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サムライ・ソウルズ—時代劇風冒険譚—

「な ん で  こ う な る の っ !」


 突然、有象無象の謎の(やから)どもに、こぞって追い回された少女は、思わず叫ぶ。


「あの二人は、いったいドコでナニやってんのよ!」


 二人のお供を従えて、ひと夏の大冒険。

 そのはずが頼みの二人とは離ればなれ。ひとり町中を逃げまくる。


 浮世離れした美しい顔立ちも、今は土埃で真っ黒。すらりと均整の取れたその体躯に長い脚。

 そこに纏う衣装の裾も、どこで引っ掛けたのやら所々が破れ、その白い肌が露となっていた。


 掴みかかる手を巧みにすり抜け、追いすがる手を右へ左へひらりひらりと華麗に(かわ)す。

 狭い路地裏を縦横無尽に駆け抜け、塀をよじ上り垣根を飛び越し、逃げる、逃げる。


 たまに、休む。


 しかし、敵もさるもの。ひっかくもの。どこへ逃げようと、何故か見つけ出され、追いかけっこはまだまだ続く。

 道ばたの石ころを(つぶて)代わりに投げつけ、風呂屋の(かまど)から掠め取ってきた灰を目つぶしに。

 その他諸々、即席の罠で相手を撒いてきた。馬丁通りで馬糞桶の中身をぶちまけたのはやり過ぎだったか。


 追っ手の数をかなり減らしたであろう頃には、人気のない町の外れにまで来てしまった。

 物陰に隠れて様子を伺えば、風に乗って微かに敵のものと(おぼ)しき声と足音が聞こえてくる。


「おちおち一休みもできやしない」


 少女は顔をしかめながらも、こっそりと首を伸ばした。


「あんまりしつこいのは嫌われるよー」


 それにしても——。少女は独り()ちる。

 

「追っ手の数が一向に減らないってのはどういうこと」


 更に近づく足音に、不敵な笑みを浮かべて少女は呟いた。


「でも、ちょっと楽しくなってきたかも」


 物陰よりすっくと立ち上がり、自ら追っ手の前に姿を現した。

 ……もちろん逃げ出すのに十分な距離をとって。


 突然の少女の登場に、追っ手たちの足も止まる。


 対峙する少女と、追っ手たち。

 (しば)しの睨み合いの末、先に動いたのは少女だった。


「うーん、小癪(こしゃく)な。アンタたちにはコレをお見舞いしてやるわ」


 やにわに懐に手を入れると、丸い竹皮の包みを取り出す。


「これで、アンタたちもイチコロよ。ってコレおむすびじゃない」


 慌てて懐の中を探る娘に、追っ手の男たちも失笑混じりにザワつき始めた。


「おいおい、握り飯でオレたちをどうするって」


「だいたい、何だよ。今時コシャクとかイチコロって」


 じわじわと迫り来る男たちから、視線を反らさず少女は言う。


「あーっ、もう、うるさいなっ。そもそもアンタたちは、なんでボクの行く先々へ追って来れるんだよっ」


 男たちの一人が、竹皮何枚かを、手に答えた。


「そりゃオメーが、行く先々で飯喰って、包みを捨ててくからだろうがっ」


「そうだ、そうだーっ!」


 他の男たちも、口々にそれに応える。


「通った道筋、マルバレなんだよっ」


「そうだ、そうだーっ!」


「ゴミはきちんとゴミ箱に、そう教わらなかったのかっ」


「そうだ、そうだーっ!」


 男たちの言葉に、顔を真っ赤にした少女が叫んだ。


「だーっ、もー面倒ね。爆裂弾でも投げて、一気に終わりにしちゃおうかしら」


 少女の物騒な物言いに、追っ手の包囲の輪がぐぐっと広がる。


 堪り兼ねたように、(かしら)らしき男が、前に進み出て口を開いた。


「私は()るお方の依頼で、あなたを保護するために追いかけて来たのです。どうかご理解を」


 更に一歩二歩と少女の方へ近づきながら、説得を重ねる。


「もう、本当にお願いします。大人しく帰りましょうよ」


 両手を大きく広げ、土下座せんばかりの勢いで懇願する追っ手の(かしら)


