結末は神のみぞ知る
◆◇◇
「危険だし、消火しとくか」
グリモワがぱちんと指を鳴らすと、今度は滝のような大粒の雨が降り始めて、他に燃え移りかけた炎は無事消火された。
一方の七川はといえば、炭屑と化したゴーレムがその場でパラ、パラと崩れ落ちるのを「こ、怖かったぁあああ。ふわあああ」と殆ど涙目で見つめている。
やがて、大粒の雨が上がる頃。
リック素人爵と賢狼メイド姉妹も駆けつける。
「悪いな。遅くなってしまって」
「まことに申し訳ありませんでしたっ!」
「すぐに援護するつもりでしたが……。魔女の動きに気を取られてしまいまして。……うー。すみません!」
だが、5人が流暢に話している時間はないようだ。
――カッ、カツ、カッ、カツ。
淡々とした歩調。
それでいて、石畳の上を滑るように近づいてくる足音。
いうまでもなく、百式の旅行魔女エンジェのものである。
「……ふくく、く。我の可愛いゴーレムをこんなにも無残な炭くずに変えてくれた君たちに感謝したい。ありがとう。おわびに我の本気を見せることにしようか」
こう述べた後に、百式の旅行魔女は上空に向かってぱちん、と指をはじいた。
次いで呪文詠唱を開始する。
妖艶な微笑を口元に浮かべながら彼女が唱えるのは、まさしく禁じられた秘術。
「…………我は百式の旅行魔女、エンジェである。悪魔との契りを交わした者なり。ナンバー0! 百式の死龍召喚術よ、いざ我のために作動したまえ」
何やら上空の雲行きがあやしい。
辺り一面を覆い尽くす漆黒の霧。
これらはやがて微かに煌めいていた店舗のものを含めた全ての光という光を完全遮断していく。
嵐の前触れを感じさせるような冷たい風が吹きすさぶ中。
「どうやら本気で決着をつけにきたようだな」
リックは悟ったようなまなざしで、薄闇を見据えマスケット銃を構えた。
「……」
一方、七川はどこか朦朧とした意識の中で銃の撃鉄を起こす。
いまの探偵少女に、言葉などはない。
ただ、敵を討つ。
それだけのこと。
「やってやります。もはや生きるか死ぬか」
「……ラストバトル……なのです!」
さて、賢狼姉妹はといえば、それぞれの眼帯が外れて、少女たちの瞳は爛々とした狂気的な光を放ち始める。
もはや準備は整ったらしい。
「……ふ、終わらせてやる」
そして魔道兵器グリモワ。
彼女のルビー色の瞳は挑戦的な光を帯びた。
本当の意味での生死の分かれ目が近づく。
結末を知るのは5人ではなく、旅行魔女でもない。
こればかりは神のみぞ知るところだ。
そのうちに周囲を覆い尽くしていた霧が中心軸をつくり、一気にそこに集まり出す。
そして濃度を増したそれは大きな影と化した。
やがて、巨大なドラゴンの形に変わったソレは「グオオオオオオオ」と地獄の底から響くような低い音色で咆哮した。
――5人の前にゆっくりと近づいてくる影のドラゴン。
それはあたかも闇に蠢く死の象徴。
「これぞ、我の最高秘術よ……。もはや、この状態になればチェックメイトと同じだ。いまの我の身体に触れること。それはすなわち即死である。ふくく、くく。ははははははーーっ」
漆黒の暗中で、どこからともなく旅行魔女の勝利を確信したかのような笑い声が聞こえた。
旅行魔女の言うことが事実であれば、もはや勝機はないかもしれない。
だが、それでも諦めるわけにはいかない。
漆黒のドラゴンがこれから5人の生命を一気に呑み込まんと、大きく口を開けた時。
「くうう! これでも、くらえ!」
――――パ、パパパーン!
