第25話 白竜の討伐に向かってみた。
俺は宿場町ファイフに戻ると、衛兵の詰所に向かい、スキンヘッドの男を引き渡した。
衛兵長にも経緯を報告し、これにて一件落着……と思っていたら、なんと災厄が現れた。
場所は宿場町ファイフから遠く離れた西の海、行ったことのない場所だから【空間跳躍】は使えない。
黒竜か機械竜に乗っていくことになりそうだ。
「コウ、どうしたの?」
アイリスが不思議そうに尋ねてくる。
そういえば、頭を撫でている途中だったな。
「災厄が現れた。……アイリス、行けるか?」
「もちろん。今度こそコウの役に立ってみせるわ」
アイリスは自信に満ちた表情で頷いた。
これは頼もしい。
「……コウさん、災厄、ですか」
俺の言葉が聞こえていたらしく、リリィも真剣な表情を浮かべていた。
「どうか、気を付けて、ください」
「大丈夫だ。油断はしないさ」
俺は頷いたあと、シャルのほうに視線を向ける。
「シャル、災厄は西の海にいるらしい。何か心当たりはないか?」
「難しいですね……。もう少し情報があれば絞り切れるのですが……」
シャルは申し訳なさそうに眼を伏せる。
――夜空にオーロラが現れたのは、その時だった。
七色に輝く光のカーテンがゆらゆらと天高くで揺らめく。
それは幻想的で美しい光景だったが、なぜか不吉な気配を漂わせていた。
「コウ様、災厄の正体が分かりました」
オーロラの夜空を見上げながら、シャルが告げる。
「おそらく、出現したのは『絶界の白竜』です」
「どんな災厄なんだ?」
「私も話に聞いただけですが、海水から大きな氷柱を生み出して、空から落としてくるとか……」
空から落とす?
まさかとは思うが、白竜とやらが氷の柱をヨイショヨイショと運んで、地面にポイッと放り投げるのか?
いやいや、災厄ともあろう存在が、そんなコミカルなことをするわけがない。
もっと神秘的というか、人智を越えた能力を使って攻撃してくるはずだ。
……そして実際、白竜の攻撃方法は予想外のものだった。
オーロラの夜空がグニャリと歪んだかと思うと、そこから巨大な氷柱が現れ、こちらに向かって落下を始めた。
もしも地面に激突すれば、その衝撃によってファイフの宿場町は吹き飛んでしまうだろう。
そうはさせるものか。
俺はすぐに装備をディアボロス・アーマーに切り替えると、右手を天に向かって伸ばした。
迫りくる氷柱を握り潰すようなイメージとともに、闇魔法を発動させる。
「――ダーク・バースト!」
暗黒の閃光が、オーロラの夜空を塗りつぶした。
爆発、そして轟音。
衝撃の余波によって空気が震え、大地が揺れる。
そうしてすべてが過ぎ去ったあと、氷柱は跡形もなく消滅していた。
ふう。
どうやら危機は免れたようだ。
「すごい……」
シャルは驚きの表情を浮かべながら、どこか茫然とした様子で呟いた。
「あんな大きな氷柱を跡形もなく消し飛ばすなんて、コウ様は本当にとんでもない力をお持ちなのですね」
「というか、コウの魔法、前より派手になってない?」
アイリスが首を傾げると、その横でリリィがコクコクと頷いた。
「わたしも、アイリスさんに同意です。明らかに、威力、上がってます」
「ただでさえ強いのに、まだまだ伸びしろがあるなんてビックリよ。コウって本当に規格外なのね……」
実際、俺はどこまで強くなるのだろう。
魔法の威力が増しているのは、おそらく、レベルアップのおかげだ。
現在のレベルは91だが、99でカンストするのか、あるいは、100を超えて上がり続けるのか。
まあ、災厄と戦っていけばレベルも上がっていくだろうし、その時になってから考えればいい。
それよりも白竜の討伐を済ませるとしよう。
「リリィ、シャル、二人は衛兵長にうまく状況を説明してくれ。できるか?」
「まかせて、ください」
「分かりました。コウ様の命令とあらば、必ずやり遂げてみせます」
俺は後のことをリリィとシャルに任せると、アイリスを連れて街の外に出た。
アイテムボックスから『暴食の機械竜』を選択すると、空間が歪み、銀色の装甲に包まれたクリスタルドラゴンが現れる。
「ガア!」
機械竜は挨拶するように鳴き声をあげると、身体を低くして腹這いになった。
俺たちが乗りやすいように配慮してくれているのだろう。
アイリスは機械竜をまじまじと見つめていたが、やがて、ポツリとこう呟いた。
「ねえコウ。あたし、この竜に見覚えがあるんだけど、気のせいかしら……?」
「よく分かったな。暴食竜とガーディアンゴーレムから【創造】したんだ」
「つまり、災厄を改造して仲間に加えたってこと?」
「まあ、そんなところだ」
「黒竜だけじゃなくて暴食竜まで従えているなんて、正直、コウのほうがよっぽど災厄の気がするわ。機嫌を損ねないように気をつけなくっちゃね」
アイリスは冗談めかした口調でそう言うと、クスッといたずらっぽい笑みを浮かべた。
「俺はそうそう怒ったりしないさ」
「言われてみればその通りね。コウとの付き合いも長いけど、あなたが怒っているところ、まだ一度も見たことがないわ」
そんな会話を交わしつつ、俺たちは機械竜の身体をよじのぼる。
背中に辿り着くと、首元の装甲がウネウネと粘土みたいにうねり、やがて座席の形になった。
……どうやら表面の金属パーツは機械竜の意思によって自在に変形するようだ。
俺とアイリスのためにわざわざ座席を作ってくれた、ということだろう。
機械竜、メカなのに気が利くな。
俺たちが座席につくと、機械竜はゆっくりと翼を動かし始めた。
やがて高高度まで浮かび上がると、西の海へ向けて移動を開始する。
その進路を遮るように、オーロラの空が歪んで第二の氷柱が落ちてくる。
どうやら白竜は俺に狙いを定めているようだ。
まあ、当然と言えば当然か。
俺は【災厄殺し】持っているわけだし、白竜にとっては最優先で排除したい存在だろう。
「……無駄だ」
右手を伸ばし、握り潰すイメージとともにダーク・バーストを発動させる。
氷柱は跡形もなく吹き飛んだ。
やがて機械竜が海に出たところで、白竜の攻撃方法が変わった。
小型の氷柱が何百、いや何千と、西の夜空を埋め尽くすようにして飛来する。
数撃ちゃ当たるの精神だろうか。
まるで人間みたいな発想の災厄だな。
「すごい数の氷柱ね……」
右隣でアイリスがゴクリと息を呑んだ。
「魔法で吹き飛ばすには、ちょっと数が多いかしら……」
「そうだな。……ここは機械竜に頑張ってもらうか」
「――ガアアアアアアアッ!」
俺の言葉に応えるように、機械竜が雄叫びをあげた。
飛行速度を緩めたかと思うと、大きく翼を広げる。
翼の表面でバチバチと火花が散り、稲妻が迸った。
青白いスパークが無数に枝分かれし、氷柱を片っ端から撃ち落としていく。
粉々となった氷の破片が、俺たちの周囲でキラキラと輝いた。
【オートマッピング】を確認すれば、白竜まではあと少しだ。
さあ、対決といこうか。




