最終膳『とっておきのデザートをキミに』②(チョコブラウニー)
というわけで、男子だけのスイーツタイムである。
珍しい光景かもしれないが、彼がいれば何の不思議もない。
ここにいる北橋達月は、自他ともに認めるいっぱしの「料理男子」なのだから。
「きれいに盛りましたねー!」
「うわー、ミント飾っちゃった! 本格的!」
「もごもご、お口爽やかー」
「ハム! まだミント食うなや!」
「写真撮ろう写真! ハム、皿の横に立って!」
デザートの映えっぷりにテンションが上がるのは、女子だけではないらしい。
いちごのアイスクリームとチョコブラウニーの盛り合わせ。ハーフ&ハーフ。
大騒ぎですっかり打ち解けた三人は、ローテーブルにプレートとコーヒーカップを並べ、ここまでの達成感とこれからの期待感ににんまりしながら手を合わせた。
「いただきます!」
まずは溶け始める前にアイスを味わってみる。
「うまっ!」
「ハム、これうまいで。いちごがちゃんといちごの仕事しとるわ。潰しすぎず、いちごの食感が粒までしっかり残っとる」
「甘さ控えめで爽やかだよね。ザ・ストロベリー! って感じ」
「えへへ、うまくできて嬉しいですー」
ハムは前足で顔を隠してテレテレ。力が足りなくていちごをあまり潰せなかったことや、これまた力が足りなくて砂糖をあまり入れられなかったことは黙っとく。味が良ければすべて良し。
ブラウニーは、ハムの分は小さくサイコロ状にカットしてあった。ハムがにおいを嗅ぐと、コクのある甘いチョコの香りと、ナッツの香ばしい香りに心がほわほわと満たされる。
「うんまいです! 文句なしに美味しいチョコに、さらに食べ応えぎっしりなナッツがぎゅぎゅぎゅっとたっぷり詰まってます! 栄養価高くて鼻血出そう!」
「ふはは、鼻血出したら甲斐さんに優しく拭いてもらえ。チョコもナッツもぎっしり、おまけにチョコ〇ビーもぎょうさん散らしとるでな」
「ほんとだ、中にナッツだけじゃなくチョコベ〇ーも入ってる。これは食べ応えあるなー。保存食にしたらこれだけで何日も生きていけそう」
「食べ過ぎ注意やな。でもほんまこれ、自分で言うのもなんやけどイケるわ!」
「アイスと一緒に食べたら、また格別! ストロベリーチョコアイスですー」
ひとしきり食べまくったあとは、ミントの葉をハムにたっぷり盛りつけたり、ナッツでハムをちょめちょめしたりして遊ぶまでが男子会の流れ。
三人とも、大満足で心の底から笑い合っていた。
◇ ◇ ◇
「達月さん。ちょっと真面目な話してもいいかな」
やや神妙な顔つきで、甲斐が流れを変えた。達月も思わず姿勢を正す。
「どうぞ」
「ハムに特別な力があることは知ってるよね。ハムは俺が知る限り、世界最強の能力者だ。おっさんだけど」
「そやな、ワイもちらっと見たわ。おっさんやけど」
「ハムは力の制御が難しくて悩んでた。急にいなくなったと思ったらハムスターになっちゃって、もう大騒ぎだよ。でも、彼の悩みの深刻さに寄り添ってあげられなかった俺たちにも問題があるんだ」
甲斐の瞳が、真っすぐに達月を見る。さっきまでの笑顔とはまるで違う。「本気」だと言うことが痛いくらいに伝わってくる。
「問題を抱えてるなら、自分で悩むだけじゃなく、周りの誰かにちゃんと見ててもらうことが大事だと思う。だから、達月さんのことも、俺たちに見守らせてほしいんだ」
「……へ? なんでワイ?」
「俺たちは、きみが『記憶操作』の能力者じゃないかって見当をつけてる。まだ不安定で、全然制御できてないみたいだけど」
「…………」
情報の整理が追いつかず、達月は黙ってしまった。
確かに、心当たりはある。ありすぎるほど。でもチート大魔王・ハムと一緒に「能力者」という言葉に分類されるとは思わなかった。
「ワイは、自分で自分の記憶を消しとったんか」