「だーまーさーれーまーせーんっ。どう見ても、アンタたちって町のチンピラどもにしか見えないんですけどー」


 何故かトクイ気に胸を反らせ、腰に手を当てる少女。


「ボクを捕まえてどうするつもりさ。きっとあーんなコトや、そーんなコトやっちゃうつもりでしょ」


 その言葉に途端に色めき立ち、叫ぶ男たち。


「失礼な。下級とはいえ我々も武士の端くれ。子どもには手を出さん」


「そうだ、そうだーっ!」


 それを聞いた少女の表情がピクリと変わる。


「……ど……も……じゃない」


 地の底から響いてくるような恐ろしい声。


「ボクは、()()()じゃなーいっ」


 少女の豹変ぶりに、正体不明の追っ手の(やから)ども改め、公儀の同心たちは静まり返った。


「て め ぇ ら ぜ ん い ん  ぶ ち の め す っ !」


  *


 旅人の朝は早い。しかし、その若い侍の朝は遅かった。旅人の多くはとうに出発してしまったような時間。

 長身痩躯、漆黒の髪を後ろ頭の高い位置で、すっと結わえ、同じ色の瞳はきっと意思の強そうな光を湛えている。

 煤けた柳のような色の小袖胴着に地味な旅装備。腰には柄巻きを革で拵えた木刀を一振り。

 何の木で作られたものか、黒光りするそれは只の木刀とも思われぬ存在感を放っていた。


 ——急ぐ旅でもない。


 端正な顔立ちを鹿爪(しかつめ)らしい表情で覆っているものの、それとは裏腹にその若い侍の足取りはのんびりしたものだ。

 日ごとに強くなる夏の始まりの日差しに目を細め、この町一番の大通り、その脇を流れる水路のせせらぎに耳をすませる。


 しかし、そんな平穏な風景に身を任せるには、この町中は妙に旅人や商隊の往来が多く喧噪に溢れ過ぎていた。


「新しい『お代官様』が通行料、また上げたみてえだな」


 彼の後ろを歩く商人たちの、少し声を潜めた噂話が聞こえてくる。


「払えない連中が、この町に引き返してきてるって話だ」


「本職の方も、ここんとこ、とんとやってねえらしいぜ」


「しかも怪しげな刀を神棚に祀って、拝んでるそうじゃねえか」


 困ったものだ——。


 ゆったりとした足取りの彼の横を、噂話を続けながら、商人たちは足早に通り過ぎていくのであった。


  *


 夜も明けぬ暗闇の中、東の都から西の都へと通じる、海沿いに伸びる街道を旅姿の少年は走っている。

 あえて街道脇の裏道を選び、いくつかの宿場を抜け、夜が白み始めた頃、まだ誰の往来もない街道に戻ると、ようやく歩みの速さを緩めた。

 かなり距離を進んできたのにも関わらず、息の乱れひとつないその姿は手練れの武芸者を思わせる。

 ふと立ち止まり、菜の花色をした旅用の羽織の襟を正し、頭に載せた笠をちょいと上げると後ろを振り返った。


「ふふっ」


 口元に微かな笑みを浮かべるその顔は、少女とも見紛う美しさを湛えている。


「ふっ、ふっ、ふっはっはっはっはっはっは!」


 まるで悪い組織の首領のような高笑い。もとい、見事に囚われの身を脱した、改心の笑み。


 ——次は旅の仲間探しだ。


 笠を目深に被り直すと、少年は足取りも軽く、いまや目と鼻の先にある大きな宿場町を目指すのだった。


  *


「ふむ」


 木刀一振りを腰に差した若侍は、通りの横丁を少し入った所にある一膳飯屋の暖簾をくぐった。


「飯を一杯頼む。それと……」


 今しがた煮上がったばかりであろう、若侍の好物でもある鍋から湯気の上がる豆腐を注文する。

 日頃、無闇に表情を崩さないのを旨とする若侍であったが、知らず知らずのうちに口の端が持ち上がっていた。


 ふと目の端に何ものか動くのを捉え、若侍はそれとなく注意をそちらに向けると、派手な色の変わった格好の男が入って来た。

 あれは確か……作務衣とかいったか、鬼燈(ほおずき)の実のような色のそれは、寺社関係の者が何かの作業時に身に着けるものに似ているように見える。


 が、あの男の場合、神や仏に仕えているとも思えない風体だ。


 背丈は自分と同じ位のようだが、衣の上からでも判る鍛え上げられた身体。

 赤みがかった癖のあるざんばら髪を、襟足で無造作に結わえ、腰に得物はなし。

 足下の下駄は、やけに厚い底台に対して、その歯は太く低かった。


 一言で言うと胡散臭い、二言で言うと甚だしく胡散臭い、三言で言うと……。やめておこう、今は大切な食事の最中なのだ。


 この時間には珍しいが、近所で働く人足でも来たのだろう。若侍は、摘みかけた豆腐に意識を戻した。

 ややあって、丼に山と盛られた飯を、いざ口に運ぼうとしたそのとき、突然声を掛けられる。


「よぉ(あん)ちゃん、ここ、いいかい」


 片手に深めの杯、片手に豆腐の田楽を載せた皿を持ったその男は、若侍が顔を上げた時には既に差し向かいの席に陣取っていた。


(それがし)は、貴様のようなおっさんと(ツラ)を突き合わせて飯を食う趣味はないのだが」


「おっさんはひでぇな、こう見えて実は若いんだぜ」


 男は無精髭を生やした顎に指を添え、人の良さそうな目を細める。


「お前さんは呑まねぇのかい」


「昼間から酒を嗜む趣味もない」


「つれねぇこと言うなよ、(あん)ちゃん。今時ひとり飯は流行らねぇぜ」


 若侍は男の無礼な言葉に思わず睨みむと、柄にもなく言い返す。


(それがし)は徒党を組むのが嫌いなだけであって、決してひとりぼっちなどでは……」


 その瞬間、すっと笑顔を消した男が低い声で囁いた。


「では刀はどうだい。そこにあるそいつ、本当は木刀なんかじゃないんだろ」


 とっさに持っている箸の先端を、目にも留まらぬ早さで、ピタリと男の眉間に突きつける若侍。


「試してみるか。もっとも貴様の相手なら、これで充分足りそうだが」


 交差する視線、張りつめる緊張感。きんと凍るような冷たい空気が2人を包む。




「助けてよ! お侍さん!!」


 その静寂を破り、飛び込んできたのは、菜の花色をした旅羽織の少年だった。

 緊迫した空気をいとも簡単に打ち破り、少年は二人の間に割って入ると、二人の袖を引き、縋る様な瞳で見つめる。


「うむ」


 少年の真剣な表情に、傍らの木刀を手に若侍はすっと立ち上がり、彼と共に店の外へ歩み始めた。

 ふと振り返ると、鬼燈(ほおずき)色の作務衣の男は、まだひとり杯を片手に、呑気に皿なぞ突いている。


「貴様は来ないのか」


 若侍の声に答える代わりに、作務衣の男は少年の台詞を繰り返した。


「助けてよ、お侍さん」


 どうぞ、とでもいうように、手の平を若侍に向ける男。


「お サ ム ラ イ さ ん」


 ため息をひとつ。少年を促し、出てゆこうとする若侍に男が声を掛ける。


「頑張ってくれよ、(あん)ちゃん」


 再び歩き出す若侍の目の片隅に、彼の残していった皿に手を伸ばす男の姿がちらりと残った。




 文字通りの押っ取り刀で、店を飛び出したふたりだったが、町中は至って平常通り。怪しい者の姿は、どこにも見受けられない。

 しかし少年は油断することなく、辺りを見回している。若侍の袖を掴む手には更に力が入り、事の次第を事細かに訴え始めた。


「番所を過ぎた辺りで、いきなり何人かの男たちが、こちらを指差すなり走り寄って来たんです」


「ふむ」


「それで驚いて、無我夢中で大通りを走った後、あのお店に入ったんです」


「そうだったか」


 若侍は、手にした木刀を腰に差し直すと、少年に横丁の奥を視線で示し、そちらへ歩き始めた。

 少年は、心配そうに後ろを気にながら、若侍の陰に隠れるように、やや後ろをついて来る。


「君に追いかけられる覚えはあるのか」


「いえ、勿論ないです。全然ないです」


「では人違いの可能性というのはないか」


「それも全然心当たりないです」


 足早に路地を抜ける二人。ふいに若侍が呟く。


()けられている」


「えっ」


「走るぞ」


 そう言うなり、若侍は少年の手を引き、走り始めた。


「ちょっ、ちょっと待ってください」


 若侍は少年の言葉には答えず、握る手を強めて走り続ける。


 ふたりは暫くうねうねと路地を走り続けて、町の外れに近い倉庫街に辿り着いた頃、若侍はようやく握った手を緩めた。


「そこの建物の陰に隠れていなさい。話をつけてくる」


 追っ手の男たちを前に()()()()も抜かず、また構えらしい構えも取らずに、ふらりと進む若侍。

 追って来たのは、きちんとした身なりの武士が三人。屈強な体付きながらも、歳のせいなのだろう。軽く息が上がっているように思われた。

 彼らを仕切っているのは初老に差し掛かった年頃の男。残りの二人も、やや若く見えるものの、いずれも中年と呼んで差し支えないように見える。


「貴公らは何故(それがし)を追って来る」


 息を整えながら、初老の武士のひとりが答える。


「追っているのは、其方(そち)の方ではない」


 残りのふたりが若侍の横を通り過ぎ、あの少年が隠れているであろう方へ向かおうとした。


其方(そなた)らの事情も概ねの事は承知しておる」


「今は黙って、その者をお引き渡し願いたい」


 その瞬間のことだ。突然そのふたりの中年武士は膝を着いた。

 いつの間にか若侍の手には、件の木刀が握られている。


「待て待て、話をすれば判る」


「問答無用」


 音もなく木刀は振られ、残った一人の中年武士もどうっと倒れた。




(ありゃー、やっちゃったよ)


 物陰から様子を伺っていた少年は、予想の遥か上を行く出来事に目を白黒とさせている。


(なんか、とんでもないもの見ちゃった気がする)


 始めから少年は、彼らが揉めている隙に、こっそりとその場から離れようという企みだったのだ。


(そもそも、話合いとか言っときながら、「問答無用っ!」はないだろ)


 おそらく追いかけて来た武士たちは、町の警備を任されている公儀の役人に相違ない。

 しかも年齢的にみて位も高く、腕の方もそれなりに立つように見受けられる。

 向こうに敵意がないとはいえ、それを三人、ほぼ一瞬で切り伏せたのだ。しかも木刀で、だ。


 少年は自分の目は良い方だと思っていたが、それでも彼が何をやったのか、その目では追い切れなかった。

 いつの間にか腰から木刀を抜いて、それを何回かすいと横に薙いだようにしか見えなかったのだ。

 しかも、その間ずっと彼の注意は、()()()にも向けられていたのである。


 逃げ出す隙など、ひとつもあろうはずはなかった。


「無事だったか」


 若侍は、ことを終えると何事もなかったかのように、それまでと変わらぬ鹿爪しかつめらしい表情で少年の方へ歩いてきた。


「あ、ありがとうございます」


 少年は、その場から一歩も動くことも、また若侍から視線も外すこともできず、やっとの思いでその一言を口にするしかなかったのであった。


  *


「いや、すっかり騒がせちまって申し訳ねぇ」


 男は、店主の親父と給仕の娘に向かって頭を下げた。


「いえいえ、それが私どもの勤めですから」


 丁寧な態度で、それに応える店主たち。


「さっきの飯と酒のお代だ。何かあったら、また頼むぜ」


  *


(このまま「それじゃ、これで失礼します」とはいかないよなぁ)


 少年は若侍と肩を並べ、街道と雑木林を隔てて平行に通っている、地元の民が使っているであろう脇道を歩いていた。


(あー、でも待て待て。考えようによっちゃ、これは——)


