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決着はウィチメルで

《エピソード5》

 

 

 ハザマ屋敷の異世界扉と連結しない国は異世界に多数存在するが(※むしろ連結しない国のほうが異世界には多い。レナグルード商業共和国はハザマと連結しているという意味では異世界においても非常に珍しい国だった)、この国もそのうちひとつである。

 さて、このウィチメルは、一言でいえば文教的な空気感に包まれた国だった。

 見渡す限り、多くの教育系施設や住宅。身近なところでは食料品店、雑貨店などがひとつの広大な国土の中に混在しているような印象をうける。

 行きかう人々の中には、一見して魔法使いであることが分かるような人物もいれば、まったく一般的な階級の者や学者にしか見えない人物などもいる。

 古代神殿をかたどった施設や大型倉庫のようなものも見る限りでは存在しているようだ。

 しかし、どうにも国の雰囲気に関しては、一瞥したところでは侵略戦争などとは無縁に思えてならなかった。これは、表向きの姿で、裏では着々とその準備が整っているのかもしれないが、リックたちに国の内部事情にまで深入りする余裕もなければ義務もない。

 さて、ついに零時。

 月光がまだまだ明るい夜。

 街の一角にあるティーハウス『ブラックキャット』。




 ―――そこには確かにエンジェの姿があった。




 もはや、他には誰も客のいないオープンスペースのソファに一人腰をかけて、優雅にアールグレイの香りを満喫している。

 そんな旅行魔女の傍らには、先端がほんのりと香ばしく焦げてバターが載ったバゲットの皿と……、黒猫が閉じ込められた籠の存在が見てとれる。

 まさしく、リックたちから彼女がレナグルード商業共和国で奪いとった戦利品だ。

「あとは、魔法実験だけじゃ」

 石炭のような黒髪にグリーンの瞳の旅行魔女は小さな声音でつぶやくと、揺らしていたティーカップを静かにソーサーの上に戻した。

「…………ち」

 そんな彼女に気づかれないようにリックたち5人は、店の外側で物陰に隠れて彼女をじーっと監視する。

 カチャッ。

 カップが再び持ち上げられて。

 ズズズ。

 アールグレイをすする音。

 カチャッ。

 カップが戻される。

 これが幾度か繰り返されたが、いまのところ魔女は一行に監視されていることには気が付いていないようである。

 それどころか、彼女は優雅にティータイムを楽しみ、バゲットのおかわりまで注文して、監視者たちが思わずよだれを垂らしそうになるほど美味しそうに、それをむしゃむしゃと頬張っていた。

 ほどなくして。

「さて、零時か」

 どうやら、アールグレイを飲み終えたらしいエンジェは腕時計に目をやった後、店員を呼ぶとロイアルで会計を済ませて席を立つ。

 カラン、カラン。

 やがて、喫茶『ブラックキャット』の入り口に備え付けられた鐘が鳴り。

「ごちそうさま、じゃった」

 ついに、憎きターゲットはリックたちの前にひょっこりと姿を現した。その手には黒猫入りの籠を携えている。




「よし、今だ」

「了解」


 ――――ザ、ザ、ザ、ザ、ザッ! 当然ここから先には行かせるわけにはいかない、とばかりに5人は百式の旅行魔女の行く手に立ちはだかった。



「久しぶりだな」


「…………」

 百式の旅行魔女エンジェの足が止まる。

 一瞬、その目を大きくした彼女に柔らかな第一声を投げ掛けたのはリック・ワーグナー素人爵だ。

「にゃお」

 これとほぼ同時に魔女の手にした籠の中、黒猫『メーサ』が嬉しそうな声色で鳴いた。ごろごろと喉を鳴らす。

「……ほう」

 目の前に現れたリックたちの姿を見て、エンジェは少し懐かしそうに目を細めた。

 彼女の眦に特徴的な2本のしわが寄る。

 決着の時。

 冷たい夜風がざわざわと吹き付けて、一同の髪を挑発するかのように揺らしていく。

 少しの沈黙があった。

 やがて、旅行魔女は「ふくく、く」と微笑。

「……おまえらは、レナグルード商業共和国の酒場で出会った……リック・ワーグナーと連れの者たち、だったかな。確か」

「ああ、そうだよ。あの時の俺たちだ。わざわざ覚えていてもらって光栄なこったぜ。因縁の旅行魔女さんよ」

「「つ、連れのものとは失礼ですね!」」

「どちらにせよ、貴様はここで終わりです! 今度こそ、グランド・クロスで即死させてやるのです! それが嫌なら猫を返せっ!」

「まぁ、まぁ。落ち着け、おまえら。急ぎすぎるな」

 怒りで肩を震わせる賢狼メイドたちを手で制して、リックは「ふっ」と苦笑する。

 しかし、リック自身も旅行魔女を目の前にして怒りがふつふつと湧き始めており、それを抑えるので精一杯なのであった。

 そして実際のところ、いつでも『ウィッチ・バスター』で相手を撃ちぬけるように事前準備さえしてきているのだ。

 だが、もしかすれば対話で解決できるかもしれないという淡い望みもあった。

 もし、平和的に交渉するならば困難を極めるだろうが、それに越したことはないであろう。一応はチャレンジするだけの価値がある。

 さて、一方の旅行魔女はというと。

「……お前らに関しては2度と復帰できぬように痛めつけたはずだったがな。さては、我のことをはるばる、あの国から追ってきたというわけかね。だとしたら面白いやつらだ」

「ありがとう」

「ふくくく、く。やはり面白いな、リック・ワーグナー。ところで我の使い魔の行方を知らないか?」

「知っているといったら?」

「うーん。ぜひ行方を聞きたいところじゃ」

「……列車強盗に失敗したやつは今ごろ、地獄の窯で茹でられている最中じゃないか?」

「なるほどね。なかなか食えないやつでもあるのだな、おまえ」

「かもしれんな」

 そんな折、ついにリックは切り出した。

「ところでだ。俺たちと平和的に交渉して問題を解決するつもりはないか? 当然、それは黒猫に関しての話だ。今なら、ぎりぎり争わずに解決できる時間帯かもしれないぜ?」

 これに対して、エンジェは首を横に振り、「無理だ」と即座に否定した。

「我も我なりに魔法実験を行い、さらなる力を蓄えて魔法戦争に向けて備えねばならない事情があるのだよ。君たち、もう知っているだろうが、我はこの国の生まれだ。当然ながら、愛国心があるし、この国にはできる限りの恩返しをしたい。しかし、今はまだこの国には十分な兵力があるとは言い難い。そのためには、我を含めた上級魔女や上級魔道師たちが一騎当千のつわものであることが最低でも求められるだろう。これには、貴重な黒猫を生贄に捧げる魔法実験が必要不可欠だ。しかも今はそれらの素材集めの最中ときている。……だから、この猫は絶対に返せないな」

「なるほど、交渉決裂ってことか」

「そうなるな。ふくく、く」

 少しの沈黙。

 リックは諦めたかのように夜空を見上げて、旅行魔女にその言葉を投げた。

「それでも取り戻したいと俺たちが言ったら、どうする?」

「……我から力ずくで奪い返してみるか? どう足掻いてもそれは無理だと忠告しておくけれど、どうしても返してほしいというのならそれしかあるまい。受けてやる」

 一陣の冷たい夜風が頬を撫ぜる。

「じゃあ、お言葉に甘えようか」

 そう短く吐き捨てたのは七川若奈々だ。

 彼女の手にはすでに撃鉄の起こされた回転式リヴォルバーが構えられている。

「わたしの相棒はただのシングルアクションじゃないんだよね」

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