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最終膳『とっておきのデザートをキミに』①(いちごのアイスクリーム)


 ハムにはずいぶんと助けてもらった。


 ちっこくて反応が可愛らしいので、ついからかいたくなってしまうが、本当の彼は自分よりずっと年長で、ずっと経験豊富な一人の男性なのだ。

 想像を絶する苦難を乗り越え、愛する者たちを守るためにその身を変えて、今なおユーモアと深い愛情で周りを支えてくれる男。本来、若輩者の自分がもっと尊敬すべき相手だ。


 そんな相手と気さくに笑い合いながら、共にキッチンに立ち、共に食卓を囲んできたことを幸運に思う。


 だから、いつか必然的に訪れる別れの時が来ても、彼に悲しい思いをさせたくはない。彼のために、笑って見送れる関係でいたい。


達月たつきくん。僕、二日後に日本を離れることになりました」


 そう切り出された時、達月は表情を変えずに「そっか」とうなずいた。悲しむような顔はしないと、前から決めていた。


 もともと、ハムが日本へ来たのは友人を訪ねるためだった。目的を果たした今、日本を離れる時が来るのは必然。

 自分はたまたま出逢っただけ。それでもずいぶんと助けてもらった。得がたい時間を、濃密な思い出を惜しみなく与えられて。達月の中にまた、新たな出逢い、新たな記憶が刻まれていく。


「国に帰るんか? そういや国ってどこや。あ、イスラエルか」


「いえ、前はアメリカにいました。でも僕、また極北へ戻ろうかと思うんです。オーロラの向こう、グレート・スピリッツが住まうあの場所へ」


 ハムが、旅の果てにハムスターの姿に変化したと言っていた場所だ。


「もしかして、人間に戻るんか」


「いえ。僕はもう一度、自分の生き方を見つめ直したいんです。ハムスターの姿になって、僕は動物たちの声、植物たちのささやきに耳を傾けられるようになりました。この星のために、僕にできることは何なのか。僕に与えられたこの力には、どんな意味があるのか。改めて、じっくり考えてこようと思います」


「そっか……。色々考えてるんやな」


 星を壊せるほどの力があるからこそ、星のために生きようと思う。そういうものなのかもしれない。


「達月くん。今まで達月くんの身に起こったことも、何か意味があるはずです。きみが今まで耐え抜いてきた試練を、偶然の不幸とするか、それとも何かを成し遂げるために必要な経験とするか。それは、これからのきみの生き方や考え方が決めるんだと思いますよ」


「…………」


 自分よりもはるかにちっこい体なのに、この男はなんて大きいのだろう。

 ハムにもらった言葉は、決して忘れない。この言葉がある限り、何があっても自分は頑張って生きていける。そう思った。


 たとえ、ハムが目の前からいなくなっても。


「でね、きみのこれからのことについて、僕のトゥルーフレンドから少し話があるそうです。彼、つい昨日日本へ帰ってきたんですよ。明日にでも、三人の顔合わせ会をしませんか?」


「おー、そりゃええな。ワイはかまわんで」


「せっかくだから、何かご馳走してあげてくださいな。僕が話す達月くんの料理の話、いつも羨ましそうに聞いてるんですよ」


「天ぷらの時呼べんかったしな、ええ機会やわ。何がええ?」


「僕の好みで申し訳ないんですけど、僕、ナッツの入った美味しいデザートが食べたいです! 明日がここでいただく最後のお料理になるので、しめくくりにもちょうどいいですし。明後日には荷物にまぎれてカナダ行きの飛行機に乗る予定なので、あまりたくさんは食べられないんです。トゥルーフレンドも甘いもの大好きだから、きっと喜びます!」


「デザートか。考えとくわ」


 奇しくも、「ハムのトゥルーフレンド」を初めて招待する日が、ハムのお別れ会の日となった。



 ◇ ◇ ◇



「ハムが、ほんっっっとにお世話になりました!」


 部屋へ来るなり、甲斐かいと名乗る「トゥルーフレンド」が深々と頭を下げた。


「いやいや、頭下げんといてください。ワイの方がうーんと世話になりましたんで。それに、もろうた調味料セット、どれもほんまいい味してたです」


 達月が慌てて身をかがめてそう言うと、顔を上げた甲斐と近くで目が合った。

 甲斐は「ほんと? よかった」と、にっこり笑いかけた。ハムの言う、「とても人懐っこい、可愛らしい笑顔」で。


 歳は自分と同じくらいか。

 この人に会うためにハムがわざわざ日本へやって来たという話、わかる気がする、と納得する達月だった。


「達月くん、これ冷凍庫に入れてもらってもいいですか」


 甲斐がここまで運んできた保冷バッグを、ハムがちょんちょんとつつく。


「何やこれ」


「僕も、また何か作ろうかなって思いまして。簡単なんですけど、いちごのアイスクリーム作ってきました!」


「作ったって、また部屋をゴゴゴゴチュドーン言わせたんか?」


「いえいえ、今度はそっちの力は使わず、全部自力です。いちごと生クリームと砂糖とヨーグルトを混ぜて凍らせるだけの簡単レシピなので。道具の用意と冷凍庫への出し入れは甲斐くんにお願いしましたけど」


「フリルエプロンが似合いすぎてて、笑いが止まらなくて大変だったけどね」


 甲斐が思い出し笑いを始めたので、達月もつられてまた笑った。


「ワイのはミックスナッツたっぷりのチョコブラウニーや。たまたまレシピ見つけて、うまそうやから作ってみた。ちょうどええ、アイスと同じ皿に乗せたるわ」


「ブラウニーとアイスの盛り合わせ!」


「なんたる贅沢プレート! 女子力高っ!」


「二種のデザート、ハーフ&ハーフやな。コーヒー淹れるさかい、ちぃと待ってなー」


 全員の胃袋が、ごっきゅんずばばーんっと鳴った。


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