第1話 昔話
これから昔話をする。
この世界では、15歳になると誰しもがスキルを一つ授かる。
両親は高名な冒険者だった。
だから自分も、冒険者に相応しいスキルを授かる事を信じて疑っていなかった。
両親を超えるような立派な冒険者になる。それが将来の夢。
来るべきその日のために、小さな頃から剣術の訓練を積んだ。
あれは10歳の頃――
ギャオオォォーー!
俺の剣で、アウルベアが悲鳴を上げて倒れた。
「よし勝った! おーいティナ出て来いよ。もう大丈夫だぞ」
長い金髪をした、きりっと美しい眼差しの少女が木陰から姿を現す。
マルティナ。だからティナ。いわゆる幼馴染というやつだ。
「た、倒したのか……!? ほ。ほんとに凄いなアッシュは。まだスキルも授かっていないのに……」
「ま、本番は15歳でスキルを貰ってからだろうけどな。今のうちから鍛えとくに越したことは無いよな?」
「で、でも無茶をし過ぎだ! アッシュが大怪我したらって、凄く怖かったんだぞ!」
ティナは少し涙ぐんでいた。
見た目も口調もしっかり者風なのだが、実際は心配性だし少し泣き虫でもある。
「それも慣れてくれよ。俺達15になったら冒険者になるんだぞ。こんな事、この先何度だってあるんだ」
俺はティナの頭をぽんぽんと撫でてやる。
「う、うん――私、一生懸命ついていくから! だから、おじさんとおばさんみたいな立派な冒険者になったら……おじさんみたいに――その……わ、私をおよめさんにしてくれよ! 約束だからな!」
「は、恥ずかしいからあんまり大声で言うなよ……!」
「何が恥ずかしいんだ、私達の将来の事だぞ! 分かってるのか? 分かってくれないなら、もうお弁当は作ってあげないからな!」
「わ、分かってるよ……約束するって。何回も何回も言い過ぎなんだよ、ティナは」
「ふふふっ。ひと月に一回くらいは聞いておかないと不安なんだ。アッシュが強くて格好いいのが悪い。悪い虫がつかないか心配なんだ」
ティナはそう言って、悪戯っぽく笑った。
――今思えば、あの頃は無邪気だったと思う。
そして15歳になり――
俺達はスキルを授かる儀式に臨んだ。
まずティナの番。
「おぉ――おめでとうございます! あなたのスキルは【聖戦士】です! Sランクスキルなんて久しぶりに見ましたよ! 素晴らしい!」
担当の神官が、顔を輝かせて声を上げる。
興奮するだけの価値のあるスキルだ。
【聖戦士】
剣、槍、斧、棍の特技を習得する事が出来る。
光魔法を習得する事が出来る。
得意武器・魔法の効果に強化効果を得る。
神に祝福されし聖なる武具を扱う事が出来る。
熟練度:1/99
ステータスボーナス:
腕力 :7(7)
体力 :7(7)
敏捷 :5(5)
精神 :6(6)
魔力 :4(4)
※()内は熟練度1毎のボーナス値。
数々の種類の武器の特技や、神聖系の魔術も内包した複合スキルだ。
また、スキルの熟練度が上がった時に得られるステータスボーナスも最高峰だ。
最終的な人の強さは、本人の素のステータス+スキルによる補正値で決まる。
が、人体の素ステータスなんて、いいとこ20程度。
高ランクスキルによる補正値は、本人の素のステータスを遥かに上回って来る。
【聖戦士】のステータスボーナスを見れば明らかだろう。
熟練度が2~3上がれば、もう超人クラスである。
戦闘力に関しては、何のスキルを授かるかが最重要、
そしてティナには間違いなく、冒険者としての素晴らしい素質があるという事だ。
「わ……! すごい、私が!? これでアッシュに付いて行けそうだな!」
「ああ、良かったな、ティナ!」
「では次はあなたの番です」
「はい、お願いします」
そして俺のスキルは――
「う……これは――」
と神官の顔が歪んだ。
「? どうかしましたか?」
「い、いえ……あなたのスキルは【収納】ですね」
【収納】
目に見えないアイテムボックスにアイテムを格納する事が出来る。
格納したアイテムのリスト及び使用率は、アイテムボックスメニューで確認が可能。
積載容量は、スキルの熟練度が上昇すると増加する。
熟練度:1/99
ステータスボーナス:無し
「ええぇぇぇっ!?」
思わず声を上げてしまった。
Fランクの外れスキルだったからだ。
効果としては、目に見えない空間にアイテムを格納できるというもの。
スキルの熟練度が上がれば上がる程、積載容量が増える。
それだけならば、いい効果ではあるのだが、問題がある。
