第2話 【収納】スキル、熟練度9999
今日も朝早くから、街の裏山に、クエスト指定の薬草を集めにやって来た。
チュンチュンと聞こえる鳥の鳴き声と、澄んだ空気が心地良い。
「や。今日もいい天気じゃのー」
ワシは目を細めながら、薬草を見つけては【収納】スキルでアイテムボックスに格納して行く。もう何十年も繰り返した行為だ。
自分が俺ではなくなってしまうくらいに、時間が経った。
【収納】スキルの限界、青字にはまだならない。
あれからのティナは凄かった。王都に出て仕官をすると、数々の功績を上げた。
出世に次ぐ出世で、とうとう手柄が認められ、子供のいなかった国王様の養子に入ることになった。
つまりこのラーシア王国に、女王マルティナ様が誕生したのだ。
女王ティナは活発化した魔族軍との数々の戦いにも勝利をし、国と民を守り続けた。
ラーシア王国史上もっとも偉大な王との呼び声も高い。
つい最近、健康不安のため王位を養子の王子に譲ったらしい。
そう、養子だ。ティナはまだ、独身を貫いている。
今でもワシを指名した、依頼主が匿名になったクエストが冒険者ギルドによく来る。
荷運びや薬草採集などの軽いものだが、それだけに本来指名までする必要はない。
老害扱いされたワシにクエストが無くなり食いっぱぐれないように。
また、【収納】スキルが成長するように。
そう考えて、ティナが秘かに仕事を回してくれているのは明らかだ。
ティナがワシにそこまでしてくれるならば、ワシが諦めるわけにはいかなかった。
ここまで来たらもう意地だ。
ワシが死ぬのが早いか、【収納】スキルが限界に到達するのが早いかの勝負だ。
「ん。この石は邪魔じゃな」
と、薬草を摘むのに邪魔な石ころをどかそうと――
【石ころ】
収納時のステータスボーナス:
腕力+1(上限値:150)
「んんん……何じゃこりゃあ……!?」
いきなり、見た事も無い情報が頭に飛び込んで来た。
首を傾げながら【収納】し、アイテムボックスのリストを呼び出す。
「アイテムボックスの内容を確認」
【アイテムボックスの使用状況】
使用率:1/100%
品目リスト:
石ころ:1
薬草:10
ステータスボーナス:
腕力+1
体力+10
「ステータスボーナスじゃと!?」
今まで、ステータスボーナスの情報など存在しなかったのだ。
これは――!? これはもしかして、【収納】スキルが何か変わったのか!?
とうとう限界の青字に辿り着いたのか!?
「薬草を取り出し!」
手の中に先程摘んだ薬草が現れる。
【薬草】
収納時のステータスボーナス:
体力+1(上限値:100)
なるほど薬草のステータスボーナスは体力+1。
これが10個入っていたから体力+10になっていた……と?
上限値なるものがあるが、これは100までステータスボーナスが付くという事か!?
「よ、よし――!」
そこらに転がっている薬草や石ころを、どんどん集めてみる。
そして――
使用率:1/100%
品目リスト:
石ころ:160
薬草:122
ステータスボーナス:
腕力:150
体力:100
やはりどれだけの個数を集めても、そのアイテムの持つ上限値は超えないようだ。
だが十分。腕力が150もあがれば、それは常人の何倍もの力のはずだ。
「た、試してみるぞい……!」
拳を握り締めて――近くの大木の幹にパンチを叩きこんでみる。
ゴウゥッ!
拳が風を切って轟音を立てる。そして――
バキイィィィィッ! メリメリメリメリ……!
木が凄い音を立ててへし折れ、盛大に土煙を巻き上げながら倒れた。
「お……おおおぉぉぉぉっ!?」
こんなのはあり得ない。今までの自分では絶対に無理だったことだ。
本当に腕力が+150されているようにしか思えない。
あのステータスボーナスの情報は嘘ではないのだ!
「な、何じゃとこれがワシか……!? こ、こんな、こんなことがあるのか……!」
つまり。つまり――
【収納】スキルに目覚めて苦節60年。
ようやく、ようやく目の前に光が見えたような――
キラッ。
「んん? 何か光ったか……?」
気のせいではなく、本当に何か光っていたようだ。
「……!?」
倒れた木の脇に、白骨化した人影が転がっていた。
その首に下げているペンダントが、キラリと光を放ったのだ。
「先程までこんなものは……なら、木の上に引っかかっておったか」
ワシは目立つペンダントに視線を落とす。
【武芸者のペンダント】
収納時、特技『気弾』を使用可能。
「うぬ……!? と、特技を使用できるじゃと!?」
特技の『気弾』は【格闘技】や【武闘家】等のスキルを持つ者だけが身につけられる。
生命エネルギーを破壊力に変換して発射する大技だ。
それをいきなりワシが使えるようになるのか……!?
