第四膳『餃子と共同作業』
突然だが、「ひとり猛烈反省会」の真っ最中である。
前回までは、どんな料理も喜んで食べてくれた。
自分が手ひまかけた自信作なら、今回も間違いないだろうと思い込んでいた。
だが、間違っていた。ただの思い上がりだった。
「味が合わないならまだしも……ホタテのひもに絡まれて身動き取れなかったって、んなあほな! わかるわけないやろー!」
北橋達月は、ハムスターに食事を提供する難しさを痛感していた。
相手が普通のハムスターだったら、あのとき、自分の不注意がもとで死なせてしまったかもしれない。
いや、普通のハムスターだったら、そもそも同じ卓を囲んではいないわけだが……。
そんな面倒な相手を、何故自分の卓に乗せたのか。
誰かとゆっくり食事がしたかった。
料理の腕を振るう機会が欲しかった。
誰かを、笑顔にしてみたかった……
たまたま、「やらない理由」よりも「やりたい理由」の方が多かった。それだけだ。
「懲りずにまた来てくれるやろか。そん時はもうちっと、話を聞いてやらなあかんな。ワイらはせっかく話ができるんやから」
今度こそはちゃんと、相手の満足に沿う料理を。
達月は早速、次のメニュー決めに取りかかった。
◇ ◇ ◇
「ふおぉ……何ですか、これ」
達月の決意も新たに、ついでにハムの装いも新たに。
この日のハムは、フリフリフリルつきのエプロン&三角巾姿だ。
もちろん、ハムのために用意されたジャストサイズ。
全身が毛なのに、そこだけ覆うのって何か意味あるの? というツッコミは置いといて。
「達月くん、裁縫もできるんですか」
「ちゃうで。おまんの『トゥルーフレンド』が持ってきはったんや。『ハムがいつもお世話になってます』言うてな。調味料セットももろた。いい人やし、こっちの事情ようわかっとるやないけ」
「彼には達月くんのこと、よく話してますから」
友だちを褒められて、フリルなハムはニコニコご機嫌だ。
達月が見せた調味料セットは、醤油・白だし・ごま油にオリーブオイルなどがいい感じに箱に収められている。どれも高級そうに見えて、使い勝手がよさそうだ。
「せっかくやさかい、今日はこれ使うてみるわ」
「今日は何を作るんですか?」
「餃子や。ぎょうさんこしらえるでー。さすがに皮は買うてきたんやけど、その分『餡』と『タレ』にはめっぽうこだわるで!」
達月は冷蔵庫へ向かった。せわしなく何度も動き回り、次々に食材を取り出していく。あっという間にキッチンが食材で埋まってしまった。
フリルハムが仰天の声をあげる。
「ふおぉ! 材料どんだけ使う気なんですか!」
ニラに白菜・キャベツ、椎茸・大葉・タケノコなどの野菜類。
豚挽き肉・鶏挽き肉・ソーセージなどの肉類。明太子・ツナ缶・鯖缶などの魚類。
豆腐やチーズ、キムチにうずらの卵まである。
調味料も、いただきもののセットに加えて味噌にマヨネーズ、ポン酢にタルタルソース、マスタード……
「いくらなんでもこんなに使わないでしょ! 餃子って、挽き肉と野菜を包んで醬油で食べる物じゃないんですか?」
「皮で包めばなんでも餃子や。創作餃子、一緒に作ってみんか?」
「僕が? どんな餃子を作るか考えて、一緒に作るんですか?」
「そや。ワイら一人と一匹の、『究極餃子』創作や!」
◇ ◇ ◇
大量の食材や調味料に埋もれながら、うーんうーんと唸るフリルハム。
選択肢がありすぎて、何が美味しいのかわからないのだ。
「たとえばな。明太高菜マヨとか、ポテトとソーセージのジャーマンポテト風マスタード添えとかどうや? トマトソースとベーコン・サラミのピザ仕立てもイケるで」
「確かに美味しそうですけど、なんかもう別の料理みたいな気が」
「シーフードミックスとブロッコリーを包んで、コンソメスープに入れるのもええな」
「それ牛乳入れたらシチューですってば」
ああでもない、こうでもないと互いの意見が飛び交う。
討議の結果、最終選考に残った四種類を作ってみることになった。
●和風豆腐ハンバーグ風
餡……鶏挽き肉に、水切りした豆腐と刻んだ大葉・少しの柚子を加えて混ぜる。軽く塩胡椒する。
調理法……焼き餃子
タレ……おろしポン酢
●あっさり中華スープ
餡……細かく刻んだエビ・タケノコ・生姜・小ネギを混ぜ、軽く塩胡椒する。エビ出汁スープに入れて火を通す。溶き卵を入れてふんわり混ぜる。仕上げに白ごまを振る。
調理法……水餃子
●スナック感覚カレー味
餡……達月が前日作ったドライカレーの残りとチーズを包み、揚げる。
調理法……揚げ餃子
タレ……なくてもいいけど、ケチャップなどをつけても〇。
※ドライカレー……刻んだニンニクとみじん切りのタマネギ、牛豚合い挽き肉を炒めて軽く塩胡椒し、カットトマトとコンソメ、カレーパウダーを加える
●ポテトサラダ風
餡……マッシュポテトに刻みキャベツと刻みトマト、ツナ、コーンを混ぜて塩胡椒する。
調理法……焼き餃子
タレ……酢+黒胡椒やマヨネーズ、ドレッシングなどお好みで
「なんか、あっさりなのが多くないか?」
「最近食べ過ぎでメタボ……いえ、なんでも。あと、達月くんが一番よく食べる、王道の餃子を食べたいです」
●ザ・王道!
