第26話 白竜を討伐してみた。
俺たちは機械竜の背に乗り、海上を西へと進んでいく。
今の速度なら五分もしないうちに『絶界の白竜』のところに辿り着くだろう。
空を見上げれば、オーロラがゆらゆらと揺らめいている。
七色の輝きはひどく妖しげで、眺めていると不安な気持ちにさせられる。
「ねえ、コウ」
アイリスが耳元で話しかけてくる。
「なんだか、今日は妙な事件が多すぎると思わない? 冒険者ギルドのシステムが狙われたり、デビルパスが大量発生したり、そのうえ災厄まで出てくるなんて、ものすごい偶然よね」
「……それはどうだろうな」
個人的な見解を言わせてもらえば、今日起こった3つの事件は繋がっているような気がする。
ちょっと事実を整理しようか。
冒険者ギルドのシステムを攻撃したのは傭兵ギルドだったが、その幹部たちは何者かの指示で動いていた。
地下都市からデビルパスの大群を解き放ったのはスキンヘッドの男で、こいつは『砂時計の使徒』という邪教のメンバーだった。
『砂時計の使徒』は災厄を神の遣いとして崇め、5000年前においては世界各地で破壊活動を繰り返していた。
……これらの事実を総合すると、次のようなストーリーが浮かんでくる。
『砂時計の使徒』は傭兵ギルドに命じて冒険者ギルドのシステムをダウンさせる一方、スキンヘッドの男を地下都市に送り、デビルパスの大群を解き放った。
こうして事件に次ぐ事件で王都が混乱状態に陥ったところを狙い、何らかの手段によって白竜を復活させ、大きな破壊をもたらす。
我ながらアラの多い推理と思うが『砂時計の使徒』はそんな思惑だったのではないだろうか?
ああ、そうだ。
今のうちにアイリスとも情報を共有しておいたほうがいいだろう。
「アイリス、ちょっといいか?」
「どうしたの、コウ?」
「今のうちに情報の擦り合わせをしたい。聞いてくれ」
俺はアイリスに『砂時計の使徒』について説明し、さらに、この邪教こそが一連の事件の真犯人ではないか、という推論を述べる。
こちらの話が終わったあと、アイリスは考え込むような表情を浮かべて頷いた。
「なるほどね……。災厄を崇める宗教なんて初耳だけど、そいつらが背後にいると考えたら、確かに色々と理解できるわ」
「まあ、穴だらけの仮説だけどな」
「そうかしら? 少なくとも、あたしはスッと納得できたわ」
アイリスは真剣な表情で頷いた。
どうやらお世辞で言っているわけではなさそうだ。
「というかコウ、手持ちの情報も少ないのに、よくここまで推論を立てられるわよね。正直、すごいと思うわ」
「想像力は無駄に豊かなんだ」
俺はそう言って会話を締めくくる。
なぜならオーロラの空が歪み、進路を阻むように巨大な氷柱が落ちてきたからだ。
「――ダーク・バースト!」
俺が魔法を発動させると、闇色の閃光が激しく炸裂し、轟音とともに氷柱が砕け散る。
これで一安心……とはいかなかった。
なぜなら『災厄の白竜』は氷柱の内部に潜んでいたからだ。
粉々になった氷柱から、白い、ヘビそっくりの巨竜が飛び出してくる。
背中にはトビウオのような扇状の羽根が広がっており、半透明に輝いていた。
「シャアアアアアアアアアアッ!」
白竜は大きく口を開き、機械竜に食らいつこうとする。
俺はアイテムボックスから『月光の大剣アルテミス』を取り出すと、魔力を込め、大きく振り下ろした。
「はああああああああああああああああああああああっ!」
刃の動きをなぞるように光の刃が生まれ、白竜へと直撃する。
「ギィッ!」
アルテミスによる一撃は、こちらに飛来する白竜を弾き飛ばすことに成功していた。
白竜はそのまま宙返りのようにグルンと縦方向に一回転すると、空中で体勢を立て直し、赤い眼でこちらを睨みつけてくる。
「シィィィィィィィ……!」
「ガルルルルルルルル……!」
機械竜も機械竜で対抗心を燃やしているのか、唸り声をあげていた。
俺は白竜に視線を向けつつ【鑑定】を発動させる。
『白竜の落とし子
絶界の白竜により生み出された獰猛な海竜。
その身体はあらゆる攻撃に対して高い耐性を持つが、白竜が倒された場合、その生命を維持できない』
おいおい。
この白ヘビは『絶界の白竜』とは別人、いや、別竜ってことか。
とんだ引っかけ問題だ。
まあ、白竜を見つければすべて解決するわけだが、いったいどこに隠れているんだ?
