動機
「君はなんで死のうと思ったの?」
夕日に照らされながら、屋上で彼に尋ねた。手すりに掴まって、夕日に引かれていく街を眺めている彼の、黒い髪が小さく揺れた。
「この世界が、嫌だったから」
「へえ、ありきたり」
彼は振り返って、怒ったように眉をひそめて言う。
「そういう君は」
「俺は、自分が嫌いだから」
「君だって、ありきたりじゃないか」
口をとがらせて言う彼を横目に、僕も隣に並んで、街を見下ろした。
「ああ、全くもってその通りだ」
視界の端で彼は首を傾げる。
「そういうとこまで全部含めて、自分が嫌いなんだ」
彼はなにか言おうと口を開いたけど、結局黙りこくって、またそっぽを向いて、街の方を眺めた。
狭い土地にびっしりと敷き詰められた住宅郡は居心地が悪そうで、点々としている背の高いビルは、ふんぞり返って影を落としている。網のようにかかった道の上を歩くのは、ありのように小さい、列をなす人間たち。申し訳程度に置かれた遊園地の観覧車が、健気にも回っていた。
普通の街、あるべき姿、当たり前の風景。
隣にいる彼を見た。その澄んだ茶色の瞳に映る街は、黒く波打って、へどろみたいに歪んでいる。太陽の光でさえも吸い込まれて、ブラックホールみたいに、輝きすら見せない。
彼にはいったい何が見えているのか、とても興味があった。
「もう塾だから、帰らないと」
ポケットから取り出したスマホで時刻を確認すると、彼は下に置いてあったカバンを拾い上げる。
「そんなものに行っているのか」
「将来のためだから」
独り言のように呟いて、すたすたと歩き去っていくその足取りに、どこか重りのような躊躇いが見えて、聞かずにはいられなかった。
「いきたくないのに、行くのか」
背中を向けていた彼は、また振り向いて、
「どういう意味」
と尋ねる。その目はあの時と同じように僕のことをきつく睨みつけて、怒りや悔みをごっちゃにして孕んでいた。彼は顔を俯けた。
「そもそも、君があの時邪魔をしなければ」
僕は、僕はと言葉を漏らしながら、彼は騒々しく前髪を掻き上げた。手はわなわなと震えている。
そんな彼を前に、僕はある提案をすることにした。二回目の提案だ。
「だったら、もっと楽しいところに行こうよ」
そっと手を差し出す。目的地はもう決まっていた。
掻きむしる手を止めると、彼はその手と、僕の目を交互に見つめて、恐る恐るというふうに手を伸ばした。
柔らかくて、それでいて滑らかな指に絡みつかれて、その心地よい感覚に口元が綻ぶ。僕の手を握る彼の力には、確実に怨念に似た負の感情が篭もっていて、長い爪が少しだけくい込んだ。僕は安心して彼の腕を引いた。
俯いたまま、拗ねたように、僕の後ろを覚束無い足取りで続く彼は、この世の何よりも儚く見えた。
だからこそ、導いてやらねばならないと思った。
その時、僕の中には、当初抱いていたものとは別の目的が、宿り木のように根を伸ばし始めていた。
読んでいただきありがとうございます。