時々謎発言をしてしまう隣の席の美少女が、突然「うふっ、思ったよりも田崎くんってえっちなのね」って言ってきたけど、僕って隣に座ってるだけでえっちなの?
最近とにかく、ぼんやりしてる美少女の素晴らしさを実感している。
僕の隣の席の緑山さんは、いつもぼんやりだ。
たぶん、みんなと違うこととかを、のんびり考えて過ごしている。
そんな謎な感じがとても好きで、僕は時折見つめてしまったりしてる。
あと、時々ちょっと話したりするんだけど、その時も可愛い。
そしてさらに魅力的なのは、時々謎発言をすることだ。
たとえばこの前は……
「あー、いや卵かけご飯かよっ」
と僕の肩をたたいて突っ込んできたけど、なんのことかよくわかんないし、他にもそんな調子の謎発言多数。
そんな緑山さんが、まさかのとびっきりの謎発言をしてきたのが今日。
ごく普通に授業を受けていると。
緑山さんからの視線を感じた。
そして唐突に、
「うふっ、思ったよりも田崎くんってえっちなのね」
「えっ」
どういうことだ……?
僕って、となりに座っているだけでえっちなのだろうか。
とはいえ、予想外の謎発言だったし、なんかえっちとかそういう話だったから、どういうこと? と尋ねることもできず。
えっちな僕は、真面目な優等生ぶって、ただシャーペンを動かすしかなかった。
授業が終わると、なんか緑山さんが僕を見つめて、そして、
「さっきは、変なこと言っちゃって、ごめんなさい」
「あ、いや大丈夫だよ。まー、疲れてるときもあるもんね」
「うん……私よく変なこと言っちゃう人だから、恥ずかしいなあ」
「たしかにちょっと緑山さんの謎発言、面白いかも」
「面白いの……?」
「結構面白いよ」
「そうなんだ。でも結構なに言ってるかわからない感じでしょ……?」
「まあそうだけど、それでも結構インパクトがあるから」
「そっか。あのね、私、色々頭のなかで考えちゃって、でも自分の中では、ちゃんと流れみたいなのがあるの。でもその一部を、断片的に口に出しちゃう感じ」
「ああー」
納得したけど……いやしたけど、それなら、僕に対してえっちと言った時、どういう流れだったんだろう? 緑山さんの考えでは。
それがすごく気になる。
なるけど訊けないよ。でもねえ……。
「あっ、ででっ、でもね。今日言ったこととかは、自分の中での流れとかは、あんまないからっ」
「あ、はい……」
緑山さんが自ら補足してくれた。
☆◯☆
今日は一段とまずい発言をしてしまった。
いやだって、突然えっちとか言ったら、びっくりされちゃうよね……。
へ、変なこと考えてた私がいけないんだけどね。
でもとにかく、もう変なこと言わないように気をつけないと。
だってあんまり変人だと思われたら、田崎くんに避けられちゃったりして。
それはいやだよ。
よし、もう謎発言が出ないように、徹底的に注意しよう。
私はとことん誓って、そして気合いを入れる。
「ふんがー!」
いやだからそういうのも声に出しちゃいけないんだってば私。
☆ ◯ ☆
次の日。
僕は一時間目開始三十分くらいで、緑山さんがとても大人しい雰囲気になっていることに気がついた。
もしかして、謎発言しないように気をつけて、慎重になっているのだろうか。
のほほんとした緑山さんらしい雰囲気が全くない。
美少女さはそれはそれで際立ってるけどね。
でもやっぱり、普通の会話もないっていうのは、なんだか寂しい。
自分はそこまで人と話さなくても耐えられる方なはずだけど、やっぱり、どうやら緑山さんとは話したくなってしまうみたいだ。
「はいー。てことで、課題の答え合わせしてくぞ。順番に当てていくからなー」
先生がそう言うので、僕は授業に意識を戻し、やってきた課題のノートを広げた。
しかし、となりで、硬直している女の子。
固まったご飯粒状態な緑山さん。
これはー、あれか、課題のノートおうちかな。
