第23話 黒幕を捕まえてみた。
【マスターコード】を発動させたことで、俺はこの地下都市のマスターとなった。
【遺跡掌握】で得た情報によると、黒幕はたった1人で奥の建物に立て籠もっているらしい。
……と思っていたら、いきなり頭の中に声が聞こえてきた。
『地下都市のシステムよりアラート。侵入者の反応が消失しました。――特殊なアイテムにより潜伏状態にあると推定されます。奇襲に警戒してください』
特殊なアイテムというと、やはり古代文明の遺産だろうか。
これはなかなか厄介そうだ。
俺ひとりで黒幕を見つけ出すのは手間だし、ここは人海戦術といこう。
アイテムボックスを開き、装備をディアボロス・アーマーに戻す。
意識を集中させ、魔法を発動させた。
「みんな、力を貸してくれ。――ネクロダーク」
地面から次々にアンデッドたちが這い出してくる。
デュラハンロード、エルダーリッチ、ワイバーンゾンビ……どれもこれも冒険者ギルドでは危険度Sに指定される怪物ばかりだ。
敵がたった1人ということを考えれば、過剰戦力もいいところだろう。
だが、世の中というのは何が起こるか分からない。
黒幕をうっかり取り逃がすような事態は避けるべきだし、念には念を入れておきたい。
「これから黒幕の捜索を行う。敵はどこに隠れているか分からない。十分に警戒してくれ。いいな?」
「「「「「グオオオオッ!」」」」」
アンデッドたちは勇ましい雄叫びをあげた。
おそらく「まかせろ!」と言っているのだろう。
なかなかに頼もしい雰囲気だ。
捜索そのものはアンデッドに任せ、俺は地下都市の出入口を固めることにした。
出入口はひとつだけなので、ここさえ押さえておけば、敵は絶対に地下都市から逃げられないからな。
そうして態勢を整えたあと、俺はトンネルで待たせていたシャルを近くに呼んだ。
シャルは古代文明の生き残りだし、敵の持つ『特殊なアイテム』について知っているかもしれない。
「居場所を隠す魔道具なら、ひとつ、心当たりがあります」
「教えてもらっていいか?」
「もちろんです。私もやっとコウ様の役に立てますね」
シャルは頷くと、少し、嬉しそうな表情を浮かべた。
「『魔霧の腕輪』――非常に希少な魔道具で、これを使うと完全に姿を隠すことができます。ただ、持続時間はそう長くないですし、1度使ったらしばらく休ませる必要があるはずです」
「つまり、じきに姿を現す、ってことか」
俺は地下都市へと目を向ける。
その街並みは洗練されており、手前には住宅街が広がり、奥には研究施設らしき建物がいくつも立ち並んでいた。全体としては「研究都市」といった印象で、近未来的な雰囲気を漂わせている。
……ん?
遠くで、争うような音が聞こえた。
ほぼ同時に、頭の中へと声が聞こえてくる。
『侵入者の位置を特定しました。【オートマッピング】に表示します』
俺はすぐに【オートマッピング】を発動させた。
脳内にパッと地下都市の地図が広がる。
敵の位置は青色の光点で示されていたが、猛烈な速度でこちら……地下都市の出入口へと向かいつつあった。遭遇したアンデッドを片っ端から切り捨てているらしく、その魂が次々に俺のところへ戻ってくる。
どうやら相手はかなりの実力者のようだ。
このとき俺は200体ほどのアンデッドを連れ、地下都市の出入口を塞ぐように布陣していた。
陣形としては半円形で、外側にはデュラハンロード、内側にはエルダーリッチ、そして出入口の前には俺とシャルが立っている。
「全員、警戒しろ! 敵が来るぞ!」
俺が声をあげると、アンデッドたちは一斉に身構えた。
やがて遠くに黒衣の男が現れた。
右手に細いロングソードを携えながら走ってくる。
距離はおよそ500mほどだ。
エルダーリッチたちが魔法攻撃を行うべく、呻き声のような詠唱を始める。
その時だった。
男はまるで瞬間移動のような速度で500m近い距離を駆け抜けると、外周部にいたデュラハンロードたちを次々に斬り伏せ、そのままの勢いで陣形の中心部……俺のところへ向かってくる。
なんて速さだ。
明らかに人間の能力を越えている。
黒衣の男は『魔霧の腕輪』以外にも、何か特殊なアイテムを使っているのかもしれない。
「……スピードにはスピードだな」
俺は装備をフェンリルスーツに変更すると、《神速の加護S》を発動させた。
加速された世界では、俺以外のすべてがゆっくり動いて見える。
否。
ひとつだけ、俺と同じ速度で動いているモノがあった。
黒衣の男だ。
一体どういう原理で高速移動しているのだろうか?