餡……刻みニラ・茹でた刻みキャベツと豚挽き肉、たっぷりのおろしニンニクに醤油とごま油を加えて混ぜる。
調理法……焼き餃子
タレ……醤油・酢・ラー油。おろしニンニクなどもお好みで。
メニューが出そろい、一人と一匹の共同作業。
達月が餡を皮に乗せると、ハムがよいしょ、こらしょと器用に端を折りたたんで包んでいく。外見だけは、店で出される餃子と比べても遜色がない。
フライパンに熱が入る。並べた餃子が、じゅわーっといい音を立てて焼き上がっていく。隣の鍋で、水餃子入りの中華スープがエビの香りの湯気を立てる。
ハムは小さなしっぽをフリフリ。
どうして美味しい料理は、食べる前からこんなにも音や匂いで食欲をぐんぐん引きつけてしまうのだろう。
達月が器用に何枚もの皿をさばく。
あっという間に、食卓に大量の餃子が並べられた。
「凄いです! 感動です! 僕と達月くんのチームワークの結晶です!」
両前足を上げて万歳ポーズのフリルハム。
一人と一匹の、にぎやかなお食事タイムが始まった。
◇ ◇ ◇
「凄いです! 感動です! いろんな味があるからいくらでも、はふはふ、次々に食べられちゃいます、もぐもぐ!」
「落ち着けや、舌ヤケドするで」
達月も嬉しそうだ。
ハムと選んだ五種類の餃子。あっさりめのメニューが多いため、メインの王道餃子以外は前菜やスープ、サラダのような感覚で軽く食べられてしまう。さしずめ餃子フルコースというところか。
ハムが王道餃子に手を付け始めたころ。
達月が、おもむろに「なあ、ハム」と切り出した。
その言葉にこもる空気に、異質なものを感じてハムの手が止まる。
「なんです?」
「実はな。ハムに内緒で、シークレットを仕込んだんや」
にたぁと笑う達月の顔が、ハムの言う「いけず」な顔になっている。悪いことを考えてるときの顔だ。
「こん中に、『ぎょうさんワサビ餃子』がひとつ入っとる。もうワイにもどれだかわからん。どっちが引いても、恨みっこナシや」
「恨みますよ! いけずー!」
ハムは両前足を振り回してお怒りモード――になるかと思いきや、すとんと両前足を下ろし、フリフリエプロンをばさっと脱ぎ捨て、残りの餃子に向き直った。
「僕も漢です。逃げも隠れもしません。その餃子、引き当ててみせましょう」
「え、ワサビ大丈夫なんか?」
「達月くんが作ってくれた餃子です。ワサビだろうとなんだろうと、美味しくないはずがないんです!」
ハムは猛烈に進撃を開始した。達月はハムに、確かに「漢」を見た。
これぞ餃子バトル!
あっさり餃子コースが、暑苦しい漢の戦場と化してしまった。
◇ ◇ ◇
結果。「シークレット」を見事引き当てたのはハムだった。
が。
「これ、ワサビじゃないですよね……」
コリコリと、歯ごたえよさそうないい音がする。
ごっくんと完食すると、ハムは早速食べたばかりの餃子を分析し始めた。
「挽き肉に、細かく刻んだカシューナッツ、チーズにオリーブオイル。それとバジルですね?」
「お、『きき餃子』ができるようになったんか」
「ナッツの香ばしさと、バジルの独特な爽やかさが濃厚なオリーブオイルで絶妙に絡み合って……達月くん、このシークレット、ものすごく美味しいです……!」
どうやらハムは、最後に味わった餃子を一番気に入ってくれたらしい。
ハムを見てるとついいたずらしたくなる達月も、さすがに食材をわざとマズくするようないたずらはできなかった。
「堪忍な、ワサビだなんて嘘こいて」
「僕が言ったのはほんとだったでしょ? やっぱり達月くんが作ってくれる料理は、なんだって絶対美味しいんです!」
「ちゃうで。ワイやのうて、二人で作った料理や」
食べてくれる人がいるから、この料理がある。
料理人一人だけでは、料理は完成しないのだ。
この食卓が、いつまで続くかはわからない。
今は、なりゆき任せで共に卓を囲み、共に食を語る、この時間と空間が心地良い。
この場所に、まだしばらくは身を浸していたいと願う達月だった。
●カシューナッツとチーズ、バジルを添えて
餡……鶏挽き肉に刻みカシューナッツ、チーズと刻みバジル、オリーブオイルを混ぜ、軽く塩胡椒する。
調理法……焼き餃子
タレ……なくてもいいけど、オリーブオイル系のドレッシングなどが美味しいかも。