七川は構えていた拳銃をドラゴンの脳天めがけてぶち込んだ。
「ははは。くだらんな。……大人しく我がしもべに命をささげろ」
銃声の後に、漆黒の中から旅行魔女の失笑があった。
それは全く意味のない探偵少女、最後の……。
「悪あがきではないのだよ」
七川は悠然とした口調で言った。
そして続ける。
そう。七川の言う通り、これは悪あがきなどではない。
「ごめん。一応、賭けだった。あんたの現在地を大まかに特定するためのさ。最後の最後にヘマしたね。でなければ、わたしは死んでいたよ」
七川のそんな一言で闇に身を潜めるエンジェの背筋が凍りついた。
「……っ!?」
だが、もはや逃げる時間はない。
「……たぶん、ドラゴンの左下に潜んでいるっ!」
七川の言葉を合図に、
「「了解です!」」
メイドたちは深淵を一点の曇りなく照らす破邪の光を放つ。
「おおお、賢狼神よ!」
――キアラは賢狼神に祈った。
「信仰踏みにじられ、路頭に迷いし我ら姉妹を救いたまえ」
――シアラが十字を切った。
「「秘儀……。グランド……クロス――」」
巨大な十字の輝きが刹那に通過していった。
闇の一部が、真昼のようにぱっと明るくなる。
この破邪の光によって、それまで闇の中に潜んでいた旅行魔女の姿が5人の面前に炙り出された。
「く、おのれえええ! 死龍よ。もういい。この際、もはや誰でもよい! 早く始末しろ!」
エンジェは差し迫った口調でドラゴンに命じる。
死を携えたドラゴンの巨大な牙がリック・ワーグナーの目前に迫る。
だが、リックはありえないほど冷静にマスケット銃を構えていた。
片目を閉じて『それ』に狙いをつける。
少しでも気持ちが乱れ、手元が狂えば終わりだ。
しかし不思議と魔女の心臓を撃ちぬく自信があった。
それだけではない。
――仲間たちを守り抜く自信。
――黒猫を取り返す自信。
――生きて現代世界に帰る自信。
――最後まで仲間と自分を信じぬく自信があった。
「……頼む!」
狙いを定めたリックは最後の祈りを込めて、マスケット銃『ウィッチ・バスター』のトリガーを引く。
一瞬のうちに『ウィッチ・バスター』が火を噴いた。
ハンマーによって叩き出された弾丸が火薬の爆発的火力によって加速。それにワンテンポだけ遅れて銃身を大きく震わせていく。
しびれるような発射の衝撃がリックの肩に伝わる。
回転して空を裂く弾丸。
5人の目には、あたかもそれはスローモーションのように映っていた。
一瞬。
いや、永遠か。
けれど、やはり刹那のうちに。
彼らの運命は決した。
繰り出されていた弾丸が旅行魔女の胸にクリーンヒットする。
「ぐはっ!」
魔女対策用の弾丸に込められていた特殊な爆薬が着弾と同時に炸裂した。
――――ドドドドドドド、ドンッ!
爆裂連鎖で百式の旅行魔女エンジェの細身はこなごなに砕け散った。
「…………」
それを見計らったかのごとくエンジェの使い魔も消滅し、後には嘘のような静けさだけが残った。
霧も晴れて、優しい月明かりが再び照らす頃。
「はぁ……。やった、ぜ」
ようやく死闘が終わり、リック・ワーグナーは深く嘆息した。
「よ、よかった」
「ですわね。ドラゴンが現れた時、もうボクは死を覚悟していましたよ」
他の4人もそれぞれが胸をなで下ろし、安堵する。
そんな中、遠くで黒猫が「みゃおーっ」と元気に鳴く声がした。
どうやら自力で檻を抜けたらしい。
もう追いかける必要もない。
というのも、自分を救出したリックたちに心を許したらしく、自ら尻尾を立てて近寄ってきたからだ。
「無事にメーサを確保。さて、では現代世界に戻りますか」
ゴロゴロと喉を鳴らす黒猫を抱きかかえて、七川若奈々は嬉しそうに言った。
「だな」
「ですわね」
他の4人もそれに同意する。
「……でも、帰るのは大変そうだけどナ。機関車もないし」
グリモワの皮肉交じりのそんな指摘に、メンバーたちはやれやれと再び肩を落とす。
だが、それぞれの心は不思議と晴れやかだった。




