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月季花

本編4章3話後〜8話前くらいの小話。

 何代か前の慶黄国の王妃が、月季花を殊の外愛でていたという。

 そのため王城の奥、私的な場所にある庭の一つは今でも月季花が大切に育てられている。



  *  *  *



 早春。

 寒さが緩み始める朝のことだった。


「奥の庭に月季花が咲いたらしい。見に行かないか?」


 朝食後のお茶を頂きながら迅が言う。

 月季花は瑞東国でも好んで育てられているが、慶黄国の王城でも好まれ、改良が重ねられているそうだ。

 他では見ることのできない種類のものが複数育てられているらしい。


「私はこれから薬師の所にいかないと。遠慮しておくよ」


 沙羅が何かを言う前に喬が言う。


「沙羅はどうする?」


 奥の庭、ということで気が引けるが、聞けば迅と共に立ち入る分には問題ないそうだ。

 璃桜の許可もあるとのことで沙羅は迅の誘いに頷いた。



  *  *  *



 長い廊下を迅と共に歩いていく。

 すれ違う人もおらず、どちらともなく手をつないでいた。


 沙羅も、手をつなぎたいな、とは思っていた。

 けれど迅は自然に指を絡ませるようにつないできて、心臓に良くない。


 見上げると涼しい顔で、その余裕が少しだけ腹立たしい。

 お返しにと、沙羅も迅の手を少しだけ強く握ると前を向いた。

 迅が少し笑った気配がする。

 そのまま迅の手にも少しだけ力が込められ、沙羅も微笑んでいた。



 目的の奥の庭に近づくにつれて花の香りが強くなる。

 記憶にある香よりも幾分か濃く、甘い。

 庭に出ると、さらに強く香ってくる。

 澄んだ光の中、朝露に彩られた花々はとても美しい。


 迅に導かれ、庭に出て花の間を見て回る。

 真紅、白、薄紅、桃。

 咲き誇る花の間を迅と共に歩くのは夢の様だった。


 そのうちに、だんだん体が冷えてきた。

 一応寒さを見込み着こんで来ていたが、寒さの方が勝ったようだ。

 迅の手はあたたかいのに、沙羅の指先がどんどん冷たくなってゆく。

 迅もそれに気がついたのか、繋ぎ方を変えられる。

 指先をそろえて握られたと思ったら、そのまま手のひらも一緒に握りこまれる。

 沙羅が軽くこぶしを握った上から迅の手が包み込むような形だ。

 確かにあたたかいが、何か違う。


「普通に、つなぎたいわ」


 立ち止まり迅に言うと、迅は不思議そうな様子で沙羅を見る。


「寒いだろ」


「大丈夫よ」


「そうか?」


 迅は沙羅に向き直り、手を繋いでない方の手を沙羅の頬に添える。


「やっぱり、冷えてる」


「大丈夫だもん」


 少し意地になった沙羅に、迅は口の端を上げる。


「だったら、少しあたためてやろうか」


「えっ」


 沙羅が驚いている間に、繋いでいた方の手も頬に添えられ、迅の手で両頬を挟まれた格好になる。

 そのまま見上げると、迅と目が合う。


「嫌か?」


 嫌じゃない、嫌じゃないけれど、まさか――。


 そのまま迅の顔が近づいてきて、沙羅は強く目を閉じた。

 しかし、いつまでたっても想像した場所に接触はなく、代わりに額に軽い感触を感じる。

 目を開けると思ったよりも近くに迅の顔があった。


「おでこ……」


「少しって言ったろ」


 悪びれた様子もなく言う迅に、沙羅は真っ赤な顔のまま言葉が出てこない。

 迅との接触が額で、ほっとしたような残念なような。

 判断がつかずに固まる沙羅を、迅は心配してのぞき込む。


「沙羅? やりすぎた? 大丈夫?」


「―――じゃ、ない」


「え?」


 聞き返す迅に顔を寄せ、沙羅も言う。


「だいじょぶ、じゃ、ない、――」


 そして勢いをつけ、少し背伸びをして迅の頬に唇を当てる。

 意趣返しのつもりだったが、あまりの恥ずかしさに、この場から逃げ出すことを決める。

 走り出そうとしたところで、先に迅に腕をつかまれてしまった。

 そのまま腕の中に背中から抱き込まれる。


 肩口に、迅の額が乗り、少しだけ重みを感じる。


「沙羅が、かわいすぎて、危険すぎる」


 そんなことを言われるので、沙羅も言い返す。


「迅が、あんなこと、するから――」


「わりぃ。

 けど、ちょっとだけ、このまま、な」


 囁かれ、よく考える前に頷いていた。


 けれど結局。

 帰りが遅い二人を心配しに喬が見に来るまで、そのまま二人固まっていた。


月季花=薔薇です。


巴様にイラストのお礼として。

糖度マシマシがテーマです。

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