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DEAD OR ROCK!!  作者: 土田士由
第1章 〜はじまりの歌〜
2/6

バンドやろうぜ

 走るたびに背中に背負ったギターケースが揺れる。柔らかなケースとはいえ、揺れるたびに打ち付けられる衝撃は身に痛い。それに、左手に提げたエフェクターボードがゴトゴトと揺れるのも心配だ。精密機器に振動を与えるのは禁忌中の禁忌、音楽を嗜む者が決してしてはならない御法度の行為だ。

 宮本広治は真昼の大通りを走っていた。腕時計はタイムリミットまであと数分を告げる。正確に刻まれる秒針が焦る気持ちを更に急かし、足はこれ以上に速く動かないのに心臓だけを逸らせる。遅刻すれば皆は何と言うだろうか。近く訪れる未来を考えただけで心が縮こまり、更に呼吸が加速する。

 詰まるところ、焦りに焦っていた。

 にもかかわらず目の前の信号は赤。時計はいよいよ約束の時間へのカウントダウンを始めた。

 思い返せば、先日は30分の遅刻をした。あれは大好きなバンドの新譜を聴いていたら時が経つのを忘れていたのが原因だった。リスナーを鼓舞するような力強いギターロックから受け取ったエネルギーは、即座にスタジオに走るための体力に変換され消費された。

 今日は練習がてらギターを触っていたら時が経つのを失念していたのが原因だ。ただ、出発ギリギリに気が付いたため、先日と比べればまだマシだと言える。その点に関してはバンドのやる気と併せて評価されて然るべきだと考える。

 人混みを縫って横断歩道を駆け抜ける。

 言い訳はどうしようか、なんて先の事は考えない。考えるだけ無駄だと知っているからだ。素直に頭を下げたほうがいい。

 考えるならば楽しいことがいい。例えば、今イヤホンから流れている青春パンクについて。「あいつのバンドがMステに出てるから今夜もテレビをつけられないでいる」なんて心の小ささもまたこのバンドらしい。等身大の自分をありのままに描くからこそ心に染み入るのだろう。

 なんという素晴らしい日々だ。音楽が我が身のように浸透する体験こそ、生きているからこそ得られる幸福だ。

――俺はそんな小さくて大きなバンドマンになれるだろうか。

 などと考えていると目的地のスタジオが視界に映った。仲間達はきっと既にスタジオ入りして自分の到着を待っているのだろう。狭い階段を登り、重い鉄の扉を開けた。


「遅い! また遅刻!?」

 扉を閉めるよりも早く、マイク越しに高成緑の怒声が鳴り響いた。

「ごめんごめん、待たせたな」

 怒声をスタジオの外に漏らさぬように扉を固く閉じると、彼女の説教は再開された。

「今日はなんで遅れたの!?」

「ギターで遊んでたら……」

「集合時刻覚えてる!?」

「1時……」

「今何時何分!?」

「1時5分、いや6分……」

「既に6分も時間が過ぎてるの! スタジオの予約は2時間しか取れてないんだから! 120分の内6分も無駄にしたのよ!?」

「けど、このお叱りを受けてる間にも時間が……」

「つべこべ言うな!」

 あまりの叫び声にスピーカーからハウリング音が漏れた。キーンと甲高いノイズが針のように鼓膜に突き刺さる。

「まあまあ、ミヤジの言う通りだよ。お説教は後にしてまずは練習しよう」

 ミキサーで高成の前に置かれたコーラスマイクの音量を弄りながら宥めるのは岩森敏だ。彼は手にしたギターを軽くブラッシングし「ね?」と優しく諭す。

「それもそうだな、時間が惜しい。ミヤジ、さっさと準備しろ」

 ようやく宮本は扉の前から定位置のアンプの前に移動した。そして、慣れた手つきでアンプとエフェクターとギターをシールドで繋ぎ、軽くチューニングをする。

「おまたせ」

 手の感覚は出発前の練習で既に取り戻している。万全だった。

「よし、じゃあ軽く合わせるか。トミ、カウント頼む」

「う、うん」

 なんだか演奏前から眠そうな冨永雪が半開きの目を擦ってからカウントを取る。

「1.2.3.4」

 音楽が生まれた。

バンドやろうぜ/忘れらんねえよ

MA『あの娘のメルアド予想する』収録

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