「可能性はある。催眠のようにいずれ解ける類の作用かもしれないし、本当に脳の中の記憶をごっそり書き換えてしまったのかもしれない。俺たちに調べられるかどうかわからないけど、もし、きみが――」
「さっきから言うとる『俺たち』って、誰のことや」
甲斐はハムと目を合わせた。アイコンタクトがあったのだろうか、甲斐は言葉を選びながら話を続ける。
「いわゆる超常の能力者たちを、把捉して管理する組織。拠点はアメリカ。俺はそこの一員。ついでに言うと、俺も能力者で、ハムと同じように管理されてるんだ」
「……甲斐さんも?」
「アメリカの組織って言われたら、なんだか怖そうなイメージだよね。俺も最初怖かった。でもメンバーは俺の事情をちゃんとわかってくれる人ばかりだから、自分の力とどう付き合っていけばいいか、だんだんわかるようになったし……少なくとも、ひとりで悩む必要はなくなったかな」
「…………」
「こんな風に、俺は事情を抱えて悩んでる人に、ほんのちょっとでも『ひとりで悩まずに済む方法』を提示できたらいいな、って思ってるんだ。難しく考えなくていいよ。今すぐ何かをしろってわけじゃないし。な、ハム」
「はい」
ハムは、まだチョコがついたままの口ひげを震わせながら、つぶらな瞳で達月を見上げて言った。
「ほんの少しお別れしますが、僕はまた日本へ戻ってきます。もちろん、きみたち二人に会うために。
達月くん、どうかこれだけは忘れないで。甲斐くんの言うとおり、きみはひとりで悩まなくてもいいんです。僕もまた会いに来るし、甲斐くんも、甲斐くんの仲間も、翠鈴もきみの味方です。きみが頼ってくれれば、みんなきみのためにできる限りのことをします。きみの本当の家族を捜すお手伝いもできると思います。僕たちだけじゃない、事情を知らない咲子さんたちだって。だから、矛盾しますけど、また記憶を失くしてしまったとしても、僕たちがいるということを忘れないでください」
「ハム……」
「僕も忘れません。この先ボケじいさんになっても、暴走して大魔王になっても。自分で生み出したブラックホールに分解されても、僕はきみのことを忘れません。きみと過ごした楽しい時間も、きみが作ってくれた美味しい料理も、絶対に忘れません。だから達月くん、僕のこと忘れないで!」
「忘れん! 忘れんわ! 忘れても、何度でも思い出したるわ! こんな珍妙な食客、どこの世界探してもハムしかおらんやろ! 忘れるわけがないんや!」
感情を吐き出してから、達月は右手で目を覆った。
悲しむ顔など絶対に見せないつもりだったのに。自分の事情を理解してくれる、安心して寄りかかれる場所を用意してくれたのに。
素直に人を頼るには、まだ時間がかかるかもしれない。
でも、こんな風に同じ食卓を囲んで打ち解け合うことなら、きっとできる。
同じ料理に舌鼓を打つ時間を。同じ酒を飲みながら悩みを話し合える相手を。
きっと、これからも見つけていける。
この珍客と心を繋ぐことができた、今の自分なら。
「甲斐さん、おおきに。まだようわからんけど、何かあったら頼らせてもらいます」
甲斐に軽く頭を下げたあと、右手でふわっとハムの頭を撫でた。
「また来いや、何度でも。美味い食いモン、ぎょうさん用意して待っとっからな」
「達月くうぅぅんん!」
だばーっと、ハムの顔から涙が――ではなく、血が噴き出した。
「うわーっ、ハム! やっぱ鼻血噴いた!」
「ハム、ティッシュティッシュ!」
こうしてデザートの夜は騒動のうちに更けていった。
――明日からまた、彼らの新しい物語が始まる。
何が起きても、食卓の上で築き上げた彼らの絆は変わらない。
一杯のお茶漬けがきっかけで結ばれた珍妙な縁は、これからも離れたり引き寄せ合ったりを繰り返しながら、今日もたくさんの美味しい時間を紡ぐのだ。
「――ごちそうさまでした!」
『珍客と囲む男子飯。食卓にこんなハーフ&ハーフはいかが?』
< 完 >