既に同じ効果のあるマジックバックが世間には出回っているのだ。
【錬金術】で作られた魔法のアイテムである。
アイテムで代用できる分、スキルの効果に特筆すべき利点はない。
そして、【収納】スキルの熟練度によるステータスボーナスは皆無だ。
特殊な利便性も、ステータス的な強化も無い。ゆえにFランクのハズレ扱いなのだ。
「ちょっと待って下さい! アッシュがそんなスキルだなんて、何かの間違いです! もう一度確かめてみて下さい! アッシュはずっと、立派な冒険者になりたいって――!」
「……残念ながら間違いはありません。全ては神の思し召し――我々には如何ともしがたい事なのです」
そう言われると何も返せず、俺達は儀式の神殿から外に出た。
「……アッシュ、その――」
「何してるんだよティナ、行くぞ」
「? どこへだ?」
「冒険者ギルド! ハズレ引いたくらいで、諦められるか! 何とかなる、行くぞ!」
「う、うん! さすがアッシュはへこたれないな!」
ティナはそう笑ってくれた。
ティナの前だから強がれたけど、本当はショックだった。
一人なら泣いていたかも知れない。
それから冒険者になった俺達は、二人で色々なクエストに挑戦して行った。
そうやって経験を積んで行く中で、ティナの強さはあっという間に俺を抜いた。
時間が経つごとに差が開き、そして絶望的なまでの格差になって行った。
俺達が20歳になった頃――
ティナはSランクの冒険者となり、このギルドで一番と言われるようになっていた。
俺は限界ギリギリまで頑張って何とかDランク。
傍から見れば、何故かティナにいつもくっついている金魚のフンって所だ。
その事に嫉妬し、絡んで来る奴も少なくない。
冒険者ギルドに帰って来た俺とティナを見て、早速声がかかる。
「おいティナ。いつまでそんなゴミを連れてるんだよ。俺達のパーティに入ってくれよ。SランクとAランクだけのパーティだぜ? お前もこっちのほうがもっとでかい仕事ができるだろ?」
ティナに次ぐギルドのナンバー2冒険者のバルバスがそう言う。
「断る。余計なお世話だ。それから勝手にティナと呼ぶな。マルティナだ、ティナと呼んでいいのはアッシュだけだ」
ティナは全く表情を変えずにそう返す。
「ちっ! おい雑魚が、お前のせいでティナの能力が活かし切れてねえんだよ! さっさと死ぬか田舎に帰りやがれ! それが世のため人のためだろうが!」
「違いねぇ!」
「何なら今すぐ両腕へし折って再起不能にしてやっても構わねぇけどな!」
「「「はっはっはっはっ!」」」
「……黙れ。それ以上言うなら今すぐ私が貴様らを再起不能にしてやるぞ」
ティナの鋭い視線に、バルバス達がゴクリと息を呑んだ。
恐ろしいまでの殺気を発している。
直接向けられていない俺が、迫力で背筋が寒くなる程だ。
やはり今の俺とティナとでは、圧倒的なまでの差がついてしまっている。
「行こう、アッシュ。今日は楽しみな事があるんだからな」
表情を変えたティナはワクワクとして、俺の手を引く。
何か今日、俺は変な感覚がするようになっていたのだ。
あれはそう、15歳の頃にスキルを授かった時のような――
ごくごく稀にだが、後天的にスキルを獲得する現象もあるらしい。
ダブルスキルというやつだ。数万人に一人くらいの確率で存在するらしい。
【収納】スキルはいくら熟練度を上げても、ステータスボーナスは発生しない。
もう熟練度は上限近い95になっていたが、アイテムの積載容量が増えただけである。
だから俺は、後天的なスキル獲得という奇跡を願うしかなかったのだが――
もしかしたらとうとう、それが来たのかも知れない。
修業に修業を重ねた結果が出てくれれば――
そんな一縷の望みにかけて、ステータスの鑑定にやって来たのだった。
「済まないが、ステータスの鑑定を頼む。まずは私からだ」
と、ティナがギルドの窓口に申し出る。
変な感覚がしたのは、ティナも同じだったらしいのだ。
二人そろって勘違いという線も、十二分にあり得るが――
「では鑑定しますね――ん……? あぁぁぁぁこれはっ!? す、すごいぞ……!」
「? 何が見えたんだ?」
「た、ダブルスキルです! 元々の【聖戦士】に加えて【大賢者】まで!」
「「「な、何いいぃぃぃぃっ!? Sランクスキルが2つだと!?」」」
ギルド中が、絶叫の渦に包まれていた。
凄い。こんなのあり得ない。
俺も驚愕していた。一体どこまで凄いんだ、ティナは……!
