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第五話 虹色の試練

 出港から二週間が経ち、「メサイア」は前人未到の空間を従来の惑星探査機の数倍の速度で突き進んでいた。既に地球から四千万キロ以上離れた空域であり、それまで地球から最も遠くに行った有人宇宙船、要するにアポロ月着陸船の百倍以上の距離を航行した事になるになる。

 最初の三日はプレートを冷却しながら核爆発を起こし、加速を続けていたが、現在は慣性飛行に移っており、航海は至って平穏なものになっている。そうした中で、智也は観測データを前に首をひねっていた。

「……やはり、コマが不自然に発達して……いや、延びているのか? これは一体……」

 ブツブツ言いながらコンピュータに表示されている観測データを再チェックしているところへ、マッケンジーがやってきた。

「どうした、SG? 難しい顔をして」

「あ、船長……いや、ちょっと観測データに気になる部分がありまして」

「ほう?」

 マッケンジーも画面を覗き込む。表示されているのは、コマの赤外線画像だ。時系列順に並べると、最初は球形に近かったコマが次第に楕円形に変形していく様子がわかる。出港前にもその兆候は既に現れていたが、航海中にますます変化が顕著になってきていた。

「これが……どうかしたのか?」

 とはいえ、マッケンジーには専門外のことでわからない。智也に説明を求める。

「何か引っかかるんですよ。太陽風が強いわけでもないのに、コマが楕円形に引き伸ばされるほど顕著に変形するとは思えない」

 しばらく考え込んでいた智也だったが、もう一度時系列順に見直してみて、さらに赤外線画像以外の他のデータとも比較しているうちに、ある可能性に気がついた。

「……まさか?」

「どうした?」

 顔色を変えた智也に、ただならぬ様子を感じ取って、マッケンジーは尋ねた。智也はすぐには答えず、データをまとめるとマッケンジーの方を振り向いた。

「船長、緊急回線の使用許可を。急いで地球に送って、精密分析を頼むべきデータがあります」

「わかった。許可する……が、一体何事だ?」

 マッケンジーの再度の質問にも、智也は首を横に振った。

「今はまだなんとも……ですが、かなりまずい事態になるかもしれません」

 智也は答えて、データを圧縮する作業に移った。予測よ外れてくれ、と祈りながら。

 しかし、運命の女神はここまで「メサイア」に与えていた幸運のツケを、一挙に取りたてる気になったようだった。


「メサイア」の全乗員がブリッジに集められたのは、翌日の事だった。

「船長、緊急事態とは……?」

 誰かが上げた質問の声に、船長は智也を手招きした。

「詳しい事はSGから説明させる。頼む」

「はい」

 智也はパソコンをメインディスプレイに繋いで、地球から折り返し届いたばかりのデータを表示させた。大小二つの歪な楕円体の3D画像がワイヤーフレームで表示される。

「これは、最新の観測データを元にテュールパン彗星の構造を分析したものです。見ての通り……テュールパン彗星の核は二つあります」

 一瞬場を沈黙が支配し、ついで村島副操縦士が声を上げた。

「二つだって!?」

「ええ。以前の観測データは精度が低く、二つの核を一つと誤認していたんです。実際の核は、おそらく最近に分裂し、ほぼ同一軌道を約十キロの間隔を置いて進んでいます。便宜上、大きい方をテュールパンA、小さい方をテュールパンBと呼称します」

 智也の操作でデータが更新される。コマが成長したように見えたのは、二つの核の間隔が開くにつれて、コマの全長が延びたためだ。光学観測を妨害するコマの白い輝きがなければ、もっと早くから核の分離を察知できていただろう。

「……見ての通り、これは由々しき事態だ。我々は核が一つ、質量十二兆トンと言う計算を信じてここまで来た。それが異なっていたとなると、以後の航海計画の全てが覆る」

 例えば、どちらかを選んで持っていくというのも難しい。メサイアの装備は十二兆トンの彗星核を動かす前提で設計されている。しかし、実際に動かす対象は直径八キロ、質量九兆トンのテュールパンAと、直径四キロ、質量三兆トンのテュールパンBの二つになってしまった。