「じゃあ今日はうーん。宮澤からいこう」
やばい。宮澤って、緑山さんの前の席じゃん。もうすぐ当たっちゃうけど。緑山さん。
僕は、ノートに二問目の答えを書いて、緑山さんの方に向けた。
緑山さんはちらりとこっちを見て、自分のノートにそれをメモした。
これはきた。救出完了じゃない? うし。よかったよかった。
「……はい、じゃあ緑山」
「えーと、近くを暖流が通ってるので、冬でも比較的暖かい気候であるため、です」
「おっけー。正解だな」
ふう。これで答えがそもそも間違ってたら大迷惑なやつなので、良かった正解で。
安心して、緑山さんの方をふと見てみた。
緑山さんはこっちを向いて、なんか口がちょっとだけ開いたあと、きゅっと閉じてしまった。まるで何かすっぱいものを食べてしまったみたいに。
それからも緑山さんと僕は、本当にほとんど話さなかった。
なんとなく、僕からも話しかけられなくて、よくない雰囲気に。
せっかく、のんびりした雰囲気で、時々緑山さんと話すのが楽しかったっていうのに。
僕は寂しい気持ちで、一日学校生活を送った。
その次の日。
今日はちゃんと話しかけてみようと思った僕は、先に緑山さんに話しかけられた。
でも、社会科見学の時に偉い感じの人に頑張って質問してみた小学生みたいになっている。僕偉くないけど。
「あの、田崎くん。昨日は……色々とごめんなさい」
「あ、僕も、ごめんなさい」
「へ、変なこと言ったらやだなって思いすぎちゃって、あと、それと、宿題見せてもらったのに、お礼も全く、言ってなくて」
「ううん。なんか、昨日はあんまり話せなかったな」
「そう。ごめんね」
「僕もごめんね。先に言っとけばよかったのかもしれないけど、僕、もし万が一緑山さんが謎なこと言っても、全然嫌じゃないから」
「そうなの?」
「うん」
「な、ならこれからもしゃべっても、だいじょうぶかな……で、でもやっぱり変なことは言わないように気をつけるけどっ」
「うん。大丈夫。面白いし」
「面白いって思われるのも恥ずかしい……けど、でも話さないのも、なんか昨日、よくないって思ったから……話すね。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
話してもいいかということについて話し合うという謎の時間をとってしまった緑山さんと僕。
でもよかった。いい感じ。きっとこれからも、今までのように、のんびりした緑山さんの隣にいれるはずだ。
それからしばたくたって。
緑山さんが時々謎発言をする、とてもよい日常が続いた。
だけど、今日は、ほんの少しだけ、緑山さんがおとなしい気もする。
そんなわずかな変化も気になってしまうのが、現在も緑山さんの隣の席な僕だった。
「ねえ、いまからそろそろね、変な発言しちゃう気がするの」
「え?」
僕は驚いた。謎発言前に、いまからしそうって宣言することがあっただろうか。
たぶんなかった。だから……緑山さんに変化ありってわけだ。
もしかして、謎発言をする直前の、自分の中での変化とかを見つけたのだろうか。
そんなことを考えていたら、小さな声で、
「私、田崎君、好き」
「え」
まて、今いきなり変なこと言ったぞ。変なことではないけど。でも変だよ。やはり、これが、宣言の上での謎発言だっていうのか……。
だけど……本当に思わず出たのだろうか。思わずだったら今頃慌てて否定しているはずなのに、隣の緑山さんは、テスト開始二十秒前のように、とても静かに座っている。
だから……。
「いまの、『謎発言』じゃなかったら、うれしいな」
僕は思い切って、そう答えた。
そうしたら、
「『謎発言』じゃないよ」
緑山さんはそう答えて、そしてのんびりと、僕に笑いかけた。
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