【オートマッピング】を確認する。
おかしい。
脳内の地図によれば、白竜はすぐ近くの海上にいるらしい。
それなのに、姿はまったく見つからない。
「ねえ、コウ」
アイリスが声をかけてくる。
「あの白い竜って、本当に災厄なの?」
「いいや、違う。あれは『白竜の落とし子』……要するに、白竜の類似品だ」
「やっぱり。【血の覚醒】は発動しないし、おかしいと思ったのよ」
なるほどな。
つい先日、アイリスは【竜神の巫女】を失い、その代わりに【災厄殺しの竜姫】というスキルを手に入れた。
【災厄殺しの竜姫】はサブスキルとして【血の覚醒】が付属しており、これは災厄との戦いにおいてのみ発動可能となる。
いまの俺たちは災厄『絶界の白竜』ではなく、『白竜の落とし子』と戦っている。
よって【血の覚醒】は発動できない……という判定なのだろう。
「じゃあ、白竜はどこにいるのかしら」
「場所的にはここのはずなんだけどな……」
俺がそう呟いた時だった。
オーロラの空が大きく歪んだ。
またも氷柱が落ちてくるのだろうか?
違った。
白ヘビのような海竜が、まとめて7匹、俺たちを取り囲むように円陣を組んでゆっくりと降下してくる。
落とし子の数はこれで合計8匹、アルテミスの斬撃でも倒しきれない相手ということを考えれば、さすがにハードモードすぎる。
白竜さえ倒せばいいわけだが、その白竜がどこにも見つからない。
「……どうしたものかな」
俺は思わず天を仰ぐ。
ゆらゆらと揺らめくオーロラの光は、こちらを嘲笑っているかのようだった。
「待てよ」
俺の中で、ひとつ、閃きが生まれた。
すぐに【エネミーレーダー】を発動させる。
【オートマッピング】の脳内地図に、落とし子たちの位置情報が赤色の点で示された。
その情報にはひとつ、決定的に欠けているものがあった。
高さの概念だ。
普段なら、敵が高所にいる場合、それが分かるように補足情報が付与される。
落とし子たちは遥か上空に陣取っているが、そのことは脳内地図にまったく反映されていなかった。
なぜだろう。
「……あのオーロラのせいか?」
白竜はオーロラを通して氷柱などを送り込んできたが、もしかすると本当の狙いは【オートマッピング】を狂わせることかもしれない。
それに気付いた直後、脳内に声が響いた。
『特定条件を満たしました、グランドスキル【スキル創造】が一時的に使用可能となります。
オーロラの干渉を無効化するスキルを生み出しますか?』
グランドスキル?
そういえば【災厄殺し】が開放された時も、そんな言葉を聞いた覚えがある。
細かいことはよく分からないが、通常のスキルよりも強力な効果を持つ、という意味合いだろうか?
ともあれ、オーロラを無効化できるのはありがたい。
俺が小さく頷くと、数秒の間をおいて、さらに声が聞こえてくる。
『――創造完了。コウ・コウサカのスキルに【アンチジャミング】を追加しました。
【スキル創造】の限定解放を終了します』
俺としては、このまま【スキル創造】を残してくれてもいいんだけどな。
それはさておき【アンチジャミング】の効果だが、【オートマッピング】や【エネミーレーダー】、【災厄感知】に対するありとあらゆる妨害を無効化してくれるらしい。
実際、あらためて脳内地図を開いてみれば、高さの情報がすべて付記されていた。
それによると白竜は、はるか超高度……オーロラの向こう側に隠れているようだ。
居場所さえ分かればこっちのものだ。
俺はひとり頷くと、機械竜に話しかける。
「全速力で上に飛んでくれ。いけるか?」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
機械竜は力強い咆哮でもって俺の言葉に応えると、大きく翼を動かし、急上昇を始める。
それを阻むように海竜たちが襲い掛かってくるが――遅い!