 十二兆トンのものを動かすエネルギーで九兆トン、あるいは三兆トンの物体を動かしたら、角度変更も速度変更も全て大きくなりすぎるだろう。彗星は地球からはるかに離れた方向へ飛んで行ってしまうかもしれないし、仮に地球に近づけられても、速度が速すぎて通り過ぎてしまうかもしれない。

「……どうしたら良いんでしょうか、我々は」

 スミス機関長が苦渋に満ちた声で言う。マッケンジーは首を横に振った。

「わからん。現在地球で対応を協議中だ。それまでは現状の計画に従い、彗星に接近する」

 しかし、仮に彗星に接近できても、以後どうするのか。順調な航海に高揚してきた士気は、一気に萎れたものとなっていた。

「……」

 そうした中、智也は頭を巡らせていた。

(二つの核か……二つ合わせれば、一つの時の想定に近づくが……流石に再合体は難しいか。でも、何とか両方運ぶ手はないか)

 智也は諦めるつもりはなかった。ここまで来て投げ出す事は出来ない。何事も諦めなかった父を見習って、自分も最後まで最善手を模索する決意を、彼は固めていた。

(いや、片方だけでもいい。例えばAの方は――九兆トンあれば、氷の量はそのうち八割として七兆ニ千億トン。これだけでも灰雲を相当落とせる。何とかBを動かす時間を稼げるかも)

 そこまで考えて、智也は首を傾げた。もう一度?

「……あ!」

 智也はある可能性に気づき、その実現性を頭の中で模索した。行ける……行けるかもしれない。もっと細かく計算しなければわからないが。智也は部屋にとって返し、端末の電源を入れた。

 

 三日後、「メサイア」はテュールパン彗星まで五百万キロの位置に達し、減速のため船を前後逆に入れ替え、核パルスエンジンを起動する準備を始めていた。これから三日かけて速度を殺し、彗星と同期させた上で、接近してドッキングする……はずなのだが、まだ核が二つだった事への対処をどうするかは決まっていない。

 伝わってくるところでは、「メサイア」に二つの核をどちらも動かしてもらうのでは、「メサイア」の燃料や物資が微妙に足りなくなる。かといって、どちらか一つを持って帰っても、完全に灰雲を落とすには至らないようだ。

「メサイア」の高速性をもってすれば、いったんどっちかの核を動かした後、地球に先回りして補給を受け、再度もう一つの核へ向かい、軌道変更する、と言うことも考えられるが、そうなるともう一つの核を動かすのは三~四ヵ月後となり、地球に向けるのが難しくなる。核が地球に接近しすぎるため、急カーブ・急ブレーキを強いられるからだ。喧々囂々の議論が行われているが、どの案も決定打に至っておらず、小田原評定の繰り返しになっていた。

「とは言え、まず彗星と平行して進む所まではやっておかないとな。ところで、SGはどうした? まだ部屋か?」

 減速指揮のためにマッケンジーが船長席に座りながら言うと、航法士の倉持が振り向いて答えた。

「メシ時以外は、部屋に篭ってなんかやってますね。まぁ、プランナーですから自分でも状況に合わせて考えているんでしょうけど」

 本来は地球と相談しながら決める所だが、既に地球との交信は電波が往復するのに二十分近くかかるため、会話は成立しない。そこで、お互いに自分の意見を文書か動画にして送るしかなくなっている。智也も自分の意見をまとめて送る気なのだろう、とマッケンジーは納得した。

「わかった。でも、もうすぐ減速開始だ。いったんこっちに来て耐Gシートに座るように言ってくれ」

「了解」

 マッケンジーに言われた通信士が船内電話を取り上げた時、智也がブリッジに入ってきた。

「お、今呼ぶ所だったんだぞ、SG……どうしたんだ、その顔?」

 三日間、髭を剃るのも忘れ、部屋にこもりっぱなしでプラン変更に取り組んでいたため、智也はかなりむさ苦しい見た目になっていた。

「いや、顔のことは気にしないでください……それより船長、三日前の件ですが」

 デジャブを感じながら智也は答えた。

「ああ……急ぎか? もうすぐ減速に入るから、話を聞くのはその後にしたいんだが」

 智也は首を縦に振った。

「ええ。急いで地球に準備してほしいものがありますから……できるだけ早い方が良いですね」

 マッケンジーは一瞬考え込んだが、すぐに頷いた。

「わかった。出来るだけ手短に頼む」

 智也は頷いて、持ってきたUSBメモリを手近な端末に差し込んだ。データを開くと、正面のメインディスプレイに地球、「メサイア」、テュールパン彗星の二つの核が表示される。

