったばかりだから?
……でも、何であかねさんが……?
と、昂る中に薄っすらと冷ややかなモノが混じり、グルグルと回る。
ゆっくりと視線を合わすと、何かを耐える様な視線をボクに向けていたあかねさんは、
「アタシ……言ったでしょ? 『アタシは耳はいい』って」
ボクの向けた視線から知りたい事を解った様に、言葉で返す。
「キス……しようか、妖ちゃん」
一呼吸分。きっとそのぐらいの間、ボク達の中に柔らかな沈黙が流れた。
その瞬間、昂る心の中で、何処か切ない何かがスッと通り過ぎて行った気がしたボク。
すると、突然あかねさんの空気が変わったかと思った刹那、
「なんて、ゆきめに嫉妬なんてしてるアタシってバカっぽいね。やっぱりアタシはアタシだし、アタシ流にやらなきゃねっ」
にっこりと、まるでゆきめさんの様に頬を赤くさせてながら微笑むあかねさん。
「……えっ?」
「大切に……するからね妖ちゃん」
そして、グッと、ボクの黒い長ズボンを握り、
「妖ちゃん……」
物深い甘く切ない沈黙がボクの部屋に広がる。
「あ……あかね……さん」
ボクの胸が一段と高鳴って……そして、
「そこじゃ、一気にGOじゃっ!」
と、小さな子が発する特有の可愛い声が聞こえたのだった。
『え?』
その声に二人共我に返り、声がした方へと顔を向ける。
するとそこには、見た事の無い小学生くらいの和服姿の女の子の姿が……あった。
しつこくも無く大人の鮮やかな花びら模様を散りばめた白い和服に、腰まであろうかという赤いロングストレートの髪をした可愛い女の子。
「なんじゃ? その先をせんのか?」
ボク達の様子に、至極当然とばかりにこの先の事を求める少女。
「誰……? 妖ちゃんの知り合いの子??」
頭にはてなマークがいっぱい飛んでいそうなあかねさんは、ボクの方を向いてポツリと問いかける。
「いえ……ボクは知らないです。あかねさん……は知らなそうですね」
と、ボクもあかねさんと視線が合い、そして言葉を零した。
お互い目を点にするボクとあかねさん。
一体何なんだろう……この子。
「もういい童、それじゃワシが続きのお手本を見せてやるから見ておるといい」
……!?
突然音も無く現れた少女の言葉に、思考が一瞬停まるボク。
「なっ!? 何を言ってんのよアンタっ!」
同じ様に停まっていたあかねさんは、ふと我に返って声をあげる。
「いいから退けてみよ」
声を上げるあかねさんを淡々とあしらい、そして……次の瞬間っ!
ガシャーンッ!!
窓ガラスが割れる音が響き渡るっ!
「……え!?」
目の前で起きた事に、頭が付いて来れず、一呼吸分の沈黙を置いて驚き声をあげたボク。
何が起きたかと言うと、それは、赤子か人形の様に軽々と片手であかねさんを持ち上げ、そしてそのまま壁にある窓へと放り投げたのだった……。
「よし、五月蝿いのが居なくなったようじゃの」
そう冷静に言い、ズルズルズルと情緒とかも無くあっという間にズボンを脱がす目の前の少女。
え……何……!? えっと……。
驚愕しながらも、冷静に状況判断をしようと試みるボク。
そしてぐちゃぐちゃする頭の中で答えが見つからないままにも、一つだけ確かな事を見つける。
少女の前で黒のボクサートランクス姿のまま、何故か首以外に指一つも動かせないという事だ。
とういか、力が一切入らない……。
そしてゆっくりと小さな手がボクのに伸びてきて……
「あ、そうじゃ。続きをお手本として見せる相手が居ないでは無いか」
ふと、何故かそうゆう点に頭が回る少女。
ぬー……しまったしまった。と、軽く首を傾げて、やがて何かを思いついたのか手をポンッと軽く打って、
「一回アヤツの事を拾ってくればいいの」
そう結論を導き出した。
するとその少女の答えに、これでもかと怒りの色を滲ませた声が返ってきたのだった……。
ボクと彼女と彼女の縁結び記
第十一縁『それはきっと天罰。優しい顔をした優しくないボクが招いた執行者なのかも知れないと、ボクは思ったんだ』