 何事かに思いを巡らす少年は、若侍が声を掛けているのに気づかない。


「……なのか」


「は、はいっ。何でしょう」


「一人旅なのか。と聞いているのだ」


「そうです。東の方から来ました」


「子どもの一人旅は危ないな。連れはいないのか」


「ボクは子どもではありません。確かに元服前ではありますが……」


「君も剣を振ってみたはどうだ。その様子では身を守る(すべ)など、何の心得もなかろう」


「いえ、剣などは苦手なもので……」


 子ども扱いにぷくっと頬を膨らませる少年。

 若侍は、それには取り合わずに淡々と歩みを進める。


 無愛想で言葉数の少ない若侍。

 少年は、彼が先ほどからの一件に触れないことが、逆に少し怖い。


「あの、さっきの人たちは……」


 少年は矢も楯も堪らず、それとなく水を向けてみる。


「切先で軽く撫でただけだ。半時(小一時間)程で起き上がることができるだろう」


 そう言ったきり再び続く、長い沈黙。


(無口で無愛想で、なに考えてるかわかんないんだけど、腕は立つんだよね)


 横を歩く若侍の顔を、そっと見上げる少年。


「人目に付かぬよう街道を避けているのだ。今は黙って歩きなさい」


 その心の内を読んだように、彼はこちらに顔も向けず、ぼそりと呟いた。




 先ほどから続く沈黙。初夏の風だけが心地よく吹き抜ける中、ふたりの足音だけが響く。


「あの方は来ないんですか」


 沈黙に耐えきれない少年は、余計なことだと判っていながら口を開く。


「あの方……とは。誰のことだ」


「あの時ご一緒にいた、おかしな格好の……お友達ではないのですか」


「うむ、あの者は友人などではない」


「えっ、でも差し向かいでご飯食べてましたよね。仲いいんですね」


「いや、決して仲など良くはない」


「そうなんですか。でも他のお客さん、誰もいないのにおふたりで食卓を囲んで。しかも飛び込んだ時には見つめ合ってたような」


「断じて、見つめ合ってなどいない。あれはあいつが勝手に(それがし)の前にやって来ただけだ」


 そう言ったきり、また黙り込む若侍だったが、やがて誰に聞かせるでもない風にぽつりと言った。


「だが、かなりの手練れだった。何の気配も感じさせず、いつの間にか(それがし)の前に座ったのだ」


  *


 三人の中年武士たちを助け起こしながら、男は彼らに声を掛けた。


「現場の御役目を離れて久しい其方(そなた)らに面倒掛けたな」


 腕を回したり、腰をさすったりしながら、我が身の無事を確認する武士たち。


「さて、頼んでおいたもうひとつの件も手配できそうか」


「ええ、体力のありそうな者が何十名か待機しております」


「相手はやたらすばしっこい上、目端も利く。子どもだからといって油断するなよ」


 暫くの合議の後、男は武士たちと別れ、何処(いずこ)へともなく走り去っていくのだった。


  *


 夏の始まりとはいえ、陽が真上に来る頃はかなり暑くなった。

 脇道の両側にあった雑木林はいつの間にか途絶え、辺りには不自然な空き地が広がっている。


 少年は沈黙に耐えられない性分なのか、先ほどから、言葉数の少ない若侍にあれこれと話し掛けていた。 


「この辺りは、確か一面の大豆畑だったと聞いてたんだけどな」


「ふむ、それがしも、確かそうだったと記憶している」


 ぽつりぽつりと雑草の生えた耕作地を横目に眺めながら、ふたりは歩く。

 荒れ具合から耕作が放棄されたのは、ここ最近のことだろうか。


「これじゃ、お豆腐食べられないよー。この辺の名物だからって楽しみにしてたのにー」


「ふむ、確かに名産品の畑を手放すなど、普通なら考えられないな」


「近頃『お代官様』が代替わりしたみたいだから、そのせいかなー」


「この辺りの代官が代わったなどという話は聞いてはおらぬぞ」


「お代官様ってのは、皮肉を込めてそう言ってるだけで、ほんとは三下手代らしいよ」


「ほう、やけに詳しいな」


 ほんの少々ではあるものの、自分の相手をしてくれるようになった若侍の態度に、嬉しさを隠せない少年。


 このまま、なんとか旅の仲間になってくれると良いんだけど——。


  *


 さてさて、あいつらいったい、どこ迄いっちまったんだ——。

 あんな騒ぎを起こした後だ。街道をそのまま進んでいるとは思えない。


 それにしても、あいつら思ったより随分と足が速い——。

 とにかく急がねばなるまい。彼らがまた何かやらかす前に。


 男は、駆ける足にいっそうの力を込めるのだった。


  *


 脇道沿いの、木賃宿や茶屋が並ぶ一角に辿り着いた少年と若侍。

 豆の名産地にして、豆のような大きさの町。町の部分は狭いが、領内の大部分は農地で、こちらはかなり広い。

 しかしながら、それなりに人や荷物の往来も多く、こちらに向かって歩いて来る者たちの数も、決して少なくはない。


 茶屋の前で座り込んで、たむろしていた柄の悪そうな若者たち数人が、やにわに立ち上がると、二人の前を歩いていた旅人たちを目掛けて、わらわらと寄っていった。

 彼らを取り囲むようにして、何やら揉めていたようだが、暫くすると囲みの輪がすっと切れ、旅人たちは肩を落として戻って来る。

 二人は歩みの調子を落とすことなく、しかしゴロツキどもを避けるように道の端へと進んでいった。


「お待ちください。そこのお二方」


 そっと脇を通り過ぎようとした二人の前に、立ち塞がるかのように周りを取り囲む若者たち。


「ここを通るには、往来の証文をお見せして戴かないといけないのです」


 どこからどう見ても町のゴロツキどもとしか思えない者たちの中、頭目とみられる若者は場違いな程に身なりがしっかりしている。

 裕福な商人の若旦那、といった風体。しかし慇懃な態度と口調に反して、貼付けたような笑顔の目は細く鋭く光っていた。


「ふむ、このような所で往来手形が必要だとは、とても思えんが」


「こちらも手代様より、正式に委任されてお願い申し上げております。この場で証文をお買い上げいただくこともできますよ」


 証文の代金としては、かなり高い金額が提示される。因に国で発行している証文は身元確認等の審査はあるものの無料である。


「このようなもの、払う道理はない。ここは通してもらおう」


「どうしても払っていただけないと、そうおっしゃるのですね」


 囲んでいるゴロツキたちが一斉に、ずいと一歩前に進み出る。少年はそれらをハラハラとした顔で見守るばかり。


「うむ、払わねば、いったいどうなると言うのだ」


「いえ、お命でお支払いください。とまでは申し上げる気はございません。金銭がなければ、来た道をお戻りになれば宜しいだけのことです」


 そう言い残すと、若旦那風の頭目の男は踵を返し、茶屋の中へと消えていった。


  *


「ええいっ、この程度の小銭では話にならんわっ」


 この小さな町には不釣り合いに、大きな屋敷の中。小さな領地の手代には不釣り合いな、豪華な調度品を備えた座敷の中。

 そして下卑た顔つきには、やはり不釣り合いな豪華な着物を来た中年の男は、配下の者たちの報告に、逐一声を荒げている。


 この男は、先代の手代が懇意にしていた内のひとりだった。何をどう取り入ったのか、今となっては定かではないが、いつの間にか先代の片腕として収まっていたのだ。

 そればかりか、いつの頃からか男の周りには怪しい連中が増え、彼の給金では賄えないような屋敷を建て、段々と召し物も派手なものとなっていく。


 そしてついに、先代の今際の際に、これを賜った。と「次代の手代をその男を推す」という先代お墨付きを手に、男は現手代の座に着いたのだ。

 同時に、この合宿の町で働く人々はほぼ全員男の息が掛かった者ばかりになり、行き交う商隊や旅人を相手に、先代が禁じていた通行証商売を始めた。


 この通行証商売もやはり繁盛したように見えてはいたが、町へ収められる額は以前とあまり変わらない。それどころか近年減り続ける一方なのだ。

