第8話 登録試験で圧勝してみた。
冒険者ギルドの登録試験では、試験官との模擬戦闘を課せられる。
とはいえ試験官に勝つ必要はなく、負けたとしても基本的には合格となる。
ならば何のために試験を行うのかといえば、現時点の実力を測り、それに応じてクエストを斡旋するためだ。
コウ・コウサカの登録試験は、わずか数秒で終わった。
開始の合図とともにコウはヒキノ製の大槌を振るい、試験官のギーセ・イッシャーへと横薙ぎに叩きつけた。
ギーセはほぼ水平方向に弾き飛ばされ、訓練場の壁にぶちあたる。
その衝撃はすさまじく、訓練場全体が揺れ、天井からパラパラと砂粒が落ちてきた。
「……やりすぎたかな」
コウの呟きが、訓練場に響く。
ギャラリーたちは、みな、言葉を失っていた。
《熊殺し》ことコウの実力は話に聞いていたが、まさか、試験官を一撃で倒してしまうとは……。
予想外の結果に誰もが驚き、それから恐る恐る、壁にめり込んだギーセのほうへと視線を向けた。
驚いたことに、ギーセはかすり傷ひとつ負っていなかった。
「……オレ、なんで無事なんだ?」
ギーセは状況が呑み込めていないらしく、壁にハマったままの姿で不思議がっている。
ギャラリーたちも首を傾げるばかりで、何が起こったのか理解できていないようだった。
「なあ、何があったか分かるか?」
「分からねえ。分かるのは、何も分からねえ、ってことだけだ」
「普通、あんな攻撃を食らったら即死だろ。どうなってんだ……?」
彼らの疑問に答えるように、コウは木槌を掲げてこう告げた。
「この木槌には《手加減S+》が付与されてるんだ。だからどれだけ乱暴に殴ろうが、相手は絶対にダメージを受けない」
「「「な、なんだって……!」」」
ギャラリーたちは揃って驚きの声をあげた。
「意味不明だろ、どうしてそんな武器を使ってやがるんだ」
「そりゃ決まってるだろ、相手を生かさず殺さず、長い時間ボコって遊ぶのさ」
「やべえ……《熊殺し》、マジやべえ……」
* *
ううむ、なんだか予想外の展開になってきたぞ。
若干引きぎみのギャラリーを前にして、俺はどうしたものかと思案していた。
「ミリアさんが『担当者はアーマード・ベアより強い』って言うから全力を出したんだけどな……」
いざ試験が始まってみれば、ご覧のありさまだ。
模擬戦闘だからと「ヒキノの大槌」を使うことにしてよかった。
ありがとう、《手加減S+》。
もし別の武器を使っていたら、試験官に大怪我を負わせていただろう。
って、考え込んでる場合じゃないな。
このままだと変な悪評が流れそうだし、ちょっとでも善人アピールをしておこう。
俺は、「かべのなかにいる」状態のギーセさんに近付くと、その身体と壁のあいだに手を差し入れ、壁の中から引っこ抜くようにして救出した。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「た、たぶん大丈夫だ。ありがとう」
ギーセさんは自分の身体をあちこち触り、異常がないか確かめている。
「うん、問題ない。《手加減S+》というのはすごいな。痛みもほとんどない」
「それはよかったです。すみません、大変な目に遭わせてしまいまして……」
「いやいや、こんな超大型新人の試験を担当できてオレも鼻が高いよ。……それにしても、キミは見た目のわりに礼儀正しいんだな」
「そうですか?」
「冒険者は敬語を使わないものだからね」
しまった、忘れていた。
ちょっと気を抜くとすぐ丁寧な喋り方になってしまうのは、俺が日本人だからだろうか?
「普通の新人には敬語をやめるようアドバイスするけれど……キミはそのままでいいかもしれないな。舐められることはないだろうし、むしろ、強者感が出る」
や、強者とか目指してないから別にいいです。
「ともあれ、登録試験は合格としよう。これも何かの縁だろうし、今度、うちの家に遊びに来るといい。うちの娘はクマ好きでね、その格好で来てくれたら大喜びすると思うよ」
「ありがとうございます。都合がつけば必ずお伺いします」
これもひとつのコネだろうか。
冒険者ギルドの教官がどのくらいの地位かは分からないが、いきなり異世界に放り出された身としてはありがたい。繋がりは多ければ多いほど役に立つからな。
ちなみに訓練場の壁だが、修理費の請求はされなかった。
それどころか穴が開いたまま残すらしい。
理由はというと、あとでギーセさんがヒソヒソ声で教えてくれた。
「傭兵ギルドとシェア争いをしている関係上、外部に向けてアピールできるような名物がひとつでも多く欲しいんだよ。うちにはこんな強いヤツがいるぞ、ってね。少なくとも、うちのギルドマスターはそう考えてるみたいだ」
とのことだ。
転んでもただでは起きない姿勢は嫌いじゃない。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!
本作はそこそこ書き溜めしているのですが、読んでいただきたい部分が多すぎて、今日はかなりの連続投稿をしてしまいました。
土曜日、日曜日も3回分ほど投稿する予定です。
面白い。
続きが気になる。
連続投稿頑張れ。
少しでもそう思ってくださった方は、
↓の方から評価、ブクマを入れて頂けると、すごく嬉しいです!