こいつは本物の天才だ。歴史に名を残す英雄クラスかも知れない。
「す、すごいな……! おめでとう、ティナ――!」
「アッシュ……だけど、私――いや、ありがとう。さあ、次はアッシュの番だぞ! 私と同じ感じがしたのなら、きっとアッシュも!」
「あ、ああ――じゃあ次は俺も頼む」
「はい、では――ん……あ、アッシュさんもダブルスキルのようですよ!」
「「「何だとおぉぉぉぉぉっ!?」」」
様子を見ていた野次馬達から声が上がる。
「な、何なんだ……!? アッシュの二つ目のスキルは!?」
俺よりもティナのほうが興奮しているくらいだ。
いや、それは違うか。
俺は緊張と興奮のあまり、言葉が出ないだけだった。
今までの努力と苦労が、報われてほしい。
もうティナのオマケと見られるのは嫌だ。
対等な立場で肩を並べて、広い世界を冒険したいのだ。
「ぷ……くくくっ――くっ……」
「な、何が可笑しいんだ!?」
ティナが喰いつく。
「いや、済みません――ちょっとあまりにも……いや、悪気はないんですよ」
「いいから早く教えてくれ。アッシュの新しいスキルは何なんだ!?」
「そ、それが――【天才】でした……」
「「な……!?」」
【天才】
所有者が持つ他スキルの成長速度及び性能を引き上げる。
熟練度が増す程、効果は上昇する。
熟練度:1/99
ステータスボーナス:無し
効果はこうだ。
つまり【天才】は、ダブルスキルのもう片方を引き立てるサポート的なスキルだ。
ティナが授かれば、【聖戦士】が更に凄い事になっていただろう。
だが【収納】持ちの俺が貰っても――
しかも【収納】自体の熟練度はもう90を超えている。
今更成長速度が上がってもほぼ意味が無い。
性能が上がっても、積載容量が上がるだけ。
つまり、冒険者として強くなりたい俺にとっては――これも大ハズレである。
せっかく奇跡的にダブルスキルになったと思ったら、これか――!
一瞬期待しただけショックも大きく、目の前が真っ白になりそうだった。
もう万策尽きた――のか?
「く、くそ……っ! こんなのありかよ――」
情けない事に、ポロっと涙が。一瞬、堪え切れなかった。
「あ、アッシュ……その――」
しかしティナの言葉は、大きな笑い声にかき消される。
「「「ぎゃーーーーはははははははっ!」」」
「こいつは傑作だぜ! ハズレ野郎がまたハズレ引きやがった!」
「いやいや【天才】自体はいいもんだぞ! 【天才】は悪くねえんだ、悪いのはこいつだ!」
「貴重なダブルスキルをドブに捨てやがって! お前さては無駄遣いの天才だな!?」
「もしくは笑いの天才だな!」
「どっちもだな!」
「「「ぎゃはははははははっ!」」」
バキイィィィッ! どがしゃああぁぁぁんっ!
