旅行魔女の手がかり
顔を見合わせたのちに、4人はそれぞれが首を横に振っている始末。
と、ほんのわずかな間を置いて。
リックが「ちょっといいか」と口を開く。
「残念ながら、あの旅行魔女の現在の居場所に関しては情報がない。俺がドワーフの店主に事情を聴いた際に、ついでにヤツの居場所について知らないかどうかも尋ねてみたんだが……。どうやら、あいつは常連なんかではなくて、完全に昨晩限りの新顔客だったそうだ。……それに加えてもう一件。俺が強制転移させられた場所の近く、移動式ゲートの衛兵たちは、昨晩のうちに魔術帽子に丸眼鏡という装いの娘が専用旅行パスでこの国を出国したのを見届けたそうだ。ほぼ間違いなく、そいつは百式の旅行魔女だと思う。だからもうこの国にやつはおらん。……うん、つまりは旅行魔女の名のとおり、あいつは拠を構えずに各国を身一つで転々と渡り歩いている可能性が高いと踏んでいるよ。共通通貨のロイアルを持っていたのがその証拠だ。現地民なら共通通貨なんてものはまず不要だからな。……エンジェはこの国をすでに出国済み。すなわち、俺たちもやつを探してこれから旅をしていく必要がありそうだ」
彼のこの発言に、七川とメイドたちもこくこくと頷く。
「君の意見にはわたしも概ね同意だ」
「ほうほう」
「すなわち、可愛いメイド姉妹には旅をさせよと……、そういうことですね。気楽に一攫千金のはずが……。やれやれなのですよー」
キアラ・グルードはそう言うや、あざとく口をとがらせた。
さて、次に七川は、
「それはいいのだがね。君の言う通り、百式の旅行魔女エンジェが異世界各国を身一つで渡り歩いているとしよう。では、やつの後追いのかたちで我々はいくつ存在するとも知れぬ異世界の国々を全て捜しまわるというのかね? さすがの名探偵でもそれは骨が折れるというものだよ」
そう言って腕を組むと、深く嘆息した。
この発言はもっともなものだった。
異世界には多種多様な国々が存在しており、入国が容易なところもあれば全くそうでない国もある。
加えて、国々の危険度も異なるため、一概に安全な国ばかりだともいえない。中にはそれこそ凶悪な種族や魔物ばかりが暮らすような魔国も存在しているのだ。
魔国での旅ともなれば、血眼に捜索するだけではなく、命までも危険に晒すことになろう。
そこまでの覚悟と決意が今の4人にあるのかといえば……。
「さすがにそれは無理ですね」
このシアラの発言で分かる通り、当然ない。
「もちろん、その答えを予想していた。という訳で、居酒屋に行った際、ついでにやつが座っていた酒席を少し探ってみたわけだ。そしたら異世界酒の強力なアルコールのおかげといったものか案の定、素晴らしい手がかりをあいつは残していっていやがった。その手がかりこそがこれなんだよな」
リックはそう述べると、バサっと一枚の旅行計画用の小地図(おすすめの観光地を旅行者や冒険者に知らせるために生産されている地図だ。一枚を広げると厳選された観光エリアの中からランダムにワンスポットを表示するもので通常用と予備の2枚がワンセットで地域限定販売されている)を3人の前に広げていた。
「……居酒屋で呆けていたんだろう。あの憎たらしい百式旅行魔女さん、唯一の忘れ物だ。あいにくだが、これしか手がかりはなかった。しかし、これはあまりにも十分すぎる手がかりだといえるだろう。というのも、これは限定された国でのみ市販されていて、通常は予備と合わせて2枚ワンセットで販売されている代物だそうなんだ。やつはこれのもう一枚を所持していると予想できる。おまけに、いまこの国にやつがいないとすれば、予備が消失したこの精度の良い地図の完全なる代用品を再購入するまでには地域差で発注から受注までにかなりの手間が必要だと推測される。このことから考えて、わざわざ他のクオリティの低い地図を買い求めたりする可能性は低い。加えて、居酒屋でのやつは俺たちが忘れ物の小地図を頼りにわざわざ自分の旅路を追跡するはずもないと楽観視していたに違いない。だからこそチャンスなわけだ。つまりは、表示される国もかなり限定されているこの地図を使えば、痕跡を辿っていずれはターゲットの旅行魔女へとたどり着く。黒猫を取り戻せる機会はまだある」
「なるほどな、小地図か。これなら我々が渡航する必要のある国はかなり絞られてくる。だが、そこに魔女が確実にいるという保証はあるの?」
「それはないな」
七川の問いかけに、リックはやるせない様子で肩をすくめた。
そして続ける。
「しかし、俺の意見だが旅行魔女は観光も重視しているだろうが、完全にそれのみが目的というわけではなさそうだぜ。何故、俺にそれが言えるかというとだな。小地図の端に、偶然このような面白い国名を見つけたんだ」
彼が地図の一部を指し示すと、そこには「魔道国家ウィチメル(旧・魔女の国)」と記されていた。
「百式の旅行魔女エンジェはおそらく幾つもの国を経由したうえで、ここに訪れるつもりなのではないだろうかと俺は予想するぜ」
「ふむ。旧・魔女の国」
「魔道国家……ですか。怪しいのです」
小地図に記されたこの国の位置をメイド姉妹と七川は感慨深そうに覗き込んでいる。
「そしてこの国では現在、世界各地に散らばっているウィチメル出身の魔女や魔道師を呼び戻そうとしている。ある重大な理由のためにな」