 それに代わるように男の横には怪しい取り巻きが増え、屋敷は更に大きくなり、どこに出掛けるにも豪華な駕篭で乗り付けるようになった。


 男の着服は明らかであった。が、証拠がない。今更ながら、先代との手代交代の際にあった諸々も怪しいものだが、それもまた証拠がない。

 そこで町の農民を中心とした者たちは、その季の農産活動を一時停止。付近の大きな町の御番所に掛け合い、苦情を申し立てたのだ。


 それが功を奏したのかどうか。男の通行料商売の上がりは、日に日に目減りしていく一方。

 ()くして手代の男は、今日も屋敷の奥深くにて、配下の者たちを相手に醜悪に喚き続けるのだった。


  *


 残された若侍と、ゴロツキ連中は睨み合う。

 ふっとため息を着くような表情をした若侍は、突然傍らの少年をひょいと持ち上げると、ゴロツキどもの頭上高く遠方へと放り投げた。


「えーーーっ」


 緩やかな放物線を描き、遥か先に驚嘆の声を上げ飛んでゆく少年。ゴロツキ連中も呆気にとられて、それを見ているしかできない。


 紫電一閃。若侍は力強く踏み込んで、素早く木刀で正面の敵を薙ぐ。返す刃で残りの敵もあっさりと一蹴。

 遥か宙から、その様子を見ていた少年の目には、彼がとても優雅な動きで、舞を舞うように、その身をくるりと一周りさせたようにしか見えなかった。


 少年が、顔に似合わず手慣れた動きで地面を数回転、衝撃を緩和しながら見事に着地を決めた頃には、敵は全て地面に転がっていたのである。


「さて」


「さて、じゃないよ。いきなり放り投げるなんて、ひどいじゃないかっ」


「うむ、刀を振るうのに邪魔だったからな」


「そういう問題じゃないでしょー、まったくもうっ」


 その時、二人のやりとりを遮って届く声があった。


「おいおいおいおい、お前らもうやっちまったのかっ」


 何事かと振り向いたふたりに、慌てた様子で駆け寄ってくるのは、先ほどの宿場にいた鬼燈(ほおづき)色の作務衣の男。

 相変わらずの、胡散臭い雰囲気を撒き散らす男に、ふたりは咄嗟に身構える。


「何を呑気に、そんなとこに突っ立てやがる。ヤツが出て来ると面倒だ。こっちだ。来いっ」


 しかし男の只ならぬ気配におされ、思わず彼の差し示す路地に駆け込む二人。

 暫く走り続け、元より小さな町の、そのまた外れにある家、というより小屋が並んでいる場所、そのうちの一件の前に立つと、男は戸を開けて中に入るよう促した。最後に男が注意深く辺りを見回しながら入ってくる。


 戸を慎重に閉じ、男が振り向くと、若侍が彼の鼻先に木刀の切っ先を突きつけていた。


「さて、どういうつもりか聞かせてもらおう」


 男は鼻先の木刀を手の甲で無造作にひょいっと払い除けると、おどけた調子で答えた。


「そういう危ないもんはしまっといてくれ。こっちもお前さんたちには話があるんだ」


 少年は興味深そうに、小屋の中のあちらこちらに足を向け、辺りをきょろきょろと見回している。


「ここは、俺が()る筋から借り受けた、今回の任務の拠点だ。安心してくれ」


 少年の好奇の目に応えるかのように男は言った。


「ふーん。この辺りは一体どこらへんなんだろう」


 少年は町々の名所図会と(おぼ)しきものを懐から取り出す。


「君の目当ては、物見遊山の旅だったのか」


「やー、ほんとは当てなんてないんだけどね」


 それまで二人を黙って見守っていた男は、頃合いも良しと見計らったのか声を掛けてきた。


「ご歓談の最中、申し訳ないが二人には相談があるんだ」


 若侍は「待て」とでも言うように手を男の前にかざし、何かを伺うように男の顔をじっと見つめる。


「うむ。だがその前に貴様は何者だ。何故、(それがし)の前に何度も現れる」


 彼の問いに、男は姿勢を正し頭を下げた。


「俺の名前はハンゾウ。下っ端同心だ」


 その名乗りに、突然少年が吹き出した。


「はっはっは。ハンゾウー。昔近所にいたガキ大将みたいー」


 そんな少年を、若侍は軽く(たしなめ)める。


「そんなに笑うものではない。同心が任務の時に使う通称に決まっているだろう」


 頭をかきながら苦笑いをしているハンゾウに、若侍も名乗る。


(それがし)はジュウベエ。訳あって、都の家を出て流浪の身だ」


 手にした名所図会を振り回しながら、少年は笑い出した。


「今度はジュウベエだって。昔のおサムライさんみたーい」


 まだ笑い転げている少年に、ハンゾウが苦笑しながら尋ねる。


「で、お嬢ちゃんの名前は」


 一瞬、狼狽した表情を見せるも、少年はいつもの笑顔でハンゾウを見上げた。


「やだなー、ボク、男ですよー」


 ジュウベエも、少年を一瞥すると、少年に同意する。


「うむ、(それがし)にも小柄なれど少年のように見えるが」


 ハンゾウは、少年を指差すと即座に意義を唱えた。


「いやいや、この子はどっからどう見ても女の子だろう」


 再度、先ほどよりは丁寧に少年を見やると、ジュウベエは言った。


「ふむ、女性的な身体の特徴が全く見当たらん。男の子どもだろう」


 彼らの言葉に、少年は眉毛をぴくりと動かす。


「いやいやいや、子どもは子どもでも、女の子どもだろ。子どもだから、こう(なん)つうか、こう女性的な特徴に乏しいとしてもだよ」


 その後も続く二人の丁丁発止のやりとりに、次第に拳を固め、肩をわなわなと震わせ始めた少年。


「ボクは子どもじゃないやいっ! でもって、男でもないやいっ!」


 遂に爆発したかのように、握り締めた拳をぶんぶん振り回し、両足をだんだんと踏み鳴らしながら猛抗議を開始する。


「背はこれから伸びるのっ! 胸もこれから成長するのっ! だいたいアンタたちは×××××」


 ひとしきり騒ぎ立てると、肩でぜいぜいと息をしながら二人を睨みつけた。


「君は女の子……だったのか」


 本気で男だと信じて疑わなかったジュウベエは、驚きの表情を隠せない。

 ハンゾウはにやにやと、してやったりとした笑みを浮かべるばかり。


「ワタクシは……、いやボクは……」


 はたと正気に帰り、取り繕うが時既に遅し。


「ミト。と言います」


 彼女は諦めたように、小さな声で呟くのだった。




「さてさて、お互い名乗ったところで本題といこう」


 ハンゾウが、ぱんぱんと手を鳴らし、ふたりの注意を引き付けると話を始める。


「さっきも言った通り、俺は()る方の依頼でこの町に来ている」


 最近、この町から近隣の御番所に妙な苦情が増えたこと。内偵の結果、その原因は新しい手代の、本分を弁えない無茶な商売にあることなどを簡単に説明する。


「うむ、妙な苦情というのは」


「小さな町だが、いつの間にか古くからの住人が追い出され、丸ごとゴロツキどもばかりの町になっちっまってる。しかもヤツらは、法外な通行料まで取り立てやがるそうだ」


「ふむ、(それがし)には何をしろと言うのだ」


「ああ、手代だけなら、地元の与力や同心たちだけでも何とかなるんだが、要注意なヤツが一人いてな。さっきお前さんも会っただろう、怪しいヤツらに」


「怪しいヤツ……貴様のことか」


「そうそう、それは俺……って違うだろ」


「判っている。冗談だ。茶屋に控えていた奴らのことだろう」


「なんだ、お前さん、冗談も言えるのか」


「うむ、貴様のことは胡散臭いとは思っていても、怪しくはないと心得ている」


「なんだ、そりゃ」


「うむ、ほんの塵芥(ちりあくた)の如くだが、認めていると言ったつもりだが」


「そりゃ、どうも」


 ジュウベエの表情も変えずに漏らした言葉に、ハンゾウは苦笑いしながらも、懐から取り出した町の大雑把な地図を広げ、やはり大雑把に今回の計画を話し始めた。


「その怪しいヤツらってのは、アイツらだけじゃねぇ。この町のほぼ全員が手代の息の掛かった者たちだと思ってくれていい。何しろいつの間にか町全体が手代の私設関所みたいになっちまってるからな。茶屋も宿屋も形だけだ。おまけに手代とやらも、怪し気な刀を振り回してるって話だぜ」