疑問に思いつつ【鑑定】を発動させると、その答えが脳内に流れ込んでくる。
『疾風の長剣 (試作型):
フェンリルの固有スキル【神速】を古代の魔導技術で移植した長剣。
ただし移植技術は不完全であり、効果時間は1分、1度使用するたびに1時間のクールタイムが必要となる』
なるほど、男の持つロングソードが手品のタネだったわけか。
そうと分かれば話は早い。
俺は《神速の加護S》を発動させたまま男の迎撃に向かう。
黒衣の男はエルダーリッチに斬りかかろうとしてロングソードを大きく振り上げていたが、自分と同じ速度で動ける相手がいるとは思っていなかったらしく、その動きは隙だらけだった。
チャンスだ。
「――はぁぁっ!」
俺はアイテムボックスからヒキノの木剣を取り出すと、男の腹部めがけて抉るように刺突を繰り出した。
だが、黒衣の男は身体を捻ってギリギリのところで回避すると、後方へと大きく飛び退く。
男の肌は浅黒く、髪の毛はすべて剃り落としていた。
いかにも「暗殺者」といった雰囲気の姿だ。
年齢としては二十代後半くらいだろうか。
額の右側には数字の「8」に似た紋章が刻まれており、なんだか不気味な印象だ。
俺は木剣を構え直し、二度、三度と連続で斬りかかる。
それは男に致命傷を与えることはできなかったものの、相手の勢いを削ぎ、逆に陣形の外側まで押し出すことに成功していた。
「オレと同じ速度で動けるだと……? くそっ、強行突破するつもりだったのによ」
「悪いが、逃がすつもりはない。――痛い目に遭いたくなければ投降しろ」
「お断りだ、バカヤロウ」
男は吐き捨てるように言い放つ。
「テメエ、《竜殺し》とか呼ばれて調子に乗ってるみたいだけどよ……本当の殺し合いってヤツを教えてやるぜ」
黒衣の男はニヤリと笑い、左手を背中に回した。
何をするつもりなのだろう?
――男の持つ『疾風の長剣』が時間切れを迎えたのは、ちょうどそのタイミングだった。
男の加速が終わり、その動きが停止した。
俺のほうは《神速の加護S》が継続中、その気になれば加速された世界にずっと留まっていられる。
「ええと……本当の殺し合いとやらを教えてくれるんだっけか」
だが正直なところ、そんなものに興味はない。
こっちは黒竜やら暴食竜やら、人智を越えたバケモノと何度もやりあってきた。
命のやりとりはお腹一杯だ。
可能ならば全力で遠慮したい。
ともあれ、勝敗は決した。
俺はアイテムボックスから稲妻の籠手を取り出すと、左手に嵌め、黒衣の男に触れる。
《神速の加護S》を解除すると同時に、《雷撃麻痺S+》を発動させた。
「これで終わりだ」
「ぐっ、あああああああっ!」
青白いスパークが弾ける。
男は全身をビクビクと震わせ、やがて白目を剥いて地面に倒れ伏した。
あとはコイツを王都に連れ帰って、洗いざらい吐かせるだけだな。
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