「ダーク・バースト!」
闇の閃光が弾け、海竜たちを吹き飛ばす。
機械竜はそのまま一気に高度を上げ、オーロラを突き抜けた。
「コウ!」
いきなりのことに目を白黒させながらアイリスが叫ぶ。
「いったい、何がどうなってるの!?」
「白竜の居場所がわかった! この上だ!」
やがて機械竜は雲の上へと到達する。
そこには、まるで甲冑のような白い鱗に覆われた、巨大な竜が待ち受けていた。
【鑑定】を発動させてみれば、結果は俺の予想通りだった。
『絶界の白竜:
《白き生贄の儀式》によって降臨する災厄の竜。
自らの手は決して汚さず、氷柱と落とし子によって地上に破壊をもたらす。
高い再生能力を持つが、本質的には臆病者であり、オーロラの向こうに姿を隠している』
さらに【鑑定】内サブスキルの【災厄分析】が自動的に発動し、白竜の持つ災厄としての性質についての文言が追加される。
『規定1 白竜の休眠地点から200m以内で《白き生贄の儀式》が成立した場合、この災厄は出現する。
規定2 《白き生贄の儀式》は、白き衣を纏いし男女それぞれ10名が、自ら望んで海中に身を投じることによって成立と判定される。
規定3 この災厄は出現から100日間に渡って活動し、101日目に休眠する。
規定4 活動中の負傷は、それがどのようなものであっても1秒以内に再生される。
(全身が消滅した場合もこの処理を行い、全身を再生させる)』
相変わらず、仕様書の下書きみたいな文章だな。
規定4によると白竜は実質的に不死不滅のようだが、幸い、俺には強力なスキルがある。
【災厄殺し】。
これは【災厄分析】を済ませた災厄に対し、その規定をすべて無視して強制的に消滅させるスキルだ。
「……やるか」
【災厄殺し】を発動させると、俺の右手に銀色の弓が現れた。
弓を構え、矢の先を白竜に向ける。
その時だった。
白竜はグルンと身を翻すと、俺たちに背を向けて逃走を開始した。
「キィィィィィィィィッ!」
その鳴き声は、どこか怯えているように感じられた。
【鑑定】には臆病者と書いてあったが、まさにその通りのようだ。
「機械竜、追いかけてくれ」
「グルルウ!」
すぐに機械竜も動き始める。
だが、飛行速度は白竜のほうがずっと早く、どんどん距離を開けられていく。
しかも上下や左右に動きまくるため、矢の狙いが定められない。
まずいな。
このままだと取り逃がす可能性もある。
俺がそう思った矢先、アイリスが話しかけてきた。
「コウ、あたしが行くわ。……【血の覚醒】を使えば、たぶん、追いつけるはずよ」
なるほどな。
どうやら白竜と対峙したことで【血の覚醒】の発動条件は満たされたらしい。
脳内に声が聞こえてくる。
『アイリスノート・ファフニルに対し【血の覚醒】の発動を許可しますか』
答えはもちろん「許可する」だ。
その途端、アイリスの身体が宙に浮かび上がった。
衣服を突き破り、背中から竜のような翼が広がる。
変化は他にもあった。
全身から紅色のオーラが立ち上り、その瞳は金色に輝いている。
そんなアイリスに向かって、俺は告げる。
「白竜の足を止めてくれ。できそうか?」
「ええ、余裕よ。あたしが役に立つところ、見せてあげる」
次の瞬間、アイリスの姿が消えていた。
紅の流星となって空を駆け、白竜に追いつき……それどころか追い越した。
はるか前方で急旋回したかと思うと、愛用の槍を構えて白竜に真正面へと突撃をかける。
「やああああああああああああっ!」
「キィィィィィッ!?」
白竜が怯んだ
その速度が緩む。
次の瞬間、アイリスは槍を大きく薙ぎ払い、白竜の右翼を根元から断ち切っていた。
白竜の速度が落ちる。
チャンスだ。
俺は【災厄殺し】の矢を放つ。
「……行けっ!」
矢は銀色の閃光となり、片翼の白竜へと到達した。
光がはじけた。
眼が眩むほどの輝きのなか、白竜はサラサラと崩壊を始め、粒子へと分解されていく。
数秒のうちに跡形もなく消え去り――二度と蘇ることはなかった。