第九縁。
むにゅ。
それは、とても柔らかい手触りのいい手ごろなボールを掴んだ様な、そんな感覚にも似ていたと……ボクは思う。
凄く気持ちよく、何時までも触っていたいと心から望んでしまう、そんな柔らかさ。
その感触に、自然とか不自然とかそうゆう考えが入る余地は無かった。
そう。心地のいい小鳥の鳴き声と共に、ゆっくりと目覚めるまでは……。
「おはよ~……妖ちゃん」
いまだ眠そうな寝ぼけ眼を擦りながら、優しく柔らかい口調で挨拶をする目の前の女性。
それは、ブロンドのショートカットに綺麗な青い瞳。少し小さめの端麗な顔立ちにプルンとした小さく可愛い口元をした美少女のあかねさんである。
「おは…………」
挨拶を返そうとしたボクは、目の前に広がった世界に思わず言葉が途切れる。
ボクの硬直に、あぁ……と、視線を自分へと落として、ふと納得するあかねさんの姿。
直ぐ様あかねさんとは反対方向へと背を向けたボク。
背を向けながら、何で、どうして、何が、どうゆう事だろうと、光の速さはあるだろうかというスピードで言葉達が脳裏を過ぎって行ったのだった……。
いくつもの疑問詞達が愉快に脳裏を過ぎ去った後、
「あぁ……気にしないで妖ちゃん。これはこれで何も無いからさ」
あははは。と、軽く陽気に笑うあかねさん。
「な、何かあったらあったで……ボクは困りますっ。
そもそも……何で一階に寝ているはずのあかねさんがボクのベッドに居るんですか!? 何で上半身裸なんですかぁー……」
窓から差し込んだ陽に当たって、美しく輝く綺麗な肌。そして綺麗な形をした胸が無防備にも露になっていたのである。
「ゴメンねー妖ちゃん。アタシ、昔から寝る時は服を脱いじゃうクセがあって……驚かせちゃったね」
もちろん上半身裸なのは驚いたけれど……それ以前にボクのベッドに居た事が、物凄く大きな驚きである……。
ボクは、早く脈打ち暴れる胸の鼓動を静まらせながら、
「あかねさん……一体どうした……の?」
なんて問いかけてみる。
すると、一つ『う~ん……』と軽く唸ってみせて、
「強いて言えば、涙を浮かべた寝顔の妖ちゃんが、何だかほっとけなかったからかな」
優しい笑い声と共に返したあかねさん。
え……ボク、泣いてた??
悲しい夢なんて見てもいない気がするし……。
突然言われた事に思わず驚いたボク。
するとあかねさんは、ボクの背中にピトッと、片手を優しく押し当てて、
「本当は妖ちゃんと色々したくてここに来たんだけれどね、寝言で『ごめんね……』なんて言いながら泣かれちゃったら、こっちも何も出来ないし……ほらっ……ほっとけないじゃない。そしたら、そんな妖ちゃん見てたら一緒に横になりたくなっちゃって……気がついたら思わず朝まで寝ちゃったって訳なんだ」
と、少々恥ずかしそうな口調で語った。
このまま振り返ったら、もしかしたら、はにかみ笑いを浮かべるあかねさんが居るのかも知れないなって、ふと思うボク。
でもそんな思いとは裏腹に、実は、急に背中に当てられた手に、静めていた鼓動が再び一つ跳ね上がっていたりする……。
「……そっかぁ」
ボクは、そう何処かドキドキしながら頷き返すと、あかねさんは、そっとボクの背中に両手と額をピッタリと付けて、
「だから……洋服とか散らかってるけど……本当に何もしてないんだ……よ? 妖ちゃん……」
と、何処か消え入りそうな切ない声で、語ったのだった。
その瞬間、ギュゥウと、心臓を鷲掴みされる様な、甘く苦しいモノのを感じたボク……。
ふと、あかねさんの言葉にベッドから部屋の景色を覗けば、言葉通りに脱ぎ散らかされたと思われるあかねさんの服やら下着やらの、男の部屋に似合わないモノ達の姿が……。
あははは……。何だか……これだけを見ると僕があかねさんのを剥ぎ取って散らかしたみたいで……変な感じがするなぁ……。
なんて心の中で苦笑いを浮かべていると、
トットットットットッ……。
と、一階から二階へと階段を上がってくる足音を一つ耳にしたボク。
え!! もしかして父さん!?
