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おやすみ良い夜を

「ニャオっ」

 その衝撃で黒猫を逃がしそうになるが、なんとか捕まえた。


「……ナンバー5、百式簡易バリアの賜物か」


 瞬間的に魔法でガードしたために軽傷では済んだものの、この一撃はいったい。……まさか。

 エンジェが賢狼メイドのほうに目をやれば、少女たちの瞳は爛々とした狂気的な光を放っていた。しかも、最初にしていた眼帯が2人とも外れている。

 どうやら、あの目から放った光をロザリオの宝石に反射させて、恐るべき一撃を生み出したように思われる。

「ふむ」

 なんとか体を持ち上げた旅行魔女が思考をして、唇に指をあてた時。

「おっと、動かないでもらおうか……。おとなしく猫を渡せ」

 気が付けば、私立探偵に背後をとられていた。


 七川の空気を裂く声がして黒光りするリヴォルバーをガチっと背中越しに突き付けられる。

 撃鉄がすでに起こされているのは確認ずみだ。

「ふーむ」

 これには、まいったとばかりにエンジェは口元をとがらせる。


 そして、ぱんぱんと膝の埃を払ったのちに大人しく両手を上げた。


「これでいいかな?」


 同時にエンジェの手から解放されて自由になった黒猫は不思議そうにそちらを一瞥すると、「ミャーゴ」と鳴いた。


 そして、あたかも長いものには巻かれたいとばかりに今度はシアラ、キアラの足もとへとすり寄っていった。


 それを見届けるや、否や。

 ぱちん、と再び旅行魔女エンジェの指が鳴らされた。

 誰もがまずい、と感じた時にはすでに遅く。


「……ナンバー31! 百式の睡眠導入魔術」


「く、……てめえ、この期に及んで。ふぁあああ、ね、眠い」

 ガシャッ、という音がして七川の手からリヴォルバーが抜けるように滑り落ちた。

 そして、次には七川自身が膝からその場に崩れ落ちていた。


 あたかも強力な睡眠導入剤を服用したのと同じように、彼女は床に倒れてぐー、すー、と心地の良い、いびきをかき始める。

「な、七川さん!」

「おまえいったい、何をしたんですか!?」

 賢狼メイド姉妹の不安げな悲鳴が続くが、エンジェは「安心しろ、我の睡眠導入の術式をモロにくらって深い眠りについているだけだ」と2人を諭した。

 旅行魔女の丸眼鏡がトントン、と細い指先で引き上げられる。そのレンズはキラキラとした不可思議な煌めきを刹那に放った。


 さて、メイドたちはといえば魔女の言葉をすぐに信じる気には到底なれない。

「その言葉が、とても本当だとは思えません!」

「リック様と七川さんを元に戻せ! さもないとおまえをタダじゃおかないのです」

 2人は狂気の色に光るロザリオを前面にして、魔女にじりじりと歩み寄る。


「やれやれ、殺生はできれば避けたいのだが」


 そんなメイドたちにも、そろそろ引導を渡すべきと考えたのだろう。

 やがて、旅行魔女は短く呪文詠唱した。


「さて、君たちも興奮せずにおとなしく眠りたまえよ。……ナンバー31、連続呪文詠唱につき、以下略」


 同時に、旅行魔女の指先に仕込まれた小さな魔法杖がふるふると空気を振動させていく。


「……にゃふ」

「ふ、ふぁあああ」

 パチン、という指はじきの音がしてトドメが刺される。



「な、ん、だ、か、心地よい眠気がします」



「いけない、寝たらだめ……なの……です……よ」



 どこか恍惚なる表情を浮かべてシアラとキアラのメイド姉妹が床にドサリと崩れ落ちたのは殆ど同時であった。


「ミャオーン!」


 例の黒猫の切なげな声がして、魔術帽子を被った少女の手により行き場を失ったそれが抱きかかえられる頃。

「…………う、うう」

 シアラとキアラは朦朧として薄れゆく意識の中で確かに、その屈辱的な光景を見届けることになった。

「…………ぐ」


 挑発するような魔女の声がどこからともなく聞こえてくる。


「どうしてもこの黒猫を取り返したいなら我に勝てる実力を得ることじゃな。その頃には我はもう見つからないだろうけれど。ではさらばだ。愚かな旅の一行よ。……あ、会計は特別に我のロイアルからつけといてやるから安心しろ。じゃあな。ふく、くくくく、あはははははは」


 チャリン、とロイアル貨幣がレジではじける音がして、カランカランと、店のドアが開くと、エンジェの靴音はだんだんと遠のいていく。


「まいどありっす」

 ドワーフ店主のそのような威勢の良い声を聞き届けたのを最後にして、シアラとキアラは完全に深い眠りの世界へと誘われていった。



「「スー、クー、スー、クースー」」

 閉店後の居酒屋に響くのは私立探偵の少女とメイド姉妹の深い寝息のみだ。

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