 地図を指し示しながらハンゾウが説明する。大雑把に見えながら、その地図には所々に細かい書き込みがあり、内偵の成果を伺わせる。


「そこで街道上で、ドンパチやるのは避けたい。よって勝負の場はここ」


 地図上のある箇所をとんとんと指で叩いて、ハンゾウはその場所を示した。


「手代の屋敷だ」


 熱心に打ち合わせる二人をよそに、ミトは先ほどから名所図会を熱心にめくっている。こんな状況でも観光は諦めていないようだ。

 (しばら)く顎の無精髭を撫でながら、意味有りげな視線でミトを眺めていたハンゾウは、何やら意を決したように声を掛けた。


「嬢ちゃんにも、ひと働きお願いしたいところなんだけど、どうだろう」


「いやっ」


 ハンゾウの問いかけを、即座に断るミト。


「そう言わずにさぁ。力を貸してくれねぇかな。俺だって慣れてねぇんだよ、こういうのはさ」


 助力を請うハンゾウは、いつになく真剣そうに見える。


「いつもはこんな荒仕事はしてないんだよ。こうもっと平和な、迷い人探しとかばっかりでね」


「だめっ」


 しかしミトの返事は、やはり素っ気ない。


 ハンゾウは精一杯の誠意の籠った視線を送る。それを躱すように目を逸らすミト。

 ジュウベエには、胡散臭い男が馴染みの店の娘をからかっているようにしか見えない。この遣り取り。


「どうしても、やっちゃ貰えねぇか……」


「だってボクは、見ての通り、か弱い女の子だし」


 わざとらしく肩を落としてみせるハンゾウは、大きな溜息をひとつ。


「……そうだな。やっぱり子どもには、ちと荷が重過ぎるかもしれねぇな」


「だーかーらー、子どもじゃないって何度言えば……」


 ちらりとミトを伺いながら発するハンゾウの言葉に、彼女は、それまでの勿体振った態度を大きく翻した。


「あーもー、しょうがないなー。そんなに頼むんなら、やってやろうじゃないの」


「すまねぇな。お嬢ちゃんは……、ほら小柄だからさ、いろいろと」


「だから小さくないって、これから育つんだって」


 ミトには見えないよう、舌をペロリと出すハンゾウ。やれやれといった顔のジュウベエは、彼に釘を刺す。


「何をさせようというのかは判らぬが、子どもに危ない真似はさせるなよ」


「アンタたちって、ほんっと失礼よね。別にアンタたちのためにやるんじゃないんだからねっ。ボクがやりたいから、やるんだからねっ」


 むくれるミトに、今度は本心からか、初めて見せる神妙な表情をしたハンゾウが言った。


「悪かったって。危険なことはさせねぇ。その代わり、いいもんやるからさ」


 ミトは一瞬、うれし気な表情をするものの、そのすぐ後には一転、ジト目で彼に詰め寄る。


「なにをくれるっていうの。ホントにいいものなんでしょうね」


「おおっ、いいもんさ。お礼にこれをやるから、機嫌を直せ」


「なにそれ」


「閃光弾だ。思いっきり地面にでもぶつけりゃ辺りは真っ白な光に包まれる」


「そんなもん、ボクにどうしろって言うの?」


「敵の目眩しになる。逃げられるだろ、その隙に。いらないなら、やらない」


「……いる」


 ハンゾウから受け取った閃光弾を、ミトは意外にも大切そうに懐にしまってゆく。


「仕方がないから、やってあげる。その代わりこれが終わったら、二人とも今度はボクのお願い聞いてよね」


 思わぬミトの言葉にふたりは驚くが、どこ吹く風とばかりに、彼女は澄ました顔で言った。


「それで、ボクになにをやれって?」


「ああ、それなんだが、ちょっとこっちへ来てくれ」


 ハンゾウは出入り口の戸を開けると、中から慎重に周辺の様子を伺った後、ミトを手招きした。


「あれ、見えるか」


「あれって、どれよ」


「だからあれだよ」


 最初は首だけ突き出して辺りを見回していたが、徐々に小屋の中から表へと出てゆく二人。

 そして完全に出てしまった瞬間、ハンゾウはミトの背中をぽんと押して、小屋の前へ送り出す。

 と、同時に体を翻すと、素早く小屋の中に戻り、戸をぴしゃりと閉じて鍵を掛けてしまうのだった。


「さぁ、お嬢ちゃん、お仕事の始まりだ。頑張ってくれ」


  *


「ちょっとー、ここ開けなさいよーっ!」


 小屋の外に一人取り残されたミトは、手のひらで戸をバンバンと叩く。


「お嬢ちゃんの仕事はな、表にいる連中の相手だっ。どこでもいい。とにかく逃げて逃げて逃げまくれっ」


 ハンゾウのとんでもない返事に、ミトは思わず戸を蹴っ飛ばした。


「ハンゾウったら、覚えてなさいよーっ!」


 捨て台詞を吐き捨て、振り向いた彼女が見たものは、建物の陰から姿を現す正体不明の(やから)ども。

 手に得物はないようだが、何やら、いやらしい笑みを浮かべているようにも見えなくもない。


「こういう時は……、自己流秘技っ! 中央突破ーっ!」


 元気良く、目の前の通りに飛び込み、勢い良く駆け出してゆくミトであった。


  *


 ミトの軽快な足音と、それを追っていったであろう複数の足音が去っていった頃。

 ハンゾウが戸を開けると、そこに立っていたのは中年の武士が三人。

 お昼前にジュウベエが、うっかりと倒してしまった男たちである。


「お疲れ様ですな、ハンゾウ殿」


 彼らの挨拶に、軽く一礼を返すハンゾウ。


「この後は、この前話した手筈通りに願う」


「付かず離れず、彼女を見守るのですな」


「ああ。あのお嬢ちゃんの相手をするんじゃ大変だろうが、よろしく頼むぞ」


「はっはっは。では我々もぼちぼち参りますか。ハンゾウ殿にもご武運を」


 踵を返し、歩き出す中年武士たち。その歩みはゆったりと見えて、意外な程の速さで町の中に消えてゆくのであった。


  *


「なにをやっておるのだ、貴様は」


 一連の出来事を呆然として見守っていたジュウベエは、掴み掛からん勢いでハンゾウに詰め寄る。


「あの者たちは公儀の役人、先の宿場の警護役といったところか。しかも腕も立つだろう。足捌きひとつとってもそれが判る」


「ああ、大体そんなところで正解だな」


「そんな者たちを統べる、貴様は何者だ」


「だから、只の同心だよ。その仕事のひとつには、家出人の捜索と保護なんてのもある」


「あの(むすめ)のことか……」


「ああ、あのお嬢ちゃんを連れ帰るのは一筋縄じゃいかねぇ。しかも悪徳手代の件も同時にかたづけなきゃいけねぇ」


「ふむ」


「だから、お嬢ちゃんのことは地元の者たちに任せた。手代の方もお前さんに丸投げしたいが、そういう訳にもいかんだろう」


「うむ」


「だいたい、お前さんだって、行きずりで出会っただけの嬢ちゃんのこと、守ってたんじゃねぇのか」


「あれは、(それがし)も家を飛び出してきた身の上。子どもとはいえ、男の旅を放ってはおけなかっただけなのだ」


「ははっ、正体は大志を抱いた少年じゃなくて、跳ねっ返りのとんだお転婆お姫様だったけどな」


「全くだ」


 口ではそう言いながらも、心配そうにミトが逃げたであろう方向に視線を送るふたり。


「では俺たちも御役目を果たしにいこう」


「今回のところは助太刀してやる。有り難く思うのだな」


  *


 一方、その頃のミトは——。

 既に壁際に追いつめられ、ジリジリと迫る追っ手と睨み合っていた。

 追っ手の何人かは、まだ少年といっても良いくらいの若者たちだ。


「ご、ごめんなさいっ。仕事なんです」


 抱きつくように掴みかかってくる相手をひらりと(かわ)す。


「何やってんだっ。全員でいくぞっ。せーのっ」


 一斉に飛びかかってくる、その手が触れる寸前、ミトは彼らの頭上遥か高くに飛び上がっていた。

 信じられないような跳躍力。まるで猫のように宙でその身を回転させた彼女は、追っ手の背後にふわりと降り立つと、彼らの間をするりと駆け抜けていく。

 ミトの追いかけっこは、まだまだ始まったばかりなのであった。


  *


 手代の屋敷を目指している最中。こうしている間も、二人には数々の敵が、手に手に得物を携え、断続的に襲い掛かってくる。

 それを叩きのめしながらふたりは歩みを進める。もっとも、来る敵来る敵を、片っ端から切り伏せているのはジュウベエだけであったが。


「少しは貴様も戦ったらどうだ。避けるのだけは巧いようだが」


「俺は戦闘向きじゃなくてね。それよりコイツらはヤッちまうなよ。後でじっくり話を聞かなきゃならん」


 地面には屍が累々と転がっている。いや別に息はあるのだが。ひくひくと身体を痙攣させ、正に虫の息といった様相を呈していた。


 町中にある、目指す屋敷も間近に迫る路地。しかしそれは、曲がり、突き当たり、なかなか屋敷には近づけない。


「ふむ、まるで迷路のようだな」


「ああ、城の下に作られた町と同じだ。侵入者が容易に入り込めないようになってる」


 内容とは裏腹に、二人の表情に焦りは見えなかった。

 そこへ突然、頭上から無数とも思える矢が、雨あられと降り注ぐ。

 敵が塀の向こうから、気配を頼りに無闇と放っているのが窺えた。


「あぁ、面倒臭ぇなぁ、全くよう」


 ハンゾウはひょいひょいと器用に矢を避けながら、矢の飛んで来る心配のない、手近な長屋の軒下に逃げ込む。


「ふむ。ならばこうすれば良かろう」


 飛んでくる矢を刀で叩き落としていたジュウベエは、たんっと踏み込むとハンゾウの脇の壁を切り裂いた。


「どうせ、やつら一味のものだ。気にすることもなかろう」


 ほう——。ハンゾウは、一瞬意外そうな表情をするが、すぐにその口元には笑みが浮かべる。


「でかしたっ! さっ、いこうぜ、ジュウベエ」


 大きく崩れ始めた壁の隙間から、ふたりは一気に中へと飛び込んだ。

 飛び込みながら、ハンゾウは矢の飛んでくる方向へ、何かを投げ込む。


「今、何か投げたであろう。あやつらに何をしたのだ」


 問いかけるジュウベエの背後で、塀の向こう、大きな爆発音と白い光が上がるのが見えた。


「面倒だから、ちょいと寝てもらったのさ」


  *


 その男、元は辺境の小国ながら、その一角を治める一族の跡取り息子として生まれた。

 その辺境の国では、先の大戦(おおいくさ)前までは身分制度が非常に厳しく定められており、力はあれども下級の身分の者が上に取り立てられることはなかった。

 大戦(おおいくさ)の後は、新しい領主が配され、新たな体制の許、その制度も大幅に改められる。合議制によってその職に相応しいものが就くようになったのだ。


 しかし辺境の、そのまた地方の支配を任されいた一族は、大戦(おおいくさ)の後も何らかの手管を用いることで、その地での変わらない権力を保ち続けていた。

 あまりにも辺境の、あまりにも小さな町での話。その町の惨状は表に出ることもなく、一族の独裁によって、下級階層の民の暮らしは酷くなる一方であった。


 一族にとっては自分たちの優位性は常識であり、下級階層の民を甚振(いたぶ)っているという自覚すらなかった。下級民の犠牲さえ連綿と続く歴史の一つであるという認識だったのである。

 例えば、それは楽しい夕げの時間、その家の末の息子が如何に厳しく、粗相をした下級民の使用人を躾けたか、という話題が武勇伝として笑い話になる程度に、当たり前の出来事であった。


 そして一族の搾取により疲弊した町から、遂に他国へと逃げ出す者が出始めた頃に事は起こった。支配者一族の屋敷が次々と炎上。何人かは生き残ったらしいが、その後は行方知れず。一族は、ほぼ全滅となったと伝えられている。

