第7話 冒険者ギルドに登録してみた。
クロムさんはこれから馬車に乗って出かけるらしい。
ついでに冒険者ギルドの前まで送ってくれるとのことで、この際だから厚意に甘えることにした。
冒険者ギルドの場所は、街の中心部、大きな噴水広場の近くだった。
レンガ造りの、いかにも頑丈そうな建物だ。
「ありがとうございました、クロムさん」
「いえいえ、これくらいお安い御用ですよ」
クロムさんに見送られて、俺は馬車を降りる。
脳内でアイテムボックスを開き、アーマード・ベア・アーマーを装着した。
冒険者ギルドの扉を開け、中へと足を踏み入れる。
入ってすぐのロビーは大勢の冒険者たちで賑わっていた。
一部の人はやけに耳が長かったり、獣耳や尻尾が生えている。
どうやらこの世界にはエルフや獣人がいるようだ。
ドワーフは見当たらないが、もしかすると、鍛冶屋に行けば会えるかもしれない。
奥のほうに窓口があったので、そちらへ向かうことにした。
……んん?
俺はふと異変に気付く。
さっきまで思い思いに過ごしていたはずの冒険者たちが、いまや口を噤んで黙り込み、こっちの様子をチラチラと窺っていた。
その姿は、まるで肉食動物をやりすごそうとする草食動物のようにも見えた。
舐められないようにアーマード・ベア・アーマーを着たわけだが、怯えられてしまうのは想定外だった。
「あ、あれって、アーマード・ベアの鎧、だよな……」
「アイツが噂の《熊殺し》か? ほら、城門のところでクソ傭兵をぶちのめしたっていう……」
「その話なら知ってるぜ。傭兵どもに熊の生首を見せつけて、『これが3秒後のおまえだ』って脅しつけたんだろ?」
鎧に付与された《聴力強化C》のおかげで、ヒソヒソ話が漏れ聞こえてくる。
昨日の一件はすでに冒険者のあいだで噂になっているらしいが、《熊殺し》ってなんだ。変な綽名を付けるな。
というか、話が大きくなってないか、コレ。
俺は傭兵を脅したりしてないぞ。
「《熊殺し》のヤツ、冒険者ギルドに何の用事だ? 殴り込みか?」
「だったらいまごろ俺たちは皆殺しだろうよ。……アイツ、もしかして冒険者なのか?」
「だとしたらランクはAかSか……、くううっ、気になるぜ」
残念ながら、俺は新人冒険者だ。
期待に沿えなくてすいませんね。
ギルドの受付は3つあったが、真ん中は担当者不在になっていた。
左側のカウンターには男性が座っていたが「あっ、僕、ちょっと持病が……!」などと言い出し、奥のほうへ引っ込んでしまう。持病じゃなくて臆病だろう、それ。
残っているのは右側のカウンターだけで、そちらには二十歳くらいの若い女性が座っていた。
明るい色の髪を短くまとめており、ニコニコと愛想のいい笑顔を浮かべている。
「ようこそ、冒険者ギルドオーネン支部へ! お兄さん、素敵なファッションですね!」
どうやらこの受付嬢、なかなか大物のようだ。
持病の臆病で逃げだした誰かさんも見習ってほしい。
受付嬢の名札を見ると、「ミリア」と書いてあった。
「こちら、総合窓口になります。なにかご用事ですか?」
「はい、冒険者登録を――」
お願いしたいのですが、と言いかけて、俺はクロムさんのアドバイスを思い出す。
しまった、冒険者は敬語を使わないんだっけな。
「冒険者登録をしたいんだが、いいか?」
「と、登録ですか!?」
ミリアさんはなぜか驚いたように目をパチクリとさせていた。
「あっ、ごめんなさい……。立派な装備ですし、てっきり、他の国で活躍されていた冒険者さんかと思ってました」
「いや、ただの新人だよ。期待外れですまない」
「いえいえ、わたしが勝手に勘違いしちゃっただけですから! どうかお気になさらずっ!」
ミリアさんはそう言うと、カウンターの下から一枚の紙を取り出す。
そこには『冒険者ギルド登録申請書』と書いてあった。
「まずはこれに記入してください。そのあと、簡単な試験があります」
「分かった。ペンを借りていいか」
「もちろんです。どうぞどうぞ、派手に使っちゃってください」
俺はペンを受け取ると、ぱぱっ、と必要事項を埋めていく。
名前、年齢、性別のほか「持病はあるか」「犯罪歴はあるか」といったチェック項目などなど。
一番下のところには「アピール」欄があり、ここには得意武器やスキルなどを自由に書き込むようだ。
俺はしばらく考えてから、『荒事は苦手です』と書き込んだ。
「これでいいか?」
「はーい、ちょっと確認しますね」
そう言ってミリアさんは申請書を読んでいき、最後のところで首を傾げた。
「荒事が苦手って……ええっと、冗談ですよね?」
「いや、本気だ。できるならあまり戦いたくない」
「そ、そうですか……。とりあえず、これで受理しますね。次は試験になります。試験官の予定は――あっ、ちょうど今の時間は空いているみたいですね。どうしますか?」
「どんな試験なんだ?」
「試験官との模擬戦です。ただ……」
ミリアさんは少し考え込むと、言いづらそうにこう告げた。
「今日の試験担当者は元Aランク冒険者なんです。いつも『オレはアーマード・ベアより強い』と豪語してますし、ちょっと大変かもしれません」
* *
オレの名前はギーセ・イッシャー、元Aランクの冒険者だ。
いまは一線を退き、冒険者ギルドで教官をやっている。
今日は新人試験の担当になっているが、さて、どんなやつが来るのやら。
「ギーセさん、いま、試験いいですか?」
教官室でのんびりしていると、受付嬢のミリアが声をかけてきた。
ミリアは受付嬢のなかでもトップクラスの美人で、狙っている男も多い。
まあ、オレは例外だがな。
家には愛する妻と娘がいる。
この2人がいるかぎり、オレは無敵だ。
アーマード・ベアより強くなれる! ……気がする。
「試験か。分かった。すぐに行く」
オレは装備を整えると、地下の訓練場に向かった。
そこにはなぜか大勢のギャラリーが並んでいた。
試験を見学するのは自由だが、ふだん、こんなに人が集まることはない。
いったい何がどうなってるんだ……?
首を傾げていると、まわりのギャラリーたちの雑談が耳に入ってくる。
「今日の試験官、死んだな」
「相手は《熊殺し》だろ。俺なら逃げるね」
「試験官を殺して不合格、みたいなオチになるんじゃねえか……?」
《熊殺し》?
そういえば今朝、ちょっと噂になっていたな。
アーマード・ベアを一撃で倒した男がいるとかいないとか。
ま、噂なんてアテにならない。
本気にするだけ時間の無駄だ。
オレはギャラリーたちの合間を抜けて、訓練場の中心部に向かう。
――そこには、絶望が待ち受けていた。
「コウ・コウサカです。本気で行きます。よろしくお願いします」
コウと名乗った男は、アーマード・ベアの剥製みたいな鎧を着込んでいた。
試験にあたっての武器はレンタルもできるが、持ち込みのヒキノ製のハンマーを使うようだ。
気合十分とばかりに素振りを繰り返しているが、その風圧だけで吹き飛ばされてしまいそうになる。
もし直撃したら……うん、考えたくないな。
冒険者ギルドの教官って、遺族年金、出るんだっけ。