第20話 アンデッドの軍勢をぶつけてみる。
現在、タコのような怪物がサイドス洞窟から溢れ、大群となってこの街に向かいつつあるらしい。
その報告を受けてすぐに、衛兵たちはテキパキと動き始めた。
非常事態を知らせるために鐘をカンカンカンと打ち鳴らす者、同僚を連れて武器庫に向かう者、冒険者ギルドへの協力要請に向かう者――。
大きな危機が迫っている中、誰ひとりパニックを起こさず、街を守るために自分の役割を果たしている。
俺も、ボンヤリしていられないな。
怪物は古代文明によって生み出されたそうだが、もうすこし情報が欲しい。
シャルに尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
「私もあまり詳しくないのですが、たしか『デビルパス』という名前だったと思います」
デビル (悪魔)+オクトパス (タコ)=デビルパス……ということだろうか。
ある意味、分かりやすいネーミングだ。
「デビルパスは対災厄のために造られた魔導生物で、強力な自己再生能力を持っています。サイボウ? とかいうものが残っていれば、たった数秒で復活するとか……」
サイボウ……細胞のことだろうな。
そんなレベルから全身を再生できるとか、チートすぎやしないだろうか。
「じゃあ、デビルパスは不死身なのか?」
「いえ、再生回数には限界があったはずです。開発者のひとりが私の知り合いでしたが、『高位のアンデッドを倒すよりは簡単』と言っていましたから……」
「高位のアンデッドよりは簡単、か……」
その言葉を聞いて、俺の脳裏に閃くものがあった。
大賢者メビウスとの戦いにおいて、俺はアンデッドの大軍勢を打ち倒した。
デュラハンロード、エルダーリッチ、ワイバーンゾンビ……。
いずれも危険度Aランクを通り越し、Sランクに指定されている。
アンデッドたちの魂は、俺の【魂吸収】により、ひとつ残らずアイテムボックスに格納された。
闇魔法のネクロアースを使えば、いつでも召喚できる。
……今回は、アンデッドを使ってみようか。
俺は【オートマッピング】で周辺の地図をササッと確認する。
このあたりは王都の膝元だけあって、街道がいくつも走っている。
前回の戦いみたいに、デストロイゴーレムですべてを薙ぎ払うのはマズい。
敵を吹き飛ばすのは気持ちいいが、焼け野原とクレーターが量産されるからな。
怪物は倒せました、でも街道が崩壊して王都が経済危機です……なんて事態になったら責任が取れない。
もちろん他に手段がないのならデストロイゴーレムどころか、機械竜も黒竜を動かすことも辞さないが、まずはアンデッドの大軍勢をぶつけてもいいだろう。
あとは念のため、ガーディアンゴーレムを配置して、結界で街を守っておくか。
そんなことを考えていると、衛兵長が声をかけてきた。
「《竜殺し》殿、少し、よろしいでしょうか……?」
「ああ、大丈夫だ」
「先程は無礼を働いておきながら誠に申し訳ないのですが、街の防衛にご助力いただけませんでしょうか……?」
無礼?
いったい何の話だろう?
……ああ、思い出した。
そういえば、この街で傭兵ギルドの幹部を捕まえたとき、衛兵にケンカと勘違いされたんだった。
あまりにも小さいトラブルだったから、すっかり忘れていた。
「衛兵長さん、さっきのことは気にしなくていい。すぐに誤解は解けたし、そもそも、路地裏のケンカにもすぐ駆けつけるなんて、衛兵がきっちり仕事をしている証拠じゃないか」
「あ、ありがとうございます。《竜殺し》殿は心が広いのですね、ううっ、涙が……」
いやいや、こんなことで泣かれてもな……。
衛兵長さんが日頃どんな苦労をしているかよく分からないが、ここは王都そばの宿場町だし、交通量が多いぶん、クレームやトラブルも多いのだろう。
強く生きて欲しい。
「ともあれ、街の防衛には協力する。安心してくれ。……というか、防衛だけでいいのか?」
「えっ?」
「俺に考えがある。聞いてくれ」
* *
この街……ファイフはそれなりに広いが、ガーディアンゴーレム4体を東西南北に配置することにより、すっぽりと結界で覆うことができた。
結界は黒竜の火炎球さえ弾いたことがあるし、これで防御は完璧だろう。
あとは念のため、デストロイゴーレム4体を戦力として残しておく。
合計8体の指揮権は、ひとまず、アイリスに任せることにした。
「ねえコウ、もしかしてあたし、お留守番なの?」
「もし不測の事態が起こったら、柔軟に対応してくれ。アイリスはAランク冒険者だし、信頼できるからな。任せたぞ」
「そっか、うん、分かった。……えへへ、信頼できる、だって。嬉しいな」
アイリスが照れたような笑みを浮かべる。
少し離れたところではリリィとシャルが「アイリスさんが、コウさんに、転がされてます……。コロコロです……」「アイリスちゃん、昔はキリッとしてたのに……」などと呟いていた。