「彗星の二つの核を、何とか地球に持っていく方法はないか考えたんですが……一つだけ手を思いつきました」

 ほう、と声が漏れ、集まっていた乗員たちがディスプレイを注視した。

「まず、大きい方のテュールパンAを軌道変更させ、出来るだけ地球に近づく軌道に乗せます」

 智也がトラックボール(マウスは無重力で浮いてしまうので使えない)を操作すると、彗星の軌道が変化し、地球方面へ向かい始める。しかし。

「ん? ちょっと待ってくれ。これだと地球には近づくといっても、衛星軌道上に行かずに、地球とかなり離れた場所を通過してしまうことになるが」

 スミス機関長が指摘した。確かに、テュールパンAの軌道は本来予定されている地球上空五千キロ以内ではなく、二百万キロ近く離れた場所を通っている。

「ええ。この船に積んでいる爆弾で、可能な限りテュールパンAの軌道を精密に変えても、これが限界でした。軌道変更用大型水爆は、威力が大き過ぎて細かな軌道制御に向いてませんから」

 智也は試しに軌道変更用爆弾の起爆回数を、一回ずつ増減させてみた。すると、どちらも地球から遥かに離れた軌道へ飛んでいってしまい、失敗だとわかる。

「……なるほど。でも、このままだと彗星は地球に落とせないぞ?」

 マッケンジーが言うと、智也はさらにデータを展開させた。すると、地球から一本の線が伸び、現在地と地球の間、地球よりの空域でテュールパンAとランデブーする。すると、テュールパンAの軌道はさらに変わり、地球投入軌道に乗った。

「これは……ひょっとして『プリマヴェーラ』か?」

 村島が言った。

「そうです。あの船は三分の一は完成してます。いまあるフィッシュボーンに搭載できる物資だけでも、我々がここまでテュールパンAを投げてやれば、キャッチして衛星軌道に投入できます。軌道変更用の大型水爆も、それまでにはより適した出力に調整できるはず」

 智也の言葉にマッケンジーが頷く。

「確かにそうだ。未完成の船だから使えないと思い込んできたが、背骨が短くなるだけだ。航続距離も短くなるが、このプランなら十分いけるな……しかし、この『メサイア』はどうするんだ?」

「この船については、テュールパンAの軌道変更後、離脱してテュールパンBに取り付き、こっちも動かします。コースはこうなります」

 テュールパンBの軌道が画面上に表示されると、どよめきが上がった。テュールパンBは最初に動いたテュールパンAを追い越し、遥かに早く先に地球に到達する。

「テュールパンBは軽い分軌道制御が楽でした。最短コースに載せられます。地球到達前の減速が少しシビアになりますが……場合によっては、地球上から核ミサイルを打ち上げてもらって命中させても、相当減速できるはずです」

 マッケンジーは智也の修正プランを何度も見直した。見る限り、穴はないように思える。特に「プリマヴェーラ」を使える所が良い。おかげで、核を二回動かすと言う過酷なミッションではあるが、地球に無事帰るだけの余裕がある。 

「……よし、減速を一日延期。SGのプランを地球に送信し、裁可してもらう」

 マッケンジーは決断した。智也のプランは現場だけではなく、地球側でも作業変更が発生するため、流石に計画本部の裁可がなければ実行できない。しかし、マッケンジーはこのプランが採択されるだろうと確信していた。

(さすが、原案を作ったSGだ。若者は発想が柔軟ですばらしいね)

 マッケンジーはそう思った。そして、その確信は裏切られなかった。地球にプランを送信してから二十二時間後、計画本部は智也のプランをさらに具体化し、「メサイア」の航海計画もより詰めた日程表付きで送ってきた。また、建造休止中の「プリマヴェーラ」を直ちに就役させ、テュールパンAのキャッチャー船として使用するため、建造が再開されたことも。

