出会い
「なんなんだ、おまえは」
図書室で本を借りて教室へ引き返そうとしたとき、出会ったのは、そう言いたくなるほど異質な存在だった。
女の子みたいな顔をしていて、髪は艶がかった黒で、肌は雪のように透き通っていた。もう夏だというのに、シャツの長袖が腕を覆っている。
ちょこんと佇んだ彼は、ひどく小さな存在にも見えた。
「あの」
まだ生え変わっていないうぶな声にとんと叩かれて、僕はそこで、自分が図書室の扉を塞ぐようにして立ち尽くしていることに気づいた。
「なん、ですか」
怪訝そうな目が噛みついてきて、慌てて横に除けた。
黙って図書室に入っていく彼の後ろを、外の熱気がつづく。さっきの暗い瞳に違和感を覚えて、手を伸ばすも、届かないまま、彼は遠ざかっていった。
その彼をもう一度見かけたのは、放課後、昇降口へと向かっている途中だった。
視界を流れる教室を順繰りに眺めていると、一つだけ、夕日に染まった床に、黒い影が伸びていて、何かと思ってドアから覗いて見たら、彼がいた。
椅子の上、天井から吊るされた縄を手に、今にも首にかけようと。
その姿を見た瞬間、稲妻に似た直感が迸って、勢いよく引き戸のドアを振り抜いた。
「ちょっと!」
声を投げつけると、彼が振り返って、目を見開く。ふわりとバランスを崩して、足を滑らせると、椅子から振り落とされて尻もちをついた。急いで駆けつけて、また言葉を投げかける。
「大丈夫かよ」
彼は自分を抱くようにしてうずくまったまま、動かない。手を差し出しても、歯ぎしりが聞こえるだけで、彼はただ震えていた。暑苦しい教室の中、彼のワイシャツにはべっとりと汗が滲んで、白い肌が透けて見える。
「なんで……なんで」
微かな声が途切れ途切れに聞こえてくると、彼はようやく顔を上げた。その表情は、恨めしそうに歪んでいて、伸ばした手を思わず引っ込めた。悔しそうな目で一瞥すると、また俯いてしまう。
「何組なの?」
彼の胸ポケットからのぞく生徒手帳が青色で、僕はそう尋ねた。彼からの返事はなく、しばらくの沈黙が、僕と彼のふたりだけの教室に流れ込む。
「よん、くみ。四組」
薄い声で沈黙をつついて、彼はゆっくりと立ち上がった。まだその目は僕のことを睨んでいる。
「そうか、じゃあ隣のクラスだ」
何をしていいかわからなくて、僕はまた手を差し出した。今度は握手のかたちで。
「よろしく、俺は──」
「いい、意味ない」
弱いのに芯のある声で遮られた。
「意味、ないから」
低い調子の声で繰り返して、彼は教室を出ようとする。僕はすかさず手を伸ばした。
今度は彼を、逃がさなかった。逃す訳にはいかなかった。
「何してたの?」
白くて細い手首を掴めば、ひんやりとした感触が指を蝕んだ。その腕は今にも折れてしまいそうで、余計に力を入れたくなる。
「見れば、わかるだろ」
「自殺、だよね」
握る手に力を込めた。
「離して」
「そうだよね」
彼は潤んだ瞳でこちらを睨むと、またそっぽを向いて、小さく頷いた。そこだけ、映画のワンシーンみたいに強調されて見えて。手を離すと、白い手首に、指の跡が赤く浮き上がった。
「やっぱりだ」
笑みとともに、そんな言葉が零れて、静かに口元を抑えた。彼はすぐに後ずさるけど、逃げようとはしなくて、一定の距離を保ちながら、恐怖心と好奇心が入り混ざった瞳を僕から離さなかった。
「帰りたがっているのは、何も君だけじゃない」
その言葉に、彼の目の色が変わる。闇が広がっていた瞳の奥に、灯火が光ったような気がした。
きめた。ずっと相手は誰にしようか迷っていたけど、君にしよう。
「俺は、三組だから、いる場所くらい覚えといて」
じゃ、と音を残して、彼が口を開く前に、教室を出た。
高鳴る胸を抑えながら、帰り道を歩く。こんなにも興奮するのは初め出てだった。
もしかしたら、彼なら叶えてくれるかもしれない。僕の望むものを、提供してくれるかも。
そう思うと、身震いがひとつ、体に巻き起こった。
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