ボクは、今、色んな意味で見られたくない人物が真っ先に頭に浮かんだのだった。
ボクが説明しようとする以前に、この間違い偏った状況を色々とあらぬ方向に分析と把握して飛びぬけた答えと共に了承してしまいそうな父さんに、どこまでも脱力感を味わうボク。
行動が全く読めない父さんだから、なお更である……。
だんだん近づいてくる足音。
……え。父さんにしてはこの足音は軽すぎる気が……。
……まさか。
だんだん近づいてくる違和感を覚えるその足音に、ふと過ぎった不安。
そして、そんなボクの不安と共にボクの部屋の扉が開けられ、
「妖一さん、おはようございます。もう朝なので起きてくださいね」
と、扉を開くと同時にこんな状況のボクへと向けたパジャマ姿の素敵な美少女の笑顔が一つ。
それは、背中まで伸びた黒く美しい長い髪に、どこぞのお嬢様かと見間違えそうな端麗な顔立ち。そしてその黒髪を引き立たせる様に白く透き通るような美しい肌をした、やや豊満な胸が魅力的な美少女のゆきめさんの笑顔である。
その笑顔は、しばし時を止めたかの様に固まりを見せてから、急速に赤々と顔色とその形状変えてゆくのだ。
やがて、
「あぁかぁねぇさぁぁあんっっっ!!」
怒りの色でこれでもかと染め上げた咆哮が、ボクの部屋を大きく振動させたのだった……。
「五月蝿いなぁ……朝っぱらから」
むくっと、そのままベッドから膝で起き上がった様な、そんな気配を背中で感じたボク。
あれ……そう言えば……。
ふと散らかるモノの中から、先ほどチラッと見えて気になったあるモノを目で探す。
すると、案の定その中から探し物があった事に、心の中で大きなタメ息を一つ吐いた……ボク。
「ひっ……」
むくっと起き上がったあかねさんを見て、口元を引きつらせるゆきめさんの姿がチラリ。
うん……。状況が状況だけに、仕方ないよね……そうなっても。
「ア……アナタ、何で全裸なんですか!?」
床にクシャッと丸められ、他のモノと一緒に散らかり落とされている、そのモノ。
「だから朝っぱらから五月蝿いって言うの。同性同士なんだからいちいち全裸くらいで驚かないでよ、まったくー……。それに、服を着るか着ないかなんてアタシの勝手でしょう?」
迷惑そうな口調で淡々(たんたん)と告げるあかねさん。
そして一つアクビをしながら、トンッとベッドから降りて、
「何だか妖ちゃんとの朝のいい気分がブチ壊しだわ……アタシ下に戻るねー。ゴメンね妖ちゃん、また今度一緒にね」
散らかる自分のモノを拾い上げ、ウィンク一つしてボクの部屋を出て行くあかねさん。
……なんだったんだろう。
なんて疑問と、真っ赤な顔のまま固まるゆきめさんを残して去って行くのだ。
「えっと……言い訳に聞こえるかもしれないけれど……本当に何も無かったからね」
ボクは苦笑いを浮かべつつ、固まっているゆきめさんに、一つ真実を伝える。
状況が状況だけに、自分で言っていて何処か信憑性に欠けてしまいそうである……。
でも……本当の事だし……ね。
やがて、硬直も解けて、落ち着き払ったゆきめさんは、にっこりと素敵な微笑を浮かべて、
「私は、妖一さんの事を信じてますから大丈夫ですよ」
と、ボクに告げ、それに……と付け加えて、
「妖一さんには私が居ますから……いつでもお傍にお呼び下さいね」
恥ずかしそうに頬を赤らめたのだった。