 マッケンジーはこれを受け、ただちに減速に入った。そして、三日後。

「メサイア」はいよいよ彗星本体へのアプローチを開始した。


「これより核にタッチダウンする。レーダー、大型デブリを見逃すなよ」

 マッケンジーの号令が響く。船はまさにコマへの突入を開始していた。ガス体であるコマは地球の大気のように濃くはないが、それでも宇宙船にとっては強風の中を突き進むようなものだし、彗星本体から剥離した岩や氷片が無数に飛び回っているはずだ。全行程中の0.1パーセント未満を占めるに過ぎない距離だが、危険度は最大級である。誰もが緊張した面持ちだった。

 船が進むにつれ、周囲の空間が白く淡い光で満たされ始める。コマのガスが太陽光を反射し、あるいは吸収して放つ蛍光だ。

「思ったより明るいが、視界を遮るほどじゃないな……うお?」

 マッケンジーが言葉の途中で驚いたのは、視界を何かが横切ったためだった。その直後から、ガン、と言う音や、ザアッ……という雨だれのような音が聞こえ始める。コマに混じった彗星の欠片が、船体にぶつかる音だ。

「結構欠片が多いな! これは予想外だぞ」

「たぶん、核が二つに割れたときに一緒に出た破片でしょう」

 誰かの会話が聞こえる中、レーダー手は真剣な表情で画面を睨んでいた。

「核までの距離七千五百キロ。相対速度、毎秒十五キロ」

「よろしい。速度落とせ。航海、右旋回二度、上昇五度。以後直進」

「了解」

 じりじりと核との距離は縮まり、その間も彗星の欠片はひっきりなしに船体にぶつかり続けていたが、幸い大きな欠片に当たる事はなく、故障や損傷といった事態は発生しなかった。そして、目の前についにそれが現れた。

「核を光学観測系で捕捉。画面に出します」

 智也が操作していた光学望遠鏡の捉えた像を画面に表示させると、おお、と言うため息が漏れた。

 淡い光の中、ジャガイモのような歪な楕円形の物体が二つ並んで浮かんで、ゆったりとした速度で自転している。表面は黒い塵に覆われ、道路脇の排ガスや塵で汚れた雪を思わせた。ある学者が彗星を「汚れた雪玉」と呼んだと言うが、まさにピッタリの呼称である。

「現在の距離は五十五キロです。相対速度は現在毎秒五十メートルで接近中」

「……よし、ドッキング準備。航海、微速前進」

「降着地点をマーキングします。そこへ進んでください」

 マッケンジーと智也の言葉に頷き、わずかに船を加速させるアンドルーズ操縦士。汚れた雪玉は見る間に大きくなっていき、やがて視界の大半を覆った。

「現在、核から二百メートルまで接近」

「降着ダンパー開け」

 マッケンジーが命じると、キャビンを覆っていたカバーの一部がスライドし、花びらのように開いた。その先端には、核に食い込ませて船体を固定するためのフックと、衝撃吸収用のダンパーが設置されている。遠くから見れば、巨大な銀色のひまわりが、花を先頭にして核に近づいているように見えたかもしれない。

 その状態で船はじわじわと核に近づいていき、頃合を見計らってマッケンジーは叫んだ。

「今だ。ダンパー下ろせ。船体固定!」

 次の瞬間、ダンパーはフックを核につきたてていた。裏側のノズルから光硬化液体セラミックが吹き付けられ、たちまち硬まって固定を完全なものにする。

「……固定完了。タッチダウン成功です!」

 アンドルーズが報告すると、船内に歓声と拍手が湧き起こる。作業の最もデリケートな瞬間をクリアしたのだ。しかし、それを戒めるように船長が言った。

「休んでいる暇はないぞ。SG、軌道変更のタイミングは最短で何分後だ?」

「二十二分……ですが、それは間に合いませんね。核は一時間十三分周期で自転していますので、一時間三十五分後が最初のタイミングになります」

 質問を予測していた智也ははきはきと答えた。マッケンジーはそれに満足し、周囲の乗員を見回す。

「聞いたな? 一時間三十五分後に第一回の軌道変更を実施する。爆圧プレートを核軌道変更モードに変更。水爆発射用意だ」

「アイ、アイ、サー!」

 乗員たちは一斉に敬礼し、所定の作業を開始した。


 船体後部にある、六角形の爆圧プレート。二十四枚あるそれは、ここまでの航海では一枚しか使われなかったが、その未使用分が収納スペースからせり出してきた。それは最初のプレートを取り囲むようにして繋がり、六角形を十八枚繋げた、蜂の巣のような姿に変わっていく。軌道変更用の大型水爆は、航行用のプルトニウム原爆が一発二十キロトンなのに対し、実に二十メガトンの爆発力がある。千倍の威力だ。

