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最後の晩餐

 ◆◇◇


 ズ、ツツツ。

 ズ、ツツツ。

 屋敷の居間にて、フカヒレスープをすする音が続く。

「あの、スープ切れたのでおかわりいいでしょうか?」

 高級スープをあっという前に飲み終えて七川は次の一杯を要求した。

「少しは遠慮しようか……。あと、フカヒレはもうないと思うぜ?」

 リックは怒りで口元を引きつらせながら言った。

 そう、探偵のおかわりはこれでもう六杯目なのだ。

「あれだけ準備していた食材が完全になくなっちゃいました」

 シアラが苦笑して応える。

 七川をディナーに招待したはいいものの、彼女にここまでの食欲があるとは誰も想像していなかった。

 三者三様に後悔したがもう遅い。

「……ボクたちはまだ一杯しか飲んでないのです。っていうか、人の家でどんだけ高速で飲み食いしてるんですか、探偵さん! しかも何気にガチっぽいし」

「あああ、ごめんよ。いま、チキンと戦ってるから、わたし手が離せ……ない。うぐもぐ。むしゃばく」

 普段は冷静なキアラもついつい突っ込みを入れたが、それを殆ど無視するようにして七川はローストチキンにかぶりついている。

「「「…………」」」

 探偵少女は恐ろしいほどに食い意地が張っているらしい。

 これには素人爵とメイド姉妹も絶句する。

「さーて、チキン完食! イエイ、まだまだいくよーっ!」

「いや、俺たちが全然食えてないって。何がまだまだいくよーっ、だ。アホなのか、君というやつはっ! もう」

「んむ?」

 きょとんとした七川のブラウンアイズがようやくリックたちのほうを向いた。

「ようやく理解できたか? 見ろよ、この状況を。どうしてくれるんだ!」

 素人爵はこれぞチャンスとばかりに再び苦言を漏らす。

 だが、やはり彼女には通じていないようだ。

「あー、ごめん、ごめん。3人の分は残しておくつもりだったんだけど、食べきれないってことかな? ならもらってあげよう」

「何故そうなる!?」

 そう、豪華絢爛な食事を前にして、この美しき少女探偵はもはや理性をなくした半狂乱バーサーカーと化しているのだ。

「さぁ、次はスペアリブいくぞっ。いざ、この七川と尋常に勝負!」

 そうこうする間にも探偵少女は完食記録を更新していく。

 リックとグルード姉妹の前には次々に皿が積み重ねられていった。

 もはや止めるのは無理そうである。

「ああああ、貴重な食事だったのに水の泡だ……」

 リックが思わぬ事態に頭を抱える頃。

 ついに七川は全ての皿を空にしたのだった。

「はぁー。どーも御馳走様。満足、満足だよ」

 探偵はそんなことは露知らず膨れたお腹を何度もさすりながら満面の笑みを浮かべていた。

「まぁ、これだけ食ったらさすがに満足だろうよ」

「ですわね」

「華奢な見かけによらず、よく食べる人なのです」

 これを見守っていた屋敷の住人たちからは、呆れ声が三者三様に漏れる。

 閑話休題。

「さてと、料理は尽きた。では、さっき門前で君が言っていた資産家から承ったっていうこの屋敷に関連する依頼。それについてそろそろお話していただこうかな」

 ついにリックは、私立探偵がここに持参してきたという本題に触れることにした。

 これを耳にした途端、七川のブラウンアイズは鋭い光を帯びる。

 そして、ふぅむと椅子を引いて立ち上がると、外套の襟に手をやってボタンを外し、それをバサっと脱いだ。外套の下には紺色のミリタリーシャツにショートパンツという恰好をしている。なお、黒のニーソックスによって強調されたしなやかな色白の太ももはグルード姉妹のそれに負けず劣らずといっていいほどに美しく、リックの目をそこにくぎ付けにした。まぁ、萌える。けれども、寒そうだ。

 なお、髪型がショートで鹿撃ち帽を被っているため、見ようによっては童顔の美少年にも見える。ボーイッシュ・ビューティというわけか。

 さて、一方の七川はというと、リックの視線を完全スルーしながら、事の概略を一気に、というか一文で説明した。

「単刀直入に言わせてもらおう。わたしがここに来たのは猫捜しのためだ!」

 私立探偵の少女はびしっと虚空に右手の人差し指を向けて左手を腰の後ろに回した。あたかもクラーク博士の全身像のような恰好で決めた……、つもりらしい。

 だが、明らかに3人の失笑を買う形になっている。

 10秒ほど経過した頃には彼女自身すでに恥ずかしくなって(ついでに意外と室内が暖かくないことにも気づいて)外套を再び着なおしていたが、自業自得なので仕方あるまい。

 それはさておき、『猫捜し』という言葉。

 突拍子もない、そんな単語にリックはもちろんだが、メイドたちも驚いてしまう。

 やがて、シアラが口を開いた。

「でも、それとこの屋敷となんの関係が。……あ、まさか、ここに!」

 そう、そのまさかだった。

「メイドさん。正解!」

 パチンと七川は指をはじいて、嬉しそうに口角を持ち上げた。

「そう、わたしは猫がここに逃げたことをすでにつかんでいる。付け加えれば、その逃げた猫こそはわたしの依頼人のもっとも大事にしている愛猫で、それでいて、先では彼の遺産は全てその猫が相続することになっている。だからわたしのような探偵まで雇って、血眼で捜しているというわけです」

 さーっと、屋敷の住人たちの顔から血の気が引いていくのだった。

 そのうち、リックがなんとか言葉を絞り出す。

「だが、本当にその遺産相続権を持つ猫がこのはざま屋敷に逃げ込んでいるなら、当然ながら俺たちが全く気付かないわけはないよな?」

 だが、これに対する七川の返答はもはや自明の理ともいえるものだ。

「そうだね。もし、……やしき。そう、この屋敷のほうに猫が潜んでいたのならね。だが、それは考えにくいだろうねっ。ふふ」

 この思わせぶりな発言を聞いて、リックもメイドたちもついに腹を決めざるを得なかった。

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