余談だが、このとき俺は【勇者】スキルを発動させていた。
というのも、街の人々はちょっとしたパニック状態だったからだ。
街に危険が迫っているのだから、まあ、当然といえば当然だろう。
【勇者】スキルは発動中の言動に応じ、人々の心にプラスの変化をもたらす。
後で聞いた話だが、俺がガーディアンゴーレムを使って街に結界を張ったことで、住民たちは大きな安心感を得たらしく、パニックは収束したらしい。
なかなか便利なスキルだな、【勇者】って。
それはさておき、俺は準備を終えると、すぐにデビルパスの迎撃に向かった。
アイリスとリリィを街に残し、シャルは同行させる。
戦いが終わったらそのまま洞窟を通って地下都市に乗り込むつもりだ。
「コウ様、戦いが終わったあとで構いませんので、あのゴーレムについて詳しく教えていただけませんか?」
「ガーディアンゴーレムとデストロイゴーレムのことか?」
「私、5000年前はオリハルコンゴーレムの開発に関わっていたんです。コウ様がゴーレムをどう改造したのか、すごく興味があって……」
シャルは物静かで文系な雰囲気だが、どうやら理系女子だったらしい。
ちょっと意外だ。
だったら、俺も俺でいろいろと話を聞いてみたい。
オリハルコンゴーレムの開発秘話とか、面白そうだしな。
まあ、いずれにせよ、戦いが終わってからだ。
まずは敵の位置を確認しよう。
俺は【エネミーレーダー・収束】を発動させた。
レベル91なので、91×10×4=3640m。
範囲は前方に限られるが、3.6km先までの索敵が可能となる。
【オートマッピング】の脳内地図に、索敵の結果がパパッと表示される。
デビルパスの大群は1㎞のところまで迫っていた。
規模としてはそこまで多くなさそうだ。
大雑把に見積もって1000匹前後だろうか。
ただ、デビルパスは自己再生能力を持つ。
その意味じゃ、厄介さはトップクラスかもしれない。
街を離れてしばらくすると、遠くに、ゾワゾワとうごめく影が見えた。
1匹だけじゃなく、2匹、3匹、4匹――。
地面を這うようにして、こちらへと接近してくる。
「コウ様、来ました!」
シャルが声をあげる。
「あれがデビルパスです!」
「分かった。……よし、始めるか」
俺はアイテムボックスを開くと、ディアボロス・アーマーを選択する。
漆黒の禍々しい鎧が現れた。
付与効果の《暗黒の王S+》が発動して、闇魔法への適性が極限まで引き上げられる。
【賢者】スキルの無詠唱を使い、黙ったまま、ネクロアースを発動させようとした。
そのとき、脳内に声が響いた。
『特定条件を満たしました。【創造】内サブスキル【魔法進化】が解放されます』
驚いた。
まさかこのタイミングで、新しいサブスキルが追加されるなんてな。
【魔法進化】というのは、その名前の通り、魔法をより上位のものに進化させるスキルのようだ。
ただし、進化できる魔法は限られており、進化元の魔法を何度か使う必要がある。
ネクロアースの進化条件は3回の発動で、これはすでに満たされていた。
せっかくなので【魔法進化】させる。
『闇魔法ネクロアースが、闇魔法ネクロダークに進化しました』
アースがダークに変わったな。
文字だけで言えば2文字しか違わないが、その効果は大きく向上していた。
ネクロアースではアンデッドの身体を土から作っていたが、ネクロダークでは闇の魔力をそのまま物質化する。
結果、その身体は通常よりもずっと強化されるようだ。
よし、やってみるか。
ネクロダークを発動させる。
すると、俺の足元を中心にして、深淵のような暗闇が広がった。
まるで冥府の奥に続いているかのような、不吉な気配が漂っている。
範囲はかなり広い。
おそらく、半径100mほど。
深い暗闇の底から、続々と、死者の軍勢が這い出してくる。
……冷静に考えてみると、今の俺って、あんまり勇者っぽくないよな。
アンデッドの大群を率いて戦うとか、むしろ魔王という言葉がふさわしい気もする。
どうやらシャルも俺と同じことを考えていたらしく、驚きの表情で話しかけてきた。
「コウ様、【魔王】スキルも取得されていましたっけ……?」
「いや、持ってないぞ」
「ですよね……。でも、ものすごく魔王らしい雰囲気ですし、私としてはそういうコウ様のほうが好みというかグッと来るというか……とにかく、素敵だと思います……」
なるほど。
どうやらシャルは中二病マインドの持ち主のようだ。
最初は物静かで大人しい女性と思っていたが、どんどん意外な面が出てくるな。
もうすこし雑談してみたいところだが、状況が状況だ。
デビルパスを片付けるとしようか。
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