 その爆発は一枚のプレートでは受けきれないため、こうして十八倍の面積に広げるのである。やがて展開が終了したところで、接合部の誤差やゆがみが測定され、精度に問題がないことが確認された。

「いよいよだな……」

 誰かが言う。核パルス推進そのものはもう慣れたが、さすがに千倍の爆発力相手ともなると、緊張感が先にたつ。口の中はからからだ。何しろ、地上で爆発させれば関東地方くらいの広さなら、一瞬で焦土と化してしまえるほどの威力なのである。

 それが僅か数キロの距離で爆発する衝撃を受け止めるのだ。安全性がいくら確保されてるとわかっていても、緊張は隠せない。

「軌道変更、第一回核爆薬……用意……投射」

 機関士がスイッチを押し、ちょっとした家ほどの大きさがある水爆が切り離される。それが自転の遠心力によってゆっくり後方に飛んでいくが、数秒でその映像が途切れた。

「全光学観測機はシャットダウンの上カバーリング完了」

 智也は報告した。流石にこの爆発を至近距離で観測したら、光学機器は全て限界以上の光を受けて破壊されるだろう。

「起爆までカウント開始。九、八、七……二、一、ゼロ……イグニッション!」

 その瞬間は、地球衛星軌道上の国際宇宙ステーションや観測衛星でも、はっきり確認できた。輝く彗星のコマの中に、それより強烈な閃光がきらめき、衝撃波によってコマの形が揺らめいた。

 実際の現場では、爆圧プレートの陰になっている部分を除いて、彗星の核の半面が強烈な放射線を浴びて瞬時に泡立ち、沸騰し、飛散した。「メサイア」の周囲以外の地表が深さ2メートルまで蒸発し、塵の堆積していない美しい氷の層を露にする。

 次の瞬間「メサイア」自体も彗星の中にめり込むように沈んだ。衝撃波に押された船体が、支えになっていた表層を砕いて、船体をめり込ませたのである。

 その変化は一瞬だった。ダンパーが衝撃を吸収し、分散して彗星に伝えると共に、復元して船体を元の位置に復帰させていった。やがて、虹色の核融合爆発の残滓が消え去った時、起爆前まで十キロ強後方にあったはずのテュールパンBは、十二キロ後方にあって、徐々に遠ざかりつつあった。


「あいててて……航行用のやつなんか比じゃないほど強烈だな」

 衝撃で一瞬気絶していたマッケンジーが、コンソールから顔を上げて首を横に振る。

「うえ、ガイガーカウンターが一瞬許容範囲外の線量を記録してますよ。こりゃ地球に帰ったら精密検査ですね」

 機関士が言う。さすがに、一発で小国なら消し去れる威力の爆弾ともなると、船に与える影響も甚大だった。まして、今の「メサイア」は爆発と巨大な氷塊との間でサンドイッチにされているのである。

「ともかく、船内状態知らせろ。亀裂や空気漏れはないか? 重大な故障は? それより……上手くいったのか?」

 マッケンジーが顔を向けると、観測データに目を通し終えた智也が、明るい表情で答えた。

「テュールパンAの軌道要素変更を確認! 事前の推定値範囲内に収まっています。速度も若干加速……成功です!」

「船体の損傷なし。バンパーに若干変形……ですが、想定の範囲内です!。本船の全機能に問題はありません!」

 技官が続けて報告し、船内にはまたわあっ、という歓声と拍手が鳴り響いた。この航海で最大の課題だった彗星核の軌道変更……それが無事に実行できるものだと証明できたのだから。

「よし……プレート冷却急げ。今日の分の軌道変更が終わったら、みんなで祝杯と行こう!」

 マッケンジーが言うと、船内に出港以来最大のどよめきが上がった。



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