ボクはその言葉に『うん』とも返事は返せないながら、優しい口調で、
「そろそろ下に行こっか? きっと父さんがゆきめさんを遣わしたんだと思うし、朝食が出来てるだろうから、一緒に朝ごはんにしようゆきめさん」
微笑み返した。
「はい、妖一さん」
ボクの言葉に嬉しそうに返すゆきめさん。
そんなゆきめさんに、シッカリと返せなかったボクが、何処か後ろめたくも思えたのだった。
「ただいまー」
未だ空きっぱなしの玄関から、ボクは帰宅の知らせをする。
「おかえりなさい妖一さん」
すると、ボクを出迎えたのは甘い香りを纏ったあずき色のエプロン姿のゆきめさん。
元々美しい白い肌をしていたゆきめさんにあずき色の赤はとても映え、凄く似合っている様に思えたボク。
「あれ? 父さんとあかねさんは?」
そんな素敵なゆきめさんに、何処か恥ずかしくも思えつつ、一つ尋ねてみた。
いつもなら父さんの声がボクを迎えに来るのに、全く声もしないのでふと不思議に思えたのだ。
それに、昨日は飛び込んでくるんじゃないかってくらいの勢いで迎えてくれたあかねさんの姿が無いのも、何処か気になるし。
「はい、博康様とあかねさんは洋服とかを買うとかで一緒に出かけてますよ」
あ、なるほど。通りで二人共声も姿も無い訳だ。
「ゆきめさんも一緒にお買い物に行けばよかったのに」
と、微笑むと、
「いいえ、鍵もかけられないこんな玄関のままじゃ、誰か一人くらい居ないとですよ」
なんて、にっこりと笑いながらも、真面目な答えをが返ってきたのだ。
そっか~……。確かにそうかも……。
そう言われ、感嘆としていると、ゆきめさんは、
「それに……妖一さんの帰りを私一人だけで待ってみたかったんです」
頬を軽く赤らめつつ、そう言葉を続けたのだった。
ゆきめさんのそんな言葉に、何処かくすぐったくも嬉しく思えるボク。
「あ、今ちょうどクッキーが焼けた所なので、その一緒にどうですか? 妖一さん」
一呼吸分の間が空いたかと思えば、直ぐ様照れ隠しをするかの様な口調で、問いかけたゆきめさん。
「あー……甘い香りの正体はクッキーだったんだ。うん、それじゃ制服から着替えたらいただきます」
ボクもつられ、照れ隠しをする様な口調でそう返して、玄関から上がる。
すると、小さくクスッと可愛らしい笑みを零したゆきめさん。
どうしたの? と、問いかけると、彼女は嬉しそうに、
「ふふっ。いえ、何でもありません。何だか本当に家族になったみたいで嬉しいです」
唇に指を当てながら微笑んで返したのだった。
そんな彼女にボクは、
「もうゆきめさんは、ボクのかけがえの無い大切な家族ですよ」
優しい口調で伝える。
すると、ボッと顔を一層に赤らめるゆきめさん。
「あ、そうゆう意味じゃなくって……そのー……」
「はい、プロポーズとかそうゆうのじゃないって解かってますよ妖一さん」
真っ赤な顔をしたまま、それが間違いだとしても嬉しそうな顔をして微笑んで返すゆきめさん。
『温かい内に食べるクッキーも美味しいですから、出来るだけ早く着替えて来て下さいね』
なんて言葉を二階へと上がって行くボクの背中に残して、奥の台所へと向かっていくのだった。
ボクと彼女と彼女の縁結び記
第九縁『甘くも危険な新家族生活!? こうやってボクの日常は始まるんだなって、ふとボクには何処か思えるんだ……』