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レナグルード商業共和国にて

《エピソード2》



「さよなら現代世界。その代わりに、こんばんは異世界」

 七川の呑気すぎる言葉を手始めに、一行は扉を抜けて無事にそちら側の世界へと到着したのだった。

「さすがに、異世界の大都市。夜でも明るいし賑やかですね」

 さて、シアラの言うように、石畳の街はところどころに配置された街路灯によって照らされており、夜を感じさせぬような妖しいきらめきに満ちている。

 彼らは無数に立ち並ぶ店舗のうち、ひとつの軒先から、この国で無料配布されていると思われる異世界案内のような冊子を数冊入手し、ぼんやりと眺めていた。

 表紙には『無料配布版・簡単に分かる異世界』とあった。

「お、写真の雰囲気的にこの最初のページにある国っぽいですね」

「どれどれ」

 そのうち、彼らの目には現在地と思われる国の簡略化された情報が飛び込んできた。


 ◆◇◆

【レナグルード商業共和国】

(特徴)

 ・商業を中心に発展した国であり、ここは異世界に3つ存在する行商人の聖地のうちのひとつである。

(国民)

 ・多種多様な民族が暮らす。他国から出稼ぎにやってくる者も多い国である。

(危険度)

 ・低い。

(備考)

 ・レナグルード商業共和国の酒場でふるまわれる異世界ビールは非常に美味であり、他国民からも好評だ。

 ◆◇◆


「なるほど……。この国の危険度が低いのは何よりだ。最初から危険度の高い国に繋がっていたらそれこそ一巻の終わりってもんだ」

 リックはそう言って異世界到着時に、少しずれてしまったハンチングを被りなおす。

「まぁ、事前に訪れた際の印象から予測はしてましたけれど、多民族が往来してくる商業国みたいですね、ここは。当然、それほど危険な場所ではないのでしょう。色々な店舗も軒を連ねていますし」

「ですね。一見したところでは、旅道具や書籍なんかを扱う店が多そうですが、飲食店もこれまた目につきます。ああ、どの店から回ろうかとか、いろいろ考えてしまいますっ。……あ、でも、一番の目的は例の猫の情報収集だけど」

 シアラ、キアラがそんな感想を述べる頃には、4人は冊子を大まかではあるものの、それぞれ読み終えていた。

「はぅあー。せっかく異世界に来たんだし、美味しい異世界料理を探して食べてみたいなー。ああー、食べたい。せっかくだし、まずは食事処に行かないかね、君たちよ?」

 冊子を見終わったのと同時に、私立探偵が溜息混じりに漏らす。

 ある程度予想はしていたが、どうやら冊子に載せてあった異世界料理の写真に彼女は心を奪われたらしい。

 にしても、屋敷で相当量の食事を平らげたにも関わらず、七川はすでに空腹を感じ始めているのだから周りは驚きだ。

 だが、やがて。

「でも、異世界料理……。確かに良いかもですねーっ! まずはそういうのに舌鼓を打つっていうのも一興かと。異世界に慣れるという意味も込めて」

「ボクは少なくとも賛成です」

 賢狼メイド姉妹も七川の提案に同調し、独眼をキラキラと輝かせている。

「おいおい、おまえらな……。俺たちは観光目的で異世界に来たんじゃないんだぞ。少しはそれを弁えろ」

 すかさずリックが口を挟んだが、すぐに七川が指摘する。

「君もお腹が減ってないはずはないが?」

「……ううむ、仕方ねーな。まぁ食事処で腹を満たしてから情報収集するのも、ありか。本当に仕方ねーな。ああ、仕方ない。これは仕事だ」

 結局のところは彼もお腹が減ってきたらしい。

 ほどなく、4人は異世界の酒場と食事処を兼ねたような店に灯りがともっているのを見つけて、そこの暖簾をくぐることにした。

 

 ◆◇◆


「……いらっしゃい」

 暖簾をくぐると、岩を丸ごとくり抜いたような帽子を被り、でっぷりと肥えたドワーフ族の店主が無愛想ながらも4人を出迎えた。

 店内は小ざっぱりとしていて、外と同じく薄暗い。また、畳や木製のカウンターは現代世界でいうところの居酒屋を思わせる。それほど広い店ではないが、集まって語り合う分にはちょうど良い空間といえるだろう。