 町の民の多くは、ようやく一族の悪事に気がついた小国の領主が、何らかの方法で彼らを粛正したのだろうと噂した。


 そんな曰く付きの一族の生き残り。今は遠く離れた地で、悪徳手代の用心棒を生業としているのが、この男である。


  *


 ハンゾウから聞かされる、用心棒の中でも、その過去も含めて、最も注意すべき人物。


 あの男、嫌な目つきをしていた——。

 ジュウベエは思い起こす。先だって顔を合わせた商家の若旦那風の男。

 慇懃無礼な態度から、隠し切れない不穏な空気を撒き散らしていた男。

 自分以外の人の命を奪う事を何とも思っていない。それどころか、自身のためなら当たり前だと思っている目の男。


 とその時、邸内から出てきたのだろう。路地の角から、手に手に得物を握った用心棒たちが、わらわらと現れる。


「じゃ、そういうことで、ひとつ頼まぁ」


「貴様、どこへっ」


 ジュウベエが、ハンゾウの方へ視線を向けた時、既に彼は煙のように消えていたのだ。




 ふむ、やつは屋敷の中へでも飛んだか——。

 ハンゾウの行方を推し量るジュウベエに、容赦なく、次々に切りかかる用心棒たち。

 それを一刀両断のもと切り捨てる。例によって、口から泡を吹いているものの命に別状はなさそうだ。


「囲め、囲めえーっ!」


「一気に行くぞ、一気にっ!」


 前方から取り囲むように迫り来る相手を、優雅な動きで横に薙ぎ払う。


「愚かな。この道幅で(それがし)を囲める筈なかろう」


 左右から周り込もうとする相手にも、刀を一閃。声を上げる間もなく敵は倒れていく。


「広い庭にでも、待ち伏せていれば良かったのだ」


 そう言い捨てると、素早く前方へ踏み込んで鳩尾に当て身をくらわす。

 相手の目には、一瞬のうちにジュウベエが目の前に現れたように映っただろう。


「もっとも、囲まれたところで、どうということもないが」


 あれだけいた用心棒たちも動けるのは残り僅か。その殆どが地面に倒れ込み呻き声を上げている。


「くそっ、覚えてろよ」


 用心棒たちは口々に、お決まりの捨て台詞を吐くと、踵を返して屋敷の方へ逃げていった。

 彼らが屋敷の角に姿を消した途端、パンパンッという何かが破裂するような音が響き、次いで、どさどさっと人の倒れるような音がする。


 すると、先ほど逃げ出した用心棒の一人が両手を上げて、後ずさりするように一歩、また一歩と戻ってきた。


「いけませんねえ。お願いした仕事は済ませていただかないと」


 後ずさりしていた用心棒の背が塀に当たり、それ以上退がれなくなったとき、何か不穏な雰囲気を全身に漂わせたその男は姿を現した。


「た、助けてくれ。兄貴」


 顔は青ざめ、手は震わせた用心棒は、首を左右に振りながら懇願する。


「いいえ、粗相をした使用人は厳しく躾けなくてはいけません」


 慇懃な物腰に、冷徹な目つき、口元だけが凶悪に嗤う。

 その瞬間、用心棒は若旦那に背を向け、ジュウベエの立つ方へ逃げ出した。

 と同時に、またもや一発、パンッという何かが弾けるような乾いた音が鳴る。

 前のめりに倒れ込む用心棒。その後ろ頭には、小さな赤黒い穴が穿たれていた。


「それに、あなた方のような下民に兄貴……、などと親し気に呼ばれる筋合いはございません」


 先だって、会った時と同様に、商家の若旦那風な装い。

 違っているのは、その手に見慣れない、黒い筒が握られていたこと。


「飛び道具……か」


 男の手に握られているのは、不穏な匂いを漂わせる、鈍い光を放つ黒い筒。

 それを左手を台座のように使い、交差する筒を握った右手を手首の位置で固定する。


「これは、私を上級民へと還すための道具、回転式連発拳銃です」


 そう言って、彼は自身の眼前で銃を構えると、ジュウベエの眉間に向けて照準を合わせた。

 ジュウベエは正眼の構えをとる。その切っ先もまた、男の眉間にぴたりと狙いを定めている。


「なんですか、その構えは。道場で剣術を習いたての(わらし)でもあるまいし」


 嘲るような薄笑いを浮かべる男。無言で、じわりじわりと摺り足で間合いを詰めるジュウベエ。


「的が、自ら近づいて来るとは愚かな。私が、貴男に当てやすくなるだけですよ」


 男が引き金を引き絞る瞬間、ジュウベエは俊敏で力強い踏み込みを見せた。

 放たれた弾丸を刀を立てて弾き飛ばし、その刀身はそのまま男の銃を持つ手を跳ね上げる。

 刀を握った右手は振り切り、更に踏み込んで左の拳による一撃を放ったかのように見えた。


 が、その間際、ジュウベエは、握った拳を開くと、男を突き飛ばして大きく後方へ飛ぶ。

 のけぞる男の、もう片方の手に握られた銃は、天に向かって虚しく音を響かせた。


「これは、撃てる数が決まっていましてね。こうして予備を持っているのですよ」


 蹌踉(よろ)けた態勢を立て直しながら、両手に銃を持った男は、不気味な笑顔を浮かべ不遜に(うそぶ)いた。


「貴男が近づいて来たときを狙って、不意打ちを仕掛けたつもりだったのですが……」


 話しながらも、男は両手の銃を続けざまに放つ。それをまた難なく、刀で弾き返すジュウベエ。


「おや、こちらはもう弾切れですか。仕方ないですね」


 男は撃ちきった銃を腰に差すと、残った銃を両手で構え、撃鉄を引き起こした。

 それに対しジュウベエは、再び、すうっと正眼の構えをとった。


「次は外しませんよ。しかも私には、まだ奥の手も……」


 男が言い終わらないうちに、ジュウベエは先ほどの上をゆく、疾風迅雷の勢いで踏み込んだ。

 一撃目とは、比べ物にならない速さ、そして強さ。瞬きひとつの間に勝負の行方は決まる。

 一度の踏み込みで、右手・左手・鳩尾へと三度の突き。男は一度も引き金を引くことなく仰向けに倒れた。


「勝負の最中に口数が多いのだ、馬鹿者」


 ジュウベエは、倒れた男を見下ろし呟いた。動かなくなった男の乱れた懐からは、少し形の違うもう一挺の銃が見えている。


「もうひとつ隠し持っていたのか。こんなものが奥の手だったという訳か。実に、つまらん」


  *


 暮れかけた陽も夏の始まりでは、屋外はまだ充分明るい。

 しかし閉め切った屋敷の中には陽光が届かず、邸内は淀んだ空気と共に、より一層暗さを増している。


 手代は一番奥の間に隠れているだろう——。


 そういった見当のもと、広い邸内を、慎重な足取りで進むハンゾウ。

