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居酒屋と黒猫

「「秘儀……。グランド……ク――」」


 そこまでメイド姉妹が言いかけた時。

「これを食べていくといい」

 店主は皿に載ったローストビーフのような料理を差し出した。

 カウンターごしに振る舞われたのだ。

 先ほどの一撃でほどよく叩かれたのであろうそれはバランスよく筋が断ち切られて肉汁があふれ出る至高の一皿としてそこに輝いている。

「この店オススメの一品『天然ヘラジカ犬のタタキステーキ和風醤油風味』だ。ヘラジカ犬は肉質が硬いから肉叩きで勢いよく叩いて筋切りしてやる必要がある。驚かせたか?」

「お、驚きますよぉ~。ふええええ」

 シアラはふるふるっと肩を震わせて涙声を上げていた。

「迫力ありすぎだよ……、あんたの料理……」

 リック素人爵は思いがけぬ展開に苦笑して、やれやれと肩をすくめた。

「……とりあえず食べてから、一息つこうよ」

 元凶であるはずの七川がなだめるようにそう言った。すでに口の端には涎が滲んでいる。

「お、おまえ」

「「七川さんーっ」」

 他の3人は怒ろうとするが、同時にそれぞれの腹からぐーっという音が響きわたる。

「「「仕方ないなー、もう」」」

 空腹には勝てなかった。

 さて、一件落着。

 まもなくこれに異世界ビールも追加されて、一行はやっと安息のひとときというものを過ごせたのだった。

「いやー、俺、食べるの初めてだったけど、ヘラジカ犬ってこんなに美味いもんなんだなー。ついでに異世界ビールも最高だわ」

 先ほどまでの態度はどこに行ったのか……。

 まるで何事もなかったかのように、リックは異世界ビールを飲みながら恍惚の表情を浮かべている。

「……異世界ビールもタタキステーキも最高なのです。こんな料理作れるなんて、さすが大将なのです。ボクはヘラジカ犬のステーキにはウルサイんですけど、ここは合格!」

 何故か上から目線のキアラ。

「キアラもけっこう酔いが回ってきたわねーっ。にしても料理は美味いし、ビールも美味い。本当にドワーフの大将は見かけによらないですねーっ」

 シアラは吹っ切れたのか、失言連発。

 もちろん、店主のドワーフは怒らない。それどころか、むしろ。

「面白いなぁ。お客さんたち。ほら、もっと飲め、飲め。もう一丁」

 うって変わって、にこやかな笑顔を振りまくと4人に異世界ビールを勧めてくる始末。

 だが、これが本来の居酒屋のあるべき姿なのかもしれない。

 と、そんな中。

「さーて、お客さんもいないことだし店内も細かく見てみるかなー」

 そう言いかけた七川は席を立って入り口のほうに目をやった。

「…………」

 途端、彼女はまるで幽霊を見てしまったかのような顔つきのままで黙り込んでしまったではないか。

 ついでにそのブラウンアイズはその一点を見つめたままで動かない。

 一体、彼女に何が起きたのか。

「おい、七川。どうしたんだよ?」

 この異様な私立探偵の様子に気づいて、リックが心配そうに声をかける。

「…………」

 だが、少女はこれに対して返答するでもなく。まるで美術館の彫刻のごとくその場に固まったままで動かない。

 それもそのはず。

 七川の視点の先にはソレがいた。

 そして、ソレは確かに「ニャーオ」と鳴いた。

「ニャーオ」

 まさしく黒猫だ。

 赤い首輪の黒猫が、居酒屋の入り口に開いた隙間から、その姿を見せているではないか。

「……こいつ、メーサだ。赤い首輪だし、間違いない」

 それだけ言い残すと、私立探偵は身構えてそのまま黒猫を捕まえんとばかりにダッ、という音と同時、勢いよくそちらに駆け出す。

「ニャッ、ナーオ!」

 黒猫はその少女が自分を狙って飛び出してきたのに気づくや否や、いきなり天高く飛び上がった。

 そして、そのまま入り口から逃げ出さんとばかりに素早く向きを変える。

 しかし、さすがは猫捜し界の自称シャーロック・ホームズ。この時の七川若奈々の反応は普段の彼女からは想像できないくらいにスピードアップしていた。

「甘いんだよ」

 次の行動を予測して、彼女は猫よりも先に入り口のほうに回り込んでいたのだった。ついでに、七川によってガラガラッ、と入り口の扉が閉ざされ、小さな隙間は消滅した。

 事前に、猫が次にとるであろう行動を先読みしていたのだ。

 これによって、黒猫は居酒屋の中にいったんは閉じ込められたことになる。

「ニャ、ニャオオーオン」

 猫は不安に駆られたような声をあげると、ぶるぶるっと身を震わせた。どうやら、自分の置かれた絶体絶命の状況を悟ったようだ。

「グヌヌ、ミャー」

 その後、大きな双眸でキッ、と七川を鋭く睨んだ。まだ何か含みがあるようにも見えるが、今のところは完全に黒猫の劣勢である。

「さて、と。勝負ありだ。あとは料理してやるのみ」

 七川は、くくくっと冷血なマッドサイエンティストばりの黒い笑みを浮かべて、バキバキっと指の関節を鳴らして見せた。

 猫の立場からしたらこれほど不気味な存在もないかもしれない。

 さて、一方で残りのメンバー3人はというと。

「……ほ、本当に捜していた猫かよ、そいつ」

「意外にあっさり解決したっぽいですね」

「こんなに簡単に5千万も貰ってしまっていいのでしょうか。このままだと、ボクは少々罪悪感があるくらいのスムーズさなのですよ」

 七川と黒猫との攻防に、もはや完全に置いてきぼりにされており、それぞれ席を立つことすら忘れてポカーンとした表情を浮かべている。

「よし、では今からわたしが黒猫をそちら側に追い立てる。気が動転した黒猫ちゃんがそっちに逃げこみ次第、君たちの手で捕まえてくれたまえ。それにて、ミッションコンプリートだ。相棒ども。まずはいつ来ても捕まえられるように距離をとって体勢を整えろ」

 そんな3人を見かねて、七川がすぐに指示を出す。

「「「了解ですー」」」

 この私立探偵の指示に従って、3人はハッ、としたように席をたつと、いつ黒猫が逃げ込んでも素早く回り込めるよう一定の間をとりながら壁をつくった。

 ついでに、底引き網の要領で、じりじりと空間を縮めてゆっくりと猫を囲い込み、時を見定めてトドメを刺す作戦でもある。

「これで逃げられまい」

 目指せ一攫千金とばかりにリックたちはじりじりと歩みを進めていく。これは七川の指示にはない勝手な行動だが、まぁ問題なかろうと彼らは推測する。

「よし、この調子なら七川さんの手を借りずとも私たちだけでいけるのですよ。フフフ」

「……ですね。姉サマ」

 大金を手に入れた後の優雅な時間を想像して、じゅるりと舌なめずりするのは、賢狼メイドたちである。

 今はメイドとしてリックに仕えている身だとはいっても、元々は獣人の血の流れを引く異人種だ。

「ふふふふふ」

「あーっひゃひゃひゃひゃ」

 元来の狩猟本能を刺激された彼女たちを止める術はもはや誰にもなかった。

「あんまり油断するなよな」

「「ほーいです」」

 嫌な予感がしてリックは忠告を響かせていたが、メイドたちは生返事しか戻さなかった。

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