ともかく白骨化した亡骸に手を合わせて、ペンダントを収納した。
「こ、これで『気弾』が使えるようになったのかのう……? ん? これは鳥の羽根か」
亡骸の周りに、鳥の羽根が無数に落ちている。
【デスコカトリの羽根】
収納時のステータスボーナス:
敏捷+3(上限値:180)
「デスコカトリス……!?」
人を襲う肉食鳥の魔物、コカトリスの上位種だ。
かなり凶悪な魔物で、Sランクの冒険者でも油断はできない。
ワシのずっと所属しているギルドでも、これが倒されるのは数年に一度あるかないかといった所。あの亡骸は間違いなく、デスコカトリスの餌食になった哀れな人間だろう。
こんな所に巣を作っていたのか……!?
戻って来ないうちに、早く離れた方が――
しかし、遅かった。黒い影がふっと、ワシの頭上にかかったのだ。
ギャアギャアギャアギャアッッ!
見上げると凶悪な顔つきをしたデスコカトリスが、ワシを睨み付けている。
巣を破壊され、怒り心頭といった所だ。
デスコカトリは、並みの冒険者ならば、もし出会ったら即逃げるべき相手だ。
ワシは並レベルですらない。60年この方、しがない底辺冒険者だ。
「うう……いやしかし!」
『気弾』があるはず! これで対抗を――!
ギャギャギャーーーーァァッ!
しかし、デスコカトリスはワシより圧倒的に敏捷性が高い。
ぐるりと斜め後ろ方向に回り込むと、バサバサと大きく羽ばたく。
そしてその体から矢のように、無数の羽根が放たれる。
デスコカトリスの羽根吹雪だ!
この羽根に強力な毒があり、かすっただけで、ものの数分で人を殺すという。
それがデスコカトリスの名前の由来にもなっている。
「うわああぁぁぁぁっ!? す、すまんティナ、ワシはここまで……!」
しかし――その時不思議な事が起こった。
デスコカトリスの必殺の羽根吹雪が、ワシに触れる寸前で悉くフッと歪んだようになって消えて行ったのだ。
これは、【収納】スキルでアイテムをアイテムボックスに入れた時のような――?
使用率:1/100%
品目リスト:
石ころ:160
薬草:122
デスコカトリの羽根:62
ステータスボーナス:
腕力:150
体力:100
敏捷:180
頭の中に流れてくる情報。
「ぬ……!? 攻撃を【収納】しただと!?」
しかも、ステータスも上がっている!
ギャギャギャーーーーァァッ!
再び放たれる羽根吹雪。
「!」
今度は、それが完全に見えた。
先程よりも何倍も、ゆっくりなように見える。
すべての羽根の飛ぶ軌道が、ハッキリと把握ができる。
「はっ!」
シャシャシャシャシャ!
ワシはその攻撃を細かいステップを踏んで避け、すり抜ける事に成功していた。
ギャギャ!?
驚いたように、動きを止めて首を捻るデスコカトリス。
ワシも驚いていた。これが激増した敏捷性の力!?
「な、何じゃあこの動きは――これがワシか……!? あぎゃっ!?」
コシが痛い――! 寄る年波にだけは勝てないようだ。
「ぐう……し、しかぁし!」
痛みをこらえて、ワシは反撃に出る。
だてに長くは生きてはいない。何度もこれを撃つ人間を見た事がある。
掌を空中のデスコカトリスに向け、そこから先に延ばすイメージで集中をする。
ぽうっと温かくなり、光が浮かび始める。
――行ける!
「『気弾』っ!」
ゴオオォォォォッ!
黄金に輝く『気弾』がデスコカトリスに突き進み、直撃!
ギャアアアアァァンッ!?
全身から煙を吹くようにして、デスコカトリスは地面に墜落した。
びくびくと痙攣をして、やがてそれも止まる。
――起き上がってこない。
「や、やったのか……!? このワシがデスコカトリスを……!?」
信じられない――
信じられないが、これは紛れもない現実。
なぜならまだ、ワシの腰はズキズキと痛んでいるのだ。
「と、とにかくこいつを持って帰って、スキルの鑑定もしてもらうとしようかの……!」
苦節60年。
ワシは何かが変わり始めるのを感じていた。
そして年甲斐も無く、ワクワクしている。
こんな気持ちは、15歳でスキルを授かる直前のとき以来かも知れない。
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