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産業国家・英吉利(イギリス)にて

《エピソード4》



 件の移動式ゲートを抜けた後。

「まさか、本当に開くとは思わなかったよ……。さすがは魔道兵器さんだね」

「ですわね~。というわけで新たな国へ無事に到着できました、と」


「ボクたちには久しぶりの英吉利イギリスです」


 七川若奈々と賢狼メイドたちのどこか期待と緊張に満ちた声に、素人爵がふと目を開ければ、その目前には先ほどとは違った趣の街並みが出現していた。

 霧に覆われてどこか薄暗い舗道をいくつもの辻馬車が行きかう。


 通りの向かいには新聞販売店、アーチを描く機械式の大橋、長い煙突の伸びた工場、レンガ造りの一般店舗などが見える。加えて、奥所には駅と線路が整備されているのが分かった。


 おそらく蒸気機関車が走るのだろうが、現在はまだその姿は見えない。

 街並みに目を凝らすリックの近くで、グリモワがぽつりとつぶやいた。

「……ここはレナグルード商業共和国に隣接する、産業国家・英吉利イギリス。ウィチメルに行くにはここから異世界鉄道に乗っていくのが最も手っ取り早い」

「異世界鉄道?」

 リックがきょとんとした顔で聞き返すと、グリモワは。

「……異世界鉄道は異世界の国と国とを繋ぐ鉄道。移動式ゲートを毎回、抜けていく方法もあるけどそれだとキリがないからな。他にある手段のうちのひとつだよ」

「なるほどな」

「ほうほう、ゲートを抜ける以外の手段もいくつかあるんだね?」

 傍らでこれを聞いていた七川が感心した様子でグリモワに尋ねれば。

「……そう。移動式ゲートや異世界鉄道だけじゃなくて、馬車や蒸気船でウィチメルを目指す方法もあるよ。異世界扉みたいに経由もいらない。だけど危険が鉄道に比べると少々、多いからオススメしないかなー、とそんな感じ」

「ふーむ」

「それほど簡単にはいかないって訳ですね」

 一同からそれぞれ納得したような声が漏れた。

「あ、そういえば。あれはどうしたものかな」

 不意に素人爵が、何やらガサゴソとカバンをあさり出す。

「何をされてるんです?」

 不思議に思って尋ねたキアラ。

 そんな彼女に、リックは「一応、街の情報を見ておきたくてね」と前置きしたうえで『無料配布版・簡単に分かる異世界』の冊子をそこから引っ張り出した。

「ああ、あれですか」

「確かに見ておきたいかもですー」

 異世界の元住人である賢狼メイド姉妹にも情報の再確認は必要だろう。彼女たちが異世界にいた頃からはすでに一定の年月が経過しているのだ。

 さて、それも踏まえて素人爵リックは例の冊子を広げる。

 彼らの目には国の写真と簡略化された情報が飛び込んできた。




 ◆◇◆



【産業国家・英吉利イギリス

(特徴)

 ・産業を中心に発展した国であり、ここが異世界鉄道の始発点となっている。

(国民)

 ・産業従事者が中心だが異国からの旅行者も多い。

(危険度)

 ・低い。

(備考)

 ・蒸気機関車も蒸気船にも特殊燃料である『セキターン』が必要だが現在、その産出量は大きく減少している。



 ◆◇◆



「モロに情報が被っているし、相変わらず簡素すぎる……」

「はいです。しいて言うなら、セキターンに関する情報くらいですわね」

 リックとメイドたちは、情報冊子の内容の粗さにそんな溜息をついて肩を落とす。

 だが、無料配布品なので文句は言えないだろう。

「やはり身をもって国を知るべきだよ。少し街をめぐるか」

 七川のそんな発言に他の4人はこくこくと頷いた。

「とりあえず。まずは、このグリモワに与えるおやつでも買いに行こうか。でなけりゃ、このまま皆で爆死するハメになりかねない」

「ですわね。お菓子を取り扱っている庶民喫茶なら、そこにありますわ。入ってみましょうか」

「そーだな。おやつの種類はなんでもいいんだろ、グリモワのお嬢様?」

 リックからのそんな皮肉めいた問いかけにグリモワは、

「ワタシの口に合えばなんでも構わない。その代わり……、口に合わなければ即座に自爆するようにプログラミングされているのだがな」

 無感動にそう応える。

 しかしながら、これを聞いた一同は当然ざわついてしまうのだった。

「「ええええ!」」



「……冗談」

 すかさず入った訂正。



「冗談って、おいおい」

「冗談なら、もう少し笑えるものにしてくださいまし」

「……心臓に悪いですよ」

 賢狼メイド姉妹や七川は肩をすくめる。

 だが、意に介さないグリモワは「おやつ。おやつー」とマイペースに先陣を切り、喫茶へと入っていってしまう始末。

 やれやれ、と思いつつも残りの4人も、その『庶民喫茶カフェール』に入店する。



 ――――カラン、カラン。



 扉を引くと、そこに備え付けられたベルが二回、大きな音で鳴った。

 庶民喫茶、という割にはどこかノスタルジックなカフェを思わせる雰囲気で奥行きのある三階建てのフロアにはジャズミュージックが心地よい音程で流れている。

 多くの旅人が集まっているようで、情報交換の最中なのだろうか、ざわざわという声が聞こえてくる。

「さて」

 客待ちがないのを見て5人はさっそく奥へと足を踏み入れる。

「いらっしゃいませー」

 店の奥から、人混みを掻き分けて喫茶の従業員らしき少女が姿を見せた。

 薄手のエプロンドレスに身を包んだ、年ごろの可愛らしい娘だ。

 淡雪のような肌にサラサラとした肩までの黒髪が美しく、縁のない丸眼鏡の奥ではくりりとした夜色の瞳が黒曜石のように輝いている。

「5名様ですねー。案内させていただきます」

「頼む」

 リックたちに満面の笑みを浮かべた後、くるりと背を向けた少女。

 彼がふ、と奥を見ると壁には1枚の張り紙があった。……そこには次のように記されている。



『店主は人間嫌いのため、コミュニケーション能力皆無です。このため注文以外の用件で店主になるべく話しかけないでください。かしこ』



「おい、そこの張り紙」

 リックが小声で仲間たちに告げれば。

「……おいおい」

 グリモワを除くメンバーたちはこれを目にして、無意識に苦笑してしまうのだった。

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