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招かれざる客人

 そして、悪い予感は的中することになる。

「あと、どれくらいかかりますかね、キアラ?」

 シアラが妹に確認しようと猫のほうから目を離したほんの一瞬のすきに。

「あ、シアラっ、そっちに行った! 押さえてくれたまえ、君っ!」

 間髪いれずに七川が叫ぶのだった。

「わっ、わわわ、姉サマ! ちゃんと猫を見て! 捕まえてっ、あ」

 キアラも独眼を見開いて叫んでいた。

「おまえちゃんと見張ってろってぇえええええええ! 何してんだバカ!」

 リックからの一喝が飛んだが、時すでに遅し。

「う、わ、わ、わ、もう!」

 目を離した刹那、シアラに向かって黒猫が渾身の勢いで突進する。

「ニャっ!」

「ひゃ、ひゃわあああああああああああああっ」

 キランと黒猫の目が鋭い光を帯びていた。

 それと同時、言いようのないまでの混乱と、自分よりはるかに身体の小さなソレに対する謎の恐怖感が突如としてシアラに降りかかってくる。

「ニャッハーっ!」

「いやん」

 突然のことに気が動転して、アタフタするばかりのシアラの股下を黒猫が素早く抜けていくのを彼女はただ見届けることしかできない。

「ああ、もう!」

 その瞬間に生じた凄まじいまでの風圧でふわりとシアラのスカートがめくられて、彼女の穿いている縞パンツが露わになった。

 泣きっ面に蜂。文字通りの完敗だといえる。

「……って、きゃーっ!」

 慌ててスカートを押さえて、恥ずかしそうに独眼を閉じて頬を桃色に染めたシアラ・グルード。このシアラの油断のおかげで、ターゲットであるはずの黒猫は見事その場を切り抜け、完璧に見えた4人の包囲網から辛くも逃れることに成功したようだ。


 さて、これに素人爵リック・ワーグナーはすさまじい落胆を見せたかというと、そうでもなかった。


 それよりも、むしろ。

「めくれたスカート。むっちりとした太もも、黒のニーソックスの黄金比率。何よりも縞パン……ヒモパン……素晴らしい」

 その光景に思わず感嘆の言葉すら述べかけていた。

 だが、さすがのリックもやがては「……いやいやいや、そんな場合じゃねーよ俺」と自らの頬をパシパシ叩く。

 そして、「いかん、いかん」と彼の頭の中で連続再生されるその光景を打ち消した。

 しかし、もはやその頃にはターゲットの黒猫の気配は消えていたのだった。

 一瞬の混乱に乗じて、4人の包囲網を抜けたばかりか、今では気体になって蒸発してしまったかのようにすっかりと姿を消している。

 かく乱作戦に出たのか。

 だが、どのみち炙り出される運命にはあるだろう。それまでは姿を消して、再び外へと逃げられるチャンスがないか窺うつもりなのかもしれない。

「くっそ。だが、まだ終わりではない。この居酒屋は先ほどから完全封鎖されている。だから必ずこの中にいるはずだが。……く、やつはどこに消えた」

 ここにきてようやく探偵らしい言葉を七川若奈々は口にすることになった。

 ある意味で、皮肉な展開だといえる。

「ちっ、いいだろう。これからが本当のショータイムってわけだね、ブラックキャットさん」

 七川は苦虫をかみつぶしたかのように渋い表情で短く舌打ちをすると、鹿撃ち帽の鍔を思い切り引っ張り被りなおす。

「…………」

 ドワーフの店主はといえば、人入りの悪い夜に居酒屋で起こったこの騒動に唖然とするばかりだ。


 そんな彼に向かって迷探偵が短く問うた。

「一応きいとく。いまの猫はあんたの飼い猫かい?」

「いや、いや、いや」

 店主はブルブルと首を横に振っている。

「じゃあ、やつはわたしたちが責任をもって引き受ける。いいかな?」

「……持ってかえってもらって一向に構わねえよ」

 店主はやるせなさそうに嘆息するとそう応えた。完璧だ。

「イッツショータイム!」

 期待した通りの返答に七川は指をぱちんと大きく鳴らすと、「ふん、ふん」と不敵な笑みを浮かべていた。

「…………」

 一見したところではターゲットは完全に姿を消したように思われる。

 だが、ここは元々がそう広い店でもないのだ。ターゲットが姿を隠しとおすのには限界があったようで、猫はやはりすぐに見つかった。

 しかし、そこは黒猫にとっては決して居心地がよさそうだとは言えない場所だった。おまけに何かと4人が手を出しづらい環境であるといえよう。

 なお、その場所とは……。

「ニャーゴ」

 黒猫は、どこか挑戦的な瞳をきらめかせて鳴いた。

 酒場カウンター、左端。

 謎の客がちびちびと酒をたしなんでいる、まさにその椅子の下。

 そこに黒猫は陣取るや、丸くなって潜んでいた。

「やれやれ。考えもんだな」

 黒猫を見据えて、七川がどこか居心地が悪そうに口元をひきつらせている。

「……ふふ、猫か」


 そうこうするうちに、カウンターの隅にいるその人物(大きな魔術帽子の隙間からは、丸眼鏡をかけた端正な顔がのぞいた。十代の後半から二十代前半の年齢だろうか。非常に美しい容貌の娘だ)が薄い唇を開くと顔に似合わぬ、どこかしゃがれた声を発した。


 どうやら、足もとに猫がいることには気が付いているようだ。

「あ、あの。その猫をよかったら捕まえてくださいませ。ボクたちの猫なんですよ」

 これを察してキアラは、その魔術帽子の娘に、ぜひ手助けしてほしいというニュアンスの声をかけた。


 すると、魔術帽子の少女は「……よかろう」と微笑してそれに応えると、酒の入っていたグラスをガツンとテーブルに下ろした。

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