 屋敷に辿り着くまでは、鉤手・丁字路・袋小路……。城下町並みの仕掛けが満載だったが、ここには罠のひとつもなかった。


「その代わり、と言っちゃ何だが、壁といい床といい……無駄に豪華な造りだね、こいつは」


 ひとり呟くハンゾウの前に現れたのは、蔵のように厚そうな漆喰の壁と、重そうな鉄の扉。


「邸内に蔵か……。ここがヤツの文字通り、最後の砦って訳だ」


 ハンゾウは、軽くコンコンと扉を叩き、ふんと頷くと、無造作に扉の取手辺りを殴りつける。

 扉の内で、次々に何かが壊れる音が静かに響く。音が鳴り止むと同時に扉は静かに開いた。


 蔵の中には、脇差しと思しき、短くはあるが、異様なほど妖しい光を放っている刀を構えた手代が、こちらを睨んでいる。


「怪しい妖術使いめ。この儂に向かって何用だ」


「俺は別に妖しい術なんぞ使ってねぇよ。まぁ、存在が怪しいってのは認めるけどな」


「うるさいっ! この妖刀の餌食となるが良い」


 手代は上下左右、滅茶苦茶に妖刀を、幾度も幾度も振り回し始めた。

 その素人同然の切っ先を躱しながら、手代に近づいていくハンゾウの頬の横を何かが掠める。

 思わず飛び退いたハンゾウの後ろで千両箱が真っ二つに割れ、中から黄金色の小判がザラザラと零れ落ちた。


「ふっはっはっはっは。見たか妖刀の力をっ!」


 妖刀を振り回し、斬撃を飛ばす手代。しかしハンゾウは、ひょいひょいと器用に(ことごと)く斬撃を避けた。


「くそっ、くそっ!」


 尚も次々に飛んで来る斬撃を、まるでハエでも追い払うかのように、無造作に手の甲で叩き落とすハンゾウ。


「まぁ、術ってのも色々あってね」


 ハンゾウは手代に向かって歩みを進めながら、まるで子どもに何かを教えるような口調で彼に語りかける。


「言霊を重ねて発動させたり、精霊の力を借りて発動させたり……。そいつみてぇに何か力の込められた道具なんてのもある」


 肩で息をする手代は、妖刀の力が通じないことに呆然として、構えたままの姿勢で立ち尽くすばかり。


「俺は訳あって近頃じゃ、そんな術が使えなくなっちまってな……。ただ力を集めるのと、それを体ん中で練るのは得意なんだよ」


 近づいてくる気配に、遠くを見る目をしていた手代は、はっと構え直すも、ハンゾウは既に間近に迫り、その手を振り上げる。


「だから俺はこんな時、力を込めた拳で、相手を思いっきりぶっ飛ばすことにしてるのさ」


 ひっと声を上げると、その手の妖刀を放り出し、背を向け両腕で頭を抱え蹲る手代。首筋にちょんと手刀を入れると、呆気なく失神した。


「今までやってたのは、力を使っちゃいない只の体術だけどな。ま、聞いちゃいねぇか」


 手代が放り出した妖刀を拾い上げ、転がっていた鞘に収めながらハンゾウは笑った。


  *


「もう夕方近いのかな。だいぶ涼しくなってきたね」


 すうっと大きな深呼吸するミトだったが、どこからか漂ってくる異臭に、顔をきゅっと(しか)める。

 どうやら自分自身が匂いを発する源だと判ると、胸元や脇などを盛んにクンクンと鼻をひくつかせた。

 それが羽織の裾辺りからだと知ると、うげっと顔を歪めたが、その表情は次第に笑いに変わる。

 匂いの付いた原因、つまりは馬丁通りでの起きた、事の次第をひとつひとつ思い出したのだ。


 あの時のやつらの顔ったら——。

 匂いのコトも忘れ、残り少なくなった握り飯を頬張ると、また元気が出てくる気がした。

 手近にあった大きな石の上に腰掛け、今日半日の出来事について、あれやこれやと考えを巡らす。

 思えば、町の山側の端から、脇道や街道を横切り、海側の端まで追いかけっこをしてきたのだ。


「これもまた、立派な冒険よね。あんまり、やりたくはなかったけど。少し楽しいかも」


 やはり残り少なくなったお茶を一口飲むと、彼女は再びすっくと立ち上がるのであった。


  *


 屋敷の広い庭が良く見える長い濡れ縁に、運んできた手代をどさりと転がすハンゾウ。

 庭を照らしている眩しかった陽も、先ほどまでと比べれば少しだけ和らいでいる。

 縛り上げられた手代は、先刻より気を失ったまま、ぴくりとも動かない。


「妖刀使いと聞いて警戒してたんだが、ただの小悪党だったな。むしろ、あの用心棒が手強かったか」


 俺があっちに、いった方が良かったのかもしれん——。


  *


「てめーら、全員、ブチのめすっ!」


 ミトは、今度こそ間違いなく閃光弾を手にしていた。

 前方にいる連中の、足下目がけて閃光弾を叩き付ける。

 と同時に彼女は、包囲陣のど真ん中に向かって駆け出した。

 目映い光と共に、何かの力も解き放たれ、辺りに広がってゆく。

 言うなれば真っ白な闇。それは、地面も、空も、追っ手たちも、そしてミト自身をも飲み込んでいくのであった。


  *


「貴様は先ほどから、何をぶつぶつと独り言を言っているのだ」


 気味が悪い——。とばかりに眉間を皺を寄せるジュウベエが、そこに立っていた。


「うわっ。お前さん、いつからそこに」


 ここまで襟首を掴んで引きずってきたのであろう、拳銃の若旦那をどさりと放り捨てる。


「貴様が、庭に現れた辺りからだが」


「それじゃ、殆どハナっからじゃねぇか。人が悪いなぁ」


 決まり悪そうな顔で、顎の無精髭を撫でるハンゾウに、ジュウベエの視線が痛いほど突き刺さった。


「まだ生きてるのか? そいつだけは、ばっさりヤッちまっても良かったんだが」


「ああ、両の手の甲を砕いた故、二度とこの銃とやらは握れまいが」


「そうか。ありがてぇ、これでコイツの取り調べもできるってもんだ」


 さっそく手慣れた調子で若旦那を縛り上げ、手代と一緒に並べて転がす。


「さて、そろそろお嬢ちゃんを迎えにいってやるか。大人しくしてればいいんだが……。まず無理だろうな」


「ふむ、さもありなん」


 庭に佇み、ミトがいるであろう方角の空を見上げた、ふたりの頬を、夕暮れの風が優しく撫でていった。


  *


「うわあっ、なんだこりゃあっ」


 その光景を見たハンゾウは、思わず大きな声で叫んだ。


「うむ、さもありなん」


 ジュウベエは至って落ち着いた様子で、いつもの鹿爪(しかつめ)らしい顔を崩さない。


 赤い夕陽が辺りを照らす中、ある一点を中心とした謎の人の環。

 無駄にキレイな同心円を描くように並んで、皆眠り込んでいた。


 大外の環は、若手であろう冒険者たち。みな何かから後ずさりしているかのように仰向けに向けて倒れている。

 真ん中の環には、ベテランらしい冒険者たちが揃っていた。何故か皆一様に両手を上げ、前のめりに倒れていた。

 最前列には件の公儀護衛官、中年武士が三人揃って、なんとも美しい土下座を、これでもかと決めたまま眠り込んでいる。


 そして、環の中心にはミトがいた。彼女は走り出した直後にパッタリと倒れたような、不思議な格好で気を失っていた。というより寝ていた。可愛らしい寝顔と可愛くないイビキとともに。


 ミトの周辺を調べていたハンゾウは、ふいに大声を上げて笑い出した。

 倒れているものを順に介抱して回っていたジュウベエは、笑うハンゾウに訝しげな表情で近づく。


「いや、原因が判ったぞ。こりゃ、あの閃光弾を使ったんだ」


「閃光弾というと、目眩しに使うものだろう。それだけで、こんな風になるものなのか」


 日頃から刀一筋で、こういった小細工には、とんと疎いジュウベエは、更に訝しげな表情を深めた。


「ああ、あれは特別製でね。中には炸裂と同時に発動する眠りの術を仕込んでおいたんだ」


「そんな怪しげなものを、この(むすめ)に与えていたのか」


 訝しさを通り越し、呆れ顔となったジュウベエに、ハンゾウは胡散臭くも涼しい顔で答える。


「より安全に逃げられるように、お上お抱え技師謹製の逸品だったんだが」


「使った本人まで眠り込んでいるではないか」


「閃光弾ってのは、光で目を眩ませるもんだ。普通は投げたら、光に背を向けるもんなんだがな」


「この娘は光に向かって飛びだした、ということか」


「おそらくな。眠りの術も光を見た者に効くようになってた筈だ」


「ふむ、おおかた娘が何かやらかしたのだろう、とは思ってはいたが」


 顔を見合わせて、苦笑いをするふたり。ミトは気持ち良さそうな寝顔を見せていた。


 倒れていた者たちも概ね息を吹き返し、ハンゾウは労いの言葉を掛けて周っている。

 最後に、彼は公儀護衛役と何か話すと、お互いに深々と頭を下げ、こちらに向かってきた。

 護衛役たちも、号令のもと冒険者たちを率いて、ぞろぞろと何処(いずこ)かへと去っていった。


 いつまでも目を覚まさないミトを介抱していたジュウベエだったが、仕方なさそうに彼女を背に負ぶった。

 まるで仔猫でも抱き上げるかのように、ひょいとミトも持ち上げたところで、折から近づいてきたハンゾウから声が掛かる。


「ところで、これからどうすんだ、お前さん」


 ハンゾウの言葉は、自身の身の振り方までをも問われた。そう考えたジュウベエの心は少しだけ波打つ。


「今朝がた、お前さんたちに出会った宿場に宿を取ってあるんだ。良かったら一緒に来ないか」


 心配していたのは今夜の宿であったハンゾウに、鹿爪(しかつめ)らしい表情を、ほんの少し緩めるとジュウベエは答えた。


「この娘のこともある。ありがたく参ろう」

 

 まだうっすらと明るい、初夏の夕闇の中、三人は道を急ぐ。

 とは言ってもミトは、ジュウベエの背中で、すやすやと寝息を立てていたが……。


  *


 宿に着いた途端、それまで眠っていたミトが、突然目を覚ます。


「うーん、ここはどこー?」


 とは言え、寝起きの彼女は、意識も定かではなく、目も焦点が合っていない。

 暫くはジュウベエと、ハンゾウの顔を、ぼーっと眺めていたが、少しずつその意識は覚醒していったようだ。突然、涙目となって、二人に猛然と抗議を始めた。


「まったく、なにしてくれてんのよ、ハンゾウ! ジュウベエも、なんで助けに来てくれなかったのよ! こっちはタイヘンだったんだからねっ!」


 騒ぎ出したミトに、ハンゾウは諭すように事の次第を話し始めた。


「お嬢ちゃんには、今朝早く都の家から捜索願いが出されてるんだ。明日の朝には迎えが来ることになってる」


 やれやれと首を竦めるハンゾウに、そっと尋ねるジュウベエ。


「あの娘は、そんなに名家のお姫様だったのか」


「ああ、諸般の事情で家名は明かせないが、お前さんも名前くらいは聞いたことあると思うぜ」


 散々悪態をついた後、ミトは両手を畳に突き、がっくりと項垂れている。

 暫くはそうしていたが、やがてゆっくりと立ち上がると、左手を腰に当て、右手をビシッという音が聞こえそうな勢いでこちらを指差した。


「約束っ!」


 突然の言葉に、訳が判らず顔を見合わせたふたりにミトは続ける。


「約束よ、約束っ。したでしょ、アンタたちに騙されて追っかけっこする前にっ。ボクのお願い聞いてくれるって」


 ああ、あれか——。得心するふたりに、彼女は更に畳み掛けた。


「これから修行の旅に出ます。アンタたちふたりは、ボクの護衛をするように」


 何を言い出すんだ——。慌てるハンゾウを余所に、ジュウベエはすっとミトに歩み寄る。


「修行の旅か。娘の身ながら、その心意気まことに良し。微力ながら(それがし)も手伝わせてもらおう」


 ジュウベエの思わぬ意思表明に、さらに焦りの表情を見せるハンゾウ。


「おい、何をとんでもないこと言い出しやがる。そんなことしたら、お前さん(かどわ)かしの罪を着せられるぞ」


 ならば、とジュウベエは、ハンゾウに向かって振り向きながら口を開く。


「貴様も一緒に来い。(それがし)の行いを見定め、無実の証人となるが良い」


 そして——。ジュウベエは更に言葉を続けた。


「今日の所は任務失敗だ。明日からも続けて、ミト殿の保護と帰還に勤めれば良かろう」


 いまや完全にミトの横に並び立ったジュウベエは、珍しく口元だけでなく、目まで薄く微笑んでいる。

 ミトはといえば、花の咲いたような笑みを浮かべて、ハンゾウを見つめていた。


「わかった、わかった。どうせ西の都へ帰るんだ。ついでに面倒見てやるよ」


 やれやれ——。額に手を当て、首を振るハンゾウ。

 しかし、その目には、どこかうれしそうな光を湛えているのを、気付く者はいないのであった。

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侍、刀、そして魂。—時代劇風冒険活劇ファンタジー/Samurai, Sword and Souls—
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