 あとは、店主だが……。

「あ、どーも。4人でーす。ご飯食べにきましたー。案内をよろしくお願いしますー」

 リックが人数を告げると、ドワーフは口周りに生えた、まるで密林を思わせるモシャモシャとした髭をこれまた毛深い右手で触りながら、

「……んむ、4人さんか? カウンターでいいなら座らせられるぜ。カウンターにどうぞ」

 ぶっきらぼうに案内した。目が据わっている。

「あ、はいです」

「ほーい」

 言われた通り、4人はカウンターに横一列に並んで座る。

 店内の客は4人の他には一人だけだった。

 カウンターの隅に、魔法使いが着るようなツギハギのローブに、大きな魔術帽子を深々と被った正体不明の人物がいるだけだ。その背格好から推測するにどうやら女性のようだが、これもまたはっきりとしない。

「……この店の料理、ビールは実に美味じゃのう」

 この客は、そんなふうに小声を放つと、ただチビチビとジョッキに入った黒い酒を舐め続けている。

 さて、店の壁には異世界料理のメニューがところどころに貼られているが、どの料理がどの料理だかさっぱりといっていいほど分からない。ついでにどれが一番美味しいのかも不明である。全く未知の味覚世界だといえよう。

 こうなれば、店主のオススメを聞くのが一番手っ取り早いかもしれない。

 なお、メニューの下にはちゃんと世界共通通貨『ロイアル』による値段が表記されている。

 この異世界では世界共通通貨である『ロイアル』が一応、使えるらしいが、リックたちはそれを承知の上で来たのだ(さすがに無銭飲食はできないので……)。

 以前、この世界に訪れた際に、本当に必要最低限クラスの知識や経済情報は入手していたのだが、今のところはそれがどうにかプラスに働いている。

 だが、そんなしんみりとした空間にも関わらず、例の彼女が突如として掟破りの発言で沈黙を破った。

 そう、七川若奈々である。

「おっさん。オススメの一品をよろしく! ついでに異世界ビールをよろしく! 未成年っぽい賢狼メイドさんたちにも飲めるようにアルコールは強すぎず、弱すぎずねっ! 頼んだぜ!」

 対して、リックたちは「いやいやいや、店主にいきなり、おっさん呼びはやめろっ!」と総突っ込みの声を上げそうになったが、あえてそれを言葉にせずに自分たちの中で呑み込んだ。

「な。七川さん……」

 やがてシアラが苦笑しながら、私立探偵の肩をぽんぽんと叩いた。

「怒られますって……」

「で、ですよ。姉サマの言う通り……ってわぁ!」

 シアラとキアラがなだめた時にはもう遅かった。

「あああっ!? おい」

 カウンターを通して、鈍重な声がした。

 一度は棚のほうを向いて食材を選んでいたドワーフの店主だったが、気が付けばそちらから爛々とした鋭い殺意のまなざしが注がれていたのだ。

「なぁ、おい」

 こちらに振り返ったドワーフは、明らかな怒りの表情を浮かべているように見えた。

「おっさん……だと?」

 カウンターの向こうに立つドワーフの手には、いつの間にか棍棒のような凶器が握られている。

「う、うわー。やめろおおおおおおお」

 決して身長こそ高くないものの、巨岩をも軽く粉砕する、すさまじいまでの怪力を誇るのがドワーフ族の特徴である。

 店主からすさまじい殺気を感じ取ったリックが先に悲鳴を上げた。

 ドワーフは、逆鱗したかのごとく棍棒を天高く振り上げた。

 これではもはや食事どころではない。

 誰もが予測し得なかった急襲がそこにはあった。

「おまえらのような野郎はああああああああああああああああああああああ」

 これには、賢狼メイドたちも死を覚悟した。

 そしてやむを得ず戦うことを決意する。


「おおお、賢狼神よ!」

 ――キアラは賢狼神に祈った。


「信仰踏みにじられ、路頭に迷いし我ら姉妹を救いたまえ」

 ――シアラが十字を切った。


 リックはカウンターの下に隠れた。一か八かだった。

「うわああああ。まさか、いきなりあの技かよっ」

 賢狼メイドの必殺技が炸裂したら、もうどのみち終わりだったのだが……。

 ドワーフの握った棍棒が勢いよく振り下ろされていく。


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