笑い声を切り裂く、痛そうな音と衝突音。
ティナが一番大笑いしていたバルバスを殴り飛ばしたのだ。
「貴様ら許さん、殺す……!」
「「「ひいいぃぃぃっ!?」」」
その日、ティナは冒険者ギルドで大暴れし、暫く出禁になった。
そして――
冒険者ギルドを出禁になった俺達は、暫くギルドを通さない直営業や、国や領主が臨時に組織する魔物の討伐軍に傭兵として参加したりして、日銭を稼いでいた。
ティナはどこへ行っても大活躍。この間の討伐軍では殆ど一人で魔物の群れを片付けたので、お偉い方も度肝を抜かれただろう。
相変わらず俺は、ティナのおまけのようなもの。
一人では、魔物の群れの最下級の個体と死闘になってしまうレベルだった。
その日、俺達が宿屋の一階の食堂で、食事をしている時――
バァンッ!
ティナが勢い良くテーブルを叩いて、立ち上がる。
「どういう事なんだ、アッシュ!? もう一緒に冒険するのは止めようなんて……! わ、私が何か悪いことをしたか!? いや確かにこの間はギルドで暴れて、暫く出禁になってしまったが……ごめんなさい! 謝るから!」
「いや、あれは俺もちょっとスッキリしたから別にいいんだけどさ――」
「じゃあ何故だ!? 私の事が嫌いになったのか!?」
そんなはずはない。
こんな落ちぶれて情けない俺とずっと一緒にいてくれるのだ。
感謝しかないし、それ以上の感情も勿論持っている。
「そんなはずないだろ。約束だって忘れてない」
「そ、そうか……?」
「ただティナ、この間国王様直々に仕官を誘われてただろ?」
「ああ。騎士団を一つ任せるから――とか何とか言っていたな」
平民出身の一冒険者に対して、破格の厚遇である。
「あれ、受けた方がいいと思うんだよ」
「えぇっ!? まあ確かに、ギルドのクエストは暫く受けられんし、条件は良かったが。ああそうか、私がアッシュを養えばいいのか!? で、アッシュが家庭に入って――」
「ちがうちがう。俺は冒険者を続けるよ。まだ【収納】スキルが限界まで行ってないし」
あれから【収納】スキルは表記上99/99に到達したのだが――
普通限界ならば、ステータス鑑定時に青い字になるらしいがそうならなかった。
鑑定が99までしか対応していないからのようだが、100以上があるという事だ。
どこまで上がるかは見えないが、青字が打ち止めの証。まだ先はある。
限界まで行った所でどうなるものではないだろう。
が、完全に諦めをつけるためには、そこまで行っておきたかった。
「そんなのイヤだ! 私はアッシュと一緒にいたいだけなんだ! 私だけ仕官なんて!」
「ティナの力を必要とする人間が多いんだよ。ただでさえ最近、魔族の動きが活発化してるとか、魔王の復活が間近だとか、いろいろ言われてるだろ? 少しそういう人達に協力してもいいんじゃないか?」
世のため人のために力を使うべき論ってやつだ。
あの時の俺は――ティナ程の天才の力を、俺の面倒を見させるために縛り付けておくのが申し訳なかった。
いやそれ以上に、ティナの側に居続けるのが辛くなっただけかもしれない。
日々見せつけられる圧倒的な差に、俺自身が耐えられなかったのだ。
「俺も必ず追いつくから。ティナの横に並べるように。だから今は、先に行っててくれ」
それでも嫌がるティナを、俺は何度も時間をかけて説得した。
「……横に並ぼうとなんて、しなくてもいい。どんな形でもいいから……アッシュの気が済んだら、必ず迎えに来てくれよ?」
ティナも最後にはそう言って、頷いてくれた。
「ああ、約束するよ」
ティナには、俺の気持ちを見透かされていたかも知れない。
そしてティナ自身も、自分が突き抜け過ぎている事が苦しかったのかも知れない。
だがあの時ティナは、間違いなく俺の言葉を信じてくれていた。
それは今振り返っても、間違いない。
ともあれ俺達は、それぞれ別の道に行ってみる事にしたのだ。
それから――
現在75歳。
ワシはまだ、そのままだった。
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