6本の狂ったハガネの振動
宮本はギターを手に歌い始めた。高成はその行動が理解できなかった。気が狂ったのか。そう思ったが、むしろ正気を保った末に導き出したのが弾き語りらしい。
ドラムも、ベースも、リードギターもない、孤独な演奏だが、何故かバンドよりも確かな力を感じられた。
「このくそったれの世界でも音楽が鳴らせるなら、俺はどうしようもなく愛おしいと思う」と彼は言った。音楽が鳴らせるなら、ゾンビが蔓延る世界だろうと構わないというのか。それはただの諦めか。何一つとして宮本が理解できず、かといって止めることも介入することもできぬまま、彼の衝動を見詰めることしかできずにいた。
彼は叫ぶ。声を枯らして叫ぶ。言葉を言葉にせず、咆哮として届ける。6本の狂ったハガネの振動。本間への想いか、この世界への想いか、念のカタマリをテレキャスから吐き出し歌い上げる。
「本間さん、聴こえてるか! あんたのために歌ってるんだ!」
叫ぶ声に返事はない。壁の向こうに届かぬメッセージを狂って念じる。
だが、同時にメロディを遮るような異音も途絶えていることに気が付いた。ドアを叩く音、ドアノブを回す音、言葉にならない唸り声。その一切が途絶えていたのだ。まるで、
「――本間さんが、音楽に熱中している……!?」
扉の向こう側にある彼の姿は見えない。しかし、そこには宮本の歌声に茫然と立ち尽くす一人のリスナーの姿が見えたのだ。
宮本の背中を見詰め、それから3人は互いに視線を合わす。無言ながらも言葉は確かに交わされた。
宮本が歌うそばで、まずバリケードを崩した。完全な配置でなくてもいい。むしろ、全てのアンプが鉄扉の向こうに向くような配置の方がいいのかもしれない。それから、ドラムセットをバリケードの隙間から取り出した。バスドラムとスネアの二つだけだがそれでいい。完璧でなくても音楽が奏でられるならそれで良かった。
チューニングする暇さえ惜しい。それぞれの楽器が音を出せると判ったその瞬間からセッションが始まった。
ボーカル、ギター、ベース、ドラム。4人の音が揃った。荒削りだが、バンドとして確かな力のある音だった。
この瞬間、高成は確かな手応えを感じた。聴衆は目に見えない。だが、確かなレスポンスがあったのだ。鉄扉が鳴らされる。規則的に、バスドラムが打ち鳴らすリズムに合わせて。4人のグルーヴに乗るように。本間が音楽に合わせて反応をしているのが感じられたのだ。
それだけではない。音は少しずつ増えていった。壁を打ち鳴らす音。足音。唸り声とも異なる力強い叫び。それらが複数、重なり合ってリズムを生み出していた。スタジオの中と外がステージの上と下、演者と観客である。ライブの時と同じ興奮とカタルシスを確かに感じる。
ちらりと隣を見遣れば、岩森は満身創痍の身をけずってギターを掻き鳴らし、背後の冨永は切りきざむようにスティックを打ち付ける。そして、高成はその身を研ぎすませて、一音一音を響かせる。
「このくそったれの世界でも音楽が鳴らせるなら、俺はどうしようもなく愛おしいと思う」
宮本の言葉を思い起こし、一生懸命必死の力で鳴らした。
「起きろ本間――!!」
最後の音を鳴らす。指先から血が流れ落ちるのにも気付かない。ただ静まり返った世界で、アンプから漏れた残響だけが響いていた。
「――――」
乱れた息を整えるのに精一杯だった。演奏を振り返る余裕もない。ただ、観客の反応を待つ。
拍手だ。無数の手が次々に拍手を鳴らしていた。
それは、扉の前に感情を露わにした人が存在することを示す。かつてそこに居たゾンビが感情を取り戻したのだ。
「――本間さん!」
機材の山を乗り越えてドアを押し開けた。
「最高だった……!」
そこには、健康的な肌色を真っ赤にしながら手を鳴らす人々の姿があった。本間だけではない。見知らぬ人や、隣のスタジオにいた人影もまた、人間の容姿を持ってそこに居た。
「良かった、無事だったんですね……!」
4人の瞳には熱く滾るような涙が溢れていた。今までで一番のライブをした達成感、そして生死の境にいた仲間を救うことができた喜び。無上の幸福である。
「本間さん、俺達すげぇ演奏しただろ!?」
宮本は笑う。
「生きていてよかった――。みんな無事でよかった――」
高成は泣く。
岩森と冨永も互いに目を遣りながら、それぞれの演奏を讃え合う。
――この瞬間、伝説のロックバンドが誕生した。だが、そのことを知る者はまだ誰もいない。
6本の狂ったハガネの振動/ZAZEN BOYS
AL